小説家で魔法使いの叔母の日記

にゃべ♪

叔母の秘密を暴くのだ

 私には小説家で魔法使いと言う一部でマニアックな人気を誇る叔母がいる。今までに魔術書を3冊、ラノベシリーズ2作品を鋭意執筆意中。丸メガネで切れ長の目、漆黒の闇のような長くて美しい黒髪が魅力的な女性だ。名前は睦月ジェシカ。ペンネームみたいでしょ。ところがどっこい、本名なんだなぁ。ジェシカがどんな漢字かは忘れちゃった。そこはまぁいいよね。

 ジェシカ叔母さんの私生活は謎に包まれていて。実は私も知らない事が多い。叔母さんが在宅時にはガードが固くて、部屋とか極一部しか見せてくれないんだよね。


 そんな私は現在進行系でピンチだったりする。何故なら執筆予定だった同人誌のネタがボツを食らって、新しいネタで書かなくてはいけなくなったからだ。即売会で売るから趣味に走りすぎてるのはいけないんだって。

 締め切りは迫ってくるのに、新しいネタなんてそうそう思い浮かばないよ。どうしよう。


 私がネタ探しに困っていたその時、突然チャンスは訪れた。ジェシカ叔母さんが二泊三日で旅行に出かけるらしいのだ。留守の間にこっそり家に忍び込んで、叔母さんの秘密を見つけよう。何かすごい真事実を発見してそれをネタに出来れば、マニアが食いつく作品が出来るに違いないよ。

 ラッキーな事に、自宅には叔母さんがもしものためにと置いているスペアキーがある。私は両親に内緒でこの鍵を持ち出し、ジェシカ叔母さんの家に向かった。


 そのマンションは見た目普通で、とても小説家で魔法使いの人が住むようなところには思えない。もしかして特殊な結界でもしてあるのかなと危惧したものの、普通に入り込む事が出来た。


「叔母さんの家、久しぶりだなあ……」


 マンションも普通なら、部屋の中も普通だった。謎の使い魔が出迎えると言う事もなく、盗賊用の魔法的なワナが発動すると言う事もない。正規の鍵で入ったからかな。

 まとにかく、そんな訳で私は家探しを開始。見つけたいのは小説家としての秘密か、魔法使いとしての秘密か、それ以外のスキャンダラスな何か。私は探偵の目線になって部屋中のあちこちを調べて回る。


 台所、普通。リビング、普通。トイレ・浴室、普通。寝室、普通。書斎、普通。和室、普通。ベランダ、普通。クローゼット、普通。

 色々探し回っている内に日も西に傾いてくる。このまま何の成果も得られずに帰る事になるのだろうか。否! 断じて否!


「となると、やはり書斎が怪しいのか」


 ジェシカ叔母さんの仕事場である書斎。本棚にはびっしりと仕事用の資料が並んでいる。博学な叔母さんは魔導書を原書で読んでいるから私にはチンプンカンプンだ。

 でもそこに用はないので一切触れない。求めているのはスキャンダル。叔母さんが魔法使いになったエピソードとか、そう言うヤツでいい。この手を話を叔母さんは一切しないし、公表していないからだ。


「この部屋で巧妙に隠されているものが怪しいんだよね……」


 木を隠すには森と言う言葉もあるように、私はこの部屋に何かがあるとにらんでいた。第六感のようなものだ。そして、鍵付きの引き出しに行き着いた。ここには何かがある。私はこの引き出しを開ける鍵を探した。


「叔母さんの性格から言って……」


 私は本棚の中からピンときたものを数冊引き抜く。それを机の上にずらっと並べて、昔ジェシカ叔母さんから教えてもらった失せ物を見つける呪文を試してみた。


「ラーグ・ラーグ・ラーグ。隠者の精霊よ、我の求めるものを示し給え」


 私が並べた本に反応はなかったものの、呪文に反応して鍵が開いた。私はすぐに引き出しを開ける。すると、そこに入っていたのは日記だった。私はすぐにその中身を確認する。暗くなってきたので照明も付けた。


 日記には、叔母さんが魔法使いになった経緯が書かれていた。求めていた情報が見つかったと言うのもあって、私は夢中になって読み進めていく。


 日記によると、ジェシカ叔母さんが魔法使いになったのはイケメンの魔法使いに出会ったからのようだ。その魔法使いの彼、フィングに命を助けられた叔母さんは、すぐに弟子入りを志願したらしい。


「私だけのヒーローに出会った……かぁ。叔母さんもロマンチストだなあ」


 フィングは修行でこの世界に来ていた異世界人で、だから強力な魔法も使えたのだとか。ちょっとこの辺りは真実なのかフィクションなのかよく分からないな。とにかく、叔母さんと彼は魔法使いの師弟になったと。

 押しかけ弟子になったジェシカ叔母さんはメキメキと魔法の技術を身に着け、一年後には免許皆伝にまでなっていた。けれど、最後の魔法を伝授した翌日にフィングは元の世界に帰ってしまったのだとか。


「え? 何も言わずに帰っちゃったの? ヒド……。て事は、恋人同士にはならなかったのかな?」


 勝手にいなくなった彼をあっさりあきらめるなんて出来なかったジェシカ叔母さんは、今度は自分から異世界に向かったみたい。これって、ある意味推し活かな。別の世界にまで会いに行くって、すごいバイタリティだよ。


 異世界に無事に辿り着いた叔母さんは早速フィングを捜した。教えてもらった魔法と研ぎ澄まされた第六感を駆使して、ついに捜し出せたらしい。やるねえ。


「え? でもちょっと、え?」


 私は次の行に目を移して、予想外の展開に何度も文章を読み返す。奇跡の再開を果たしたと言うのに、そこから私の期待した展開にはならなかったからだ。


「ついに再会出来た彼は、88歳のおじいちゃんになっていたって……嘘でしょ?」


 どうやらジェシカ叔母さんが異世界転移した時に何らかの現象が発動して、時間軸がずれてしまったのが原因だったようだ。おじいちゃんになってもフィングは叔母さんの事は覚えていて、すぐに思い出話に花が咲いたのだとか。


「こんな再会ってある? SFのウラシマ効果じゃん……」


 2人は異世界の居酒屋で焼き鳥を食べながら楽しく話をして、そこでジェシカ叔母さんは自分の気持ちに整理をつけたみたい。愛に年の差なんて言う話もあるけど、流石にねえ。分かる分かる。

 元の世界に帰る時、叔母さんの力だけでは正しい時空座標に届かなかったので、彼の使い魔の魔法猫、ロアンの力を借りて何とか無事に戻って来られたのだとか。


「ほえ~。なんて大冒険……」

「ちょっと! なに人の日記を勝手に読んでるの!」

「え?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、頭に角を生やしたジェシカ叔母さんが仁王立ちしていた。おかしい、この展開は私の予定に入ってないぞ?


「え? 叔母さんまだ旅行中だったんじゃ?」

「弥生ちゃんがずっと帰ってこないって姉さんから連絡を受けたんだよ。それですぐにここだと思ったんだ。もう真夜中だよ。親を心配させるのもいい加減にしな!」


 そう、気がつけばすっかり真夜中になっていたのだ。日記に夢中になっていて気付かなかった。日記を読んでいた最中だったのもあって、私は叔母さんが一瞬でここに来れた理由を推測する。


「叔母さん、転移魔法で旅行先から戻ってきたの?」

「そうだよ。あんたを追い出したらまた旅館に戻るから」


 ジェシカ叔母さんの魔法使いの実力は本物だ。何百キロも離れた旅行先から一気に転移してきた事でも分かる。と言う事は、この日記の話も全て本当の事なのかも知れない。日記を読んでしまった私は、ここで頭の中の電球がピカリと光った。


「ねぇ叔母さん」

「何?」

「この話、ネタに使っていい?」

「は? ダメに決まってんでしょ」


 当然のように私の要求は却下される。今までプライベートを秘密にしてるんだから許可してくれる訳がないよね。でもこの話を埋もれさせてしまうのは勿体ないと、私は改めて叔母さんに提案する。


「じゃあさ、この話を叔母さん自身が小説にするのはどう? 自伝とか」

「嫌よ。思い出を見世物にはしたくない」

「えー、私読みたいなー」

「さあとっとと帰った帰った」


 ジェシカ叔母さんに追い出された私は大人しく家に戻る。でも甘いね。私の記憶を消さなかったんだから。日記の内容を覚えている内に私はプロットを書き上げた。内容は勿論叔母さんの日記だ。どうせ小規模な同人誌即売会に出すマイナー本なんてバレないだろうと、かなり日記に忠実に書き上げる。

 今度はボツをくらわなかったのでそのまま作品を執筆。私の書いた本は無事即売会に並ぶ事になった。


 事前に宣伝をしなかったのに、作品を試し読みした人がネットで拡散して私の本は見事に完売。初めての成果に顔がほころんだ。

 即売会の会場に、怒りの形相のジェシカ叔母さんの姿を確認するまでは――。


「ネタにするなって言ったよねえ……私」

「ヒイイイ! ごめんなさ~い!」


 後で叔母さんの指導の元、私は記憶消去の魔法を使って同人誌の情報封印をさせられる。100冊分の記憶操作は精神的にとてもしんどくて、終わった頃には全く動けなくなってしまっていた。

 疲れ果てて大の字に寝転がった私に、ジェシカ叔母さんの顔がにゅうっと近付く。


「後はあんたの記憶だけね」

「うわああああ!」


 ああ、やっぱり人の秘密を暴こうなんて考えるのはよくないね。この一件でしっかり学んだよ。この教訓も、もうすぐ忘れてしまうけど……。トホホ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小説家で魔法使いの叔母の日記 にゃべ♪ @nyabech2016

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ