夢と冒険の旅に出よう

トト

第1話

かける

「まだいらしてたんですか? 父さん」


 大学に入って初めての夏休み、少し遅い朝食を取っていた僕は、会社に行ったとばかり思っていた父から突然声をかけられ、危うく食べていたパンを喉に詰まらせかけた。


「あぁ、今日はお前に大事な話があって、起きるのを待っていたんだ」


 仕事人間の父が自分を待っているなど、いったいどんな話なのだろう。


「翔、大学は楽しいか?」

「えぇまあ」

「このまま大学を卒業したら私の会社を引き継いでもらいたいと思っている」

「えぇ、そのつもりですが」

「だが、翔にはもう一つの選択肢がある」


 いったい何をいいたいんだ。僕は心の中で首を傾げる。


「お前のお爺様が昔漁師だったのは、翔も知っているな」

「はい」


 そのお爺様は先月亡くなった。


「そしてその時、お爺様は宝の地図の入った小瓶を拾ったのだそうだ」

「はい?」


 突然言い放たれた現実味のない話に、僕は思わず変な声で聴き返した。


「その時のことが書かれたお爺様の日記と、地図をもらってきた」


 そういえば遺産相続だなんだと、ここ一週間ほど、父は実家に帰っていたことを思いだす。


「宝の地図ですか?」

「あぁ、そう思い起こせば、私も翔ぐらいの時同じ質問を父にされたことを思いだしたのだ、だから私も息子に問う」


 頭がついて行かない。本当に何を言いたいいんだこのオヤジは。


「このまま大学を卒業し私の会社を継ぐか、それを捨てて宝探しの冒険に出るか」


 飲みかけのコーヒーが冷めてしまったじゃないか。そんなことを頭の隅で思いながら、僕はハァとため息を付いた。


 祖父と父は世界を股にかけ、あらゆる商品を取り扱う、貿易商人だった。

 その後継者として、僕は幼いころからあらゆる教育を受けてきた、その後継者を捨てて、本物かどうかもわからない宝の地図を選ぶかどうか、いまこの父は聞いているのだ。

 そもそも話からして父は同じ質問をされて断ったから、この宝の地図(?)がまだ残っているのだろう。

 このまま後継者になれば、それだけで僕は億万長者になりえるというのに……。


「父さん、そんなこと決まってるじゃないですか」

「後悔はしないか」

「しませんよ」


 僕は覚めてしまったコーヒーを一気に飲みほすと、父の手から日記と宝の地図をもぎ取ると、自信ありげに笑ってみせた。


 ※ ※ ※


 祖父の日記には、宝の地図を拾った時の経緯と、そしてそれを求めて冒険に出た祖父の冒険談が書いてあった。

 しかし後少しのところで祖父は宝物を発見できなかったらしい、しかし旅の間で知り合った人たちと仲良くなり、貿易商を始めた祖父は一代で莫大な遺産を手に入れた。そして宝探しの夢は子供に託すと記してあった。


「でも、父さんは夢を選ばず会社を選んだというわけか」


 日記には宝の地図と一緒に入っていた手紙の人物が存在したこと、年代的にも宝の地図が本物であることなども書いてあった。

 そしてもし誰もこの宝を探しに行かない場合は、大事に保管しておくのではなく、誰かに譲るなり売るなりして、決して捨てたりしてはならないようにとも書いてあった。

 

 そして僕は祖父の残してくれた痕跡を辿り、そして、新たな出会いと発見を繰り返しながら、一つの島に行きついたのだった。


 そこは無人島ではなく個人が管理している島だったので、上陸の許可をもらうため管理している役所にいった。


「で、上陸の目的はなんですか?」


 特にリゾートでもない島である。だがここで宝を探しに来ましたといっていいものかどうか。でももし本当に宝が見つかったら、宝は土地の所有者のものということになる。


 僕が一瞬躊躇していると、役人が思いがけないことを口にした。


「もしかして、持ってる?」

「何をですか?」

「だから、鍵だよ。これくらいの、真ん中に青い石がついてて周りに翼の模様がある」

「えっ、あ、はい」

 

 それはこの冒険の最中に発見したものだった。


「なら、いっていいよ」

「いいんですか?」

「いいよ。上から鍵を持った人物が訪ねてきたら理由は問わず入れて良いっていわれてるから」

「そうなんですね、ちなみに今までこの鍵を持ってきた人っていますか?」


 思わず聞いてしまった質問に、役人は小さく鼻で笑うと「さあな」と答えたのだった。


 ※ ※ ※


「本当にあった」

 

 島に上陸してから宝の隠されている洞窟までは簡単だった。

 いままでの情報と地図を組み合わせれば。


 そして僕の目の前には夢にまでみた宝箱があった。


 僕ははやる気持ちを抑えながら、震える手で宝箱に鍵を差し入れた。

 カチャリと何かが外れる音がした。

 心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど、大きな音を響かす。


「まだ、誰も開けていませんように」


 勢いよく宝箱を開けた手とは裏腹に思わず目をつぶる、そしてまるで怖いものでも見るようにそっと薄目で中を覗き込んだ。


 そこにはヘッドライトの光を反射する眩い黄金や、色とりどりの宝石。古いコインなど、まさに夢に思い浮かべた宝の山があった。


「やった! 僕は見つけたんだ! 宝物を見つけたんだ!」


 ピョンピョンと一人洞窟内を飛び回り、いままで経験した出会いや冒険の数々を思いだしながら、僕は泣いた。

 そして気持ちが落ち着いた時に、宝箱の蓋の裏に張り付けられていた手紙に気がついた。

 それは宝の地図と同じぐらい古い紙だった。


 ” おめでとう。

 この手紙を読んでいる君(君たち)は、真のトレジャーハンターだ。

 ここまでの冒険は楽しかったかい?

 それとも辛かったかい?

 でも、君(君たち)は、いかなる困難も乗り越えいまここにいる。

 この宝箱の中身は全て君(君たち)のものだ。

 この島の所有者である私がそれを許可する。

 

 さてこの宝物を使って次はなにをする?

 死ぬまで遊び暮らす?

 それとも新しい事業を始めるかい?

 何に使ってもそれは君(君たち)の自由だ。


 ただ、願わくは、君(君たち)が感じたであろうワクワクやドキドキ。

 不安や葛藤、その全ての先にある希望と喜び。

 それらを次の子たちにも味わってもらいたいと思わないか?


 ここまで夢を追って、そしてその喜びを知っている君(君たち)ならきっと私のこの気持ちがわかるだろう。


 願わくは、私の、冒険者たちの、夢が未来永劫続くことを。 ”



 僕は手紙を胸に抱きながらギュッと目をつぶった。

 そして二枚目の手紙に目を落とす。


 しかし僕はそこで首を傾げた。

 二枚目は手紙ではなかった。それに紙質もだいぶ違う。


「暗号?」


 僕の目が最後に書かれたそれを見つけた。

 そして大きく息を吸い込むと、僕はここにきて一番の大笑いをした。


「なんだよ。爺ちゃんも、父さんも、なんて役者なんだよ」


 暗号かと思ったものは色々な国の文字で、そしてここに記されているものは名前だったのだ。


 僕は祖父と父を見習って、最後の行に今日の日付と自分の名前をサインする。

 そして多分その横に書かれた数字は、この宝箱から拝借した金額だろう、そして次の日付は利子をつけてそれを戻しに来た日なのだろう。


「そういえば。爺ちゃんも父さんも、僕ぐらいの年にいきなり事業を立ち上げたり拡大させたって話だったな」


 僕は金の延べ棒を二つほどリュックに入れる。

 僕の次の目標はもう決まっていた。


 ※ ※ ※


 それから数年。

 小さな町の少年が、宝の地図と日記の入った瓶を拾った。

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夢と冒険の旅に出よう トト @toto_kitakaze

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