魔導狩人 ~日記~

arm1475

魔導狩人 ~日記~

 真夜中の狩人。

 その言葉を最初に知ったのは、祖母である倉橋望くらはしのぞみが遺した日記の一文だった。

 日記は料理のレシピ本に二重構造で偽装されていたが、偽装を解いたその内容は祖母の夫つまりわたしの祖父が犯した大罪は多くの人の命を殺め、多くの人を曇らせたという。

 だから、彼らに裁かれても仕方無かったのだろう。

 元はどこかの小説のタイトルだったらしい。仕事人や闇狩人とも言われていたようだが、当人たちはその名を名乗らないのだから誰がどう呼ぼうと勝手だったようだ。

 恨みを、金で晴らす殺し屋たち。

 時代劇でも一部のジャンルになってたが、実際はそんな職業は記録に残って居らず架空の存在に過ぎなかった。そりゃそうだ、金で引き受けて悪人を裁くなんて簡単に出来る話じゃない。

 それをやっていたのが、彼らであった。

 祖父は裁かれた。死後、全ての所業が明るみになり、直後、祖母は後を追うように自らの命を絶った。

 だがその日記に綴られている内容を読む限り、祖父を裁くよう依頼したのは他ならぬ祖母だったようだ。祖父の犯罪を死後公表したのは祖母の仕業とみて良いのだろう。たちの悪い無理心中である。

 遺された母は、祖母が書き遺した日記を言いつけ通り秘蔵し、母方の方へ引き取られ、姓も母方の八木に変わった。

 わたしがそれを見つけたのは中学生の頃で偶然だった。祖母がコロッケが得意だったと母から生前聞かされてて、わたしもそのレシピを知りたくて母の遺品から探し出した。レシピは覚えたがその厚めの紙に疑問を抱き、内容が内容だけに元の場所に戻し、自然とその存在を忘れていた。業が深すぎたから。



 やっぱり、怖い。


 あの日以降、鞘はあさぎの店に来ることだけではなく、あさぎに姿をみせることも無くなっていた。意図的に避けているようである。

 いくら相手が殺人鬼だったとはいえ、老人の胸を合口で一突きで刺し殺した手際の良さは、あさぎの脳裏からいまだ消えていない。

 後日来店したユイ姫の報告で、その老人は各国で大勢の人々を不可視の綱糸で殺害していた殺人鬼であったことが判明したという。それを退治したと言う事で瑞原鞘は魔導狩人としての評価が更に上がったのだが、あさぎは素直に喜べなかった。


「あー、確かに引くわよね」


 ユイ姫はあさぎが困惑している理由を聞いて、うんうん、と首肯した。


「手際いいからねぇあいつ。でもこの世界じゃ悪人が殺されるのは珍しい話じゃ無いし」

「ええ……」

「あさぎの世界では異常かも知れないけど、こちらでは魔法や魔導具で、桁違いの被害出す奴が珍しくないから、手加減なんてしていられないのよ」

「確かに……」


 あさぎはこの世界に転移してきた直後の人を思い出す。自分を騙して連れ去ろうとした奴隷商人の商隊は山賊たちに皆殺しにされ、その山賊たちはこの店を開く為のコネを作ってくれた戦女神姫チェスカと黒衣の剣士の二人によって皆殺しにされていた。

 ここは魔導界ラヴィーン、文化が陸続きになっていても基本的に現世とは異なる異世界なのである。


「それに、私の父王、――土方歳三もそちらの世界では人斬りだったのでしょう」

「――」


 あさぎは失念していた。彼もまた幕末、大勢の勤王志士を手に掛けているでは無いか。しかしそれは幕末の話、現世では――と口にしそうになって噤んだ。

 彼の娘は父の所業に疑問を抱いていない。理解しているのだ。

 このお姫様は人殺しを正義とか悪の言葉で簡単に片付けていないのである。

 果たしてユイ姫は鞘が現世では金を貰って悪人を裁く殺し屋だったと言う事を知っているのだろうか。

 何故か分からないが、知らないのだろう、と言う確信があさぎにはあった。今の会話からも余り鞘の過去を知らないのでは、と察したからである。

 多分、瑞原鞘という少年はこの世界で自分の過去をほとんど語らないのであろう。

 それは誰も訊こうとはしないから。

 それは皆が優しいからじゃ無い。


「今、そこに居る自分だけでいいじゃない。みんな昔のことを考えるヒマなんて無いからね、ここは」


 ユイ姫は笑ってそう言った。



「さて、と」


 瑞原鞘は次の依頼を受けて、拠点にしているミヴロウ国の下宿をあとにした。


「……鞘、いいの?」

「ん? 何?」

「……」


 カタナはあの事件以降、あさぎばかりかユイ姫やシフォウ王とも避けている鞘を心配していた。しかしカタナにはどう気遣えばいいのか分からず、ただ鞘に付いていくしかなかった。

 下宿をあとにして数分後、二人の前にあさぎが現れた。


「あ……」


 カタナは驚くが、鞘は無反応だった。むしろ現れることを予想していたふしさえ見られる。


「ども」

「あ、はい」


 予想外な反応に、あさぎのほうが驚かされた。


「……瑞原殿、この間は」

「スマンね、エグイの見せちゃって」

「いや、もうそういうのは大丈夫というか……この世界に住む以上慣れなきゃいけないとは思うから」

「無理に慣れようとしなくていいよ」

「え」

「あちらよりは性に合ってるんでしょ、こっちの世界」

「う、うん……」


 あさぎは戸惑う。しかし言われてみれば、あちらでストレスマッハなブラック企業派遣社員生活より、自分の趣味丸出して稼げるこすぷれ茶屋経営生活の方が楽しい日々を送っているではないか。

 少し考え、あさぎは訊いた。


「瑞原殿は元の世界に戻りたいとは思ったことは無いの」

「今すぐにでも戻れるなら戻りたいよ」

「でもそれは……」


 あさぎは言葉を選ぼうとしたが思いつかなかった。


「……殺し屋に戻りたいの?」

「あー、そうじゃなくて、あっちにお袋残しているから」

「ああ……」

「でも今はまだ戻れない」

「え」

「……クソ親父がお袋残してまでこちらの世界に来た理由を全部確認しないとね」

「鞘……」


 それを聞いて困惑したカタナが胸をなで下ろした。過去を知られてうじうじしているふうに見えた鞘は、いつもの頼もしい鞘のままだった。


「……もこっちの世界のほうが合っているんじゃ無い?」

「いやぁ、あさぎさん言ったじゃ無い未来の日本。そこそこ楽しそうだし、プレステやスイッチってTVゲームだっけ? ポケモンにモンハン? アレ聞いてから遊んでみたい心が沸々と。あとヤマトのリメイク? 冗談じゃ無い、ヤマトはさらばで綺麗に終わった派だけど、そんな面白いなら観ないで死ねるか」

「あはは」


 鞘とあさぎは同時に吹き出し、カタナもつられて笑った。


「……元気で良かった」

「いつも元気ですよ俺は。これからお仕事ですから。仕事して、ついでに親父のやらかした事を全て見届けて、いつか元の世界に還ります」

「そうかぁ……せめて戻った鞘くんと知り合いだったら保証出来たんだけどねぇ」

「そういや元の世界に戻れたとしても、飛ばされた時代へ戻れるのか分からんね」

「気休めかも知れないけど、多分戻れると思うわよ」

「望みは捨てないさ」


 鞘はそう言うとしばらく沈黙した。


「……望み……そうだった、にも一度行かないとな」

「望?」

「昔の知り合いさ。まぁそれは還れた時の話か。あ、そろそろ行くわ俺」

「そう? また疲れたらうちの店来なさいな、美味しい料理で癒してあげる」

「あー、じゃあ前に食べたコロッケをリクエストしておこうかな。知り合いがコロッケ得意でご馳走になった事があって久しぶりに食べたくなってさ」

「いいでしょう、ばっちり準備しておくわ」


 あさぎは得意げに胸を張って笑った。


「……やっぱ、似てるわ」


 ぽつりと呟く鞘の横顔にどこか寂しげなモノがあった事を気づいたのはその場ではカタナだけであった。


「じゃあ、行ってきます」

「お仕事頑張ってねぇ」


 あさぎは鞘の背中に手を振って見せた。

 鞘の背を見届けたあと、あさぎは安心して店の方へ戻ろうと踵を返した。

 ふと、あさぎの脳裏を疑念がもたげる。


「……あれ?」


 あさぎは再び振り返った。

 




 日記に寄れば、祖母が夫を断罪しようと決めたのは、知り合った殺し屋の後押しだったという。

 殺し屋の名前の記述は無く、二人がどう言う関係だったかは詳しくは書かれていなかった。



                    了

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