レゾンデートル

シンカー・ワン

生きた証し

 浮遊都市ヴィンスが落下した際、ロックニー山脈のあちこちに出来たいくつもの遺跡。

 とっくに枯れたそのうちのひとつ、住み着いた獣や怪物を狩るくらいだろうなと忍びクノイチは思っていた。

 実際いくつかあった玄室は長い年月の果て全て荒らされており、空の宝箱は打ち捨てられボロボロになった内装に価値を見出すのは難しいほどだ。

 蟲や大型げっ歯類らとの数度の戦闘を経て、行きついた最奥の部屋。

 朽ち果てた家具や調度品らしきものの残骸から、かつては寝室だったろうことがうかがえた。

 発見されてから現在いまに至るまでに隅々まで調べ上げられ、金目になりそうなものは全て奪われたはずの場所。

 だから忍びがを偶然見つけられたのは幸運だったと言えよう。

 ひび割れた石壁を突き破り巨大ムカデジャイアントセンティピードが襲ってきた際、崩れた壁と土壌との間に埋もれていた木製の小物入れ。

 隠していたのか、それとも長き年月の間に起きた幾度もの天災でうずめられてしまっていたものが、ムカデが掘り返して現れたのかは定かではない。

 ムカデに尋ねようにも蟲の言葉はわからないし、すでに打ち倒してしまっている。

 この部屋のあるじの所有物だったとすれば相当の時間を経ているはず。だが小物入れは色こそ褪せているが朽ちもせず形を留めていた。

 おそらくは魔法の品。これだけで金貨数十、いや百枚を超えるかも知れないお宝。

 予想外の収穫物に柿色の頭巾に隠されている口元も緩む。

 "換金すればしばらく路銀に不自由することはないな"

 そんなことを思いながら小物入れを手に取ると、中から小さな音。なにか入っている?

 "中身も金目なものだとしたら、このまま店に持ちこむのは愚策だ。鍵開け道具ツールはある、ここで開けるか? しかし魔法錠だと自分の手には負えない……"

 手の中にある小物入れを見つめて思案する忍び。出した答えは――。


「――それでわたしに?」

 定宿の四人部屋で、女魔法使いが手渡された小物入れと忍びを交互に見ながら言う。

「分け前は三……いや四分六で」

 四で女魔法使いを、六で自分を示して持ち掛ける忍び。少しだけ眉が険しいのは取り分が減ることを惜しんだからか?

「……三でいい」

 自己を抑え目的遂行を第一とする忍びが見せている私情の表れに、好意の笑みを浮かべて女魔法使い。

「!――あ、いやいや。こちらの勝手を聞いてもらうのだ、四で」

「三」

「よ――」

「三、ね?」

「……そっちがそれでいいのなら」 

 一瞬喜色を浮かべるが、ハッと思い直し元の条件を提示するが、女魔法使いの笑顔の圧に押し切られる忍びである。

 少し頬が赤いのは取り分が増えたことへの高揚感からだろう。

 出会った頃に比べ、人間味と言うか年相応の振舞いを見せるようになった忍びを優しく見つめる女魔法使い。

 いい傾向だと思いつつ、

 "……人のことは言えない"

 自分も忍びやこの場に居ない熱帯妖精トロピカルエルフに感化され、変わってきていることを思い笑う。

 "でも正直悪くない"

 少なくとも、過去の失恋から悲劇のヒロインを気取って他者と一線を引いていた頃より、今の自分ははるかに好ましいと思えている。

「じゃ、やるわ」

 増えた分け前の使い道とかを夢想しているのか、ちょっと浮ついた感じが見て取れる忍びを小さく笑って、愛用の杖に手を添え真言魔法を唱える女魔法使い。

 魔法錠の有無を確かめるために魔法探知、それから解錠の呪文。

 ぴったりと閉じていた小物入れの蓋がわずかな隙間を見せる。忍びがいそいそと開けてみれば、中にあったのは羊皮紙で作られた手のひらサイズの帳面。

 びっしりと細かな文字らしいものが書かれたそれを手に取り、読もうした忍びだったが眉をしかめ、

「……読めない」

 と言って女魔法使いへ手渡す。

 実のところ冒険者の識字率は高い。訓練所で共通語と地元語の最低限の読み書きができるよう教え込まれるからだ。

 冒険者である忍びが読めない文字、すなわち別の地方語か、

「古代文字……」

 手渡された帳面を一瞥して女魔法使い。

 魔法使いの唱える真言トゥルーワードは元をたどれは神代かみよの言葉、古代語である。

 ゆえに魔法使いは魔法習得の過程で自然に古代語を学ぶこととなり、ある程度は読み取れるようになるのだ。

 文字を読み取っていく女魔法使い、好奇の色を浮かべていた目が帳面をめくっていくにつれ沈み、やがて顔にも出るように。

 浮かばぬ顔のまま読み終えた帳面を忍びへと返す。

「なにが……?」

 書かれていたのだと、翳りのある表情になった女魔法使いと手元の帳面を見比べて問う忍び。

「……あれが美味しかったとか、なんとかの魔法は難しいとか、気になる人がいるとか――そんな他愛のないこと」

 遠くを見る瞳で答える女魔法使い。

「日記。ずっと、ずぅっと昔に生きていた、魔法使いの女の子の」

 寂しげな声音の答えに、

「……浮遊都市に住んでた?」

 乾いた声で訊く忍び、"たぶん" と女魔法使いは頷く。

「……」

 帳面――日記――に視線を落とし、言葉を失くす忍び。

 遺跡探索がどういう意味を持つのかを改めて知る。

 自分は墓荒らしでもあることから目を背けていた、と。

 戦って奪うハック&スラッシュのダンジョンアタックも、言わば押し込み強盗か。

 冒険者とは何なんだろう? 

 上から命じられるまま暗殺やはかりごとの裏工作をすることに疑問を抱いたから故郷くにを飛び出したのに、やってることは押し込みや墓暴きと代わりないとは……。

「――ね、その日記、交易所お店に売るの止めない?」

 冒険者としての自分に迷い、思考のドツボに陥った忍びへとかけられる女魔法使いの声。

 思考の迷路から戻された忍びが、視線で言葉の意味を問うと、

「学院に、贈りたいかな」

 悼む気持ちを隠さず、それでもわずかに微笑んで、

「この子が居たことを、忘れないであげたい」

 学院で保存してもらい、院生なら誰もが閲覧できるようにすれば、と女魔法使いは続けた。

「浮遊都市にはこんな子が住んでいたと知る者が多くいれば、少しは慰めになるかも知れない」

 忘れないでいてあげることがなによりも生きていた証しになるからと、前を見つめる瞳で言う。

 "あぁ、この人は自分が悩んでる場所なんかとっくに通過しているんだ"

 女魔法使いの言葉に忍びは己の未熟さを痛感する。自分はまだまだなのだと。

「……いい、です、ね。……そう、しましょう、か」

 胸の奥からこみ上げてくる感情で震える声を、何とか抑えて賛同の言葉を絞り出す。

 きっと忍びの葛藤もわかっているのだろう。女魔法使いは優しく微笑んでうなづく。

 その笑みに釣られるように引きつった口元を笑った形にしようと試みる。

「――大丈夫」

 忍びの気持ちを掬い取ったように女魔法使いは柔らかな声で告げる。

「貴重な資料、学院も弾んでくれる、はず」

 もしかしたら、お店に売るより高価かも? と、普段のクールさはどこへってくらいの茶目っ気たっぷりな笑顔をで言い切った。

 明後日の方向で返ってきた言葉に虚を突かれ、堪えきれずに噴き出す忍び。

 ――あぁ本当に、この人には敵わない。

女魔法使いねぇさん

 笑いを抑え姿勢を正して熱帯妖精と同じ呼びかけをすると、意外って顔をして見つめ返す女魔法使い彼女へ、

「これからもよろしくお願いす……します」

 と、頭を下げる忍び。

 場当たり的な付き合いから正式な一党パーティの仲間へと、彼女が踏み出した瞬間だった。


 一党結成の場に立ち会えなかった熱帯妖精が、あとでひどく悔しがったのは言うまでもない。


 

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