第6話 星と愛

 甘い花の匂いがセイランの鼻をくすぐった。

 気が付くとセイランはとわの国に戻っていた。そして、すぐそばでケンイチが号泣していた。

「ケンイチさん?」

 セイランが心配して近づくと、ケンイチは涙を流してはいるが、その顔からはうれしさがこぼれだしていた。

 ケンイチは軍服の袖で涙と鼻水をぬぐうと、セイランを抱きしめた。

「セイラン……成長したなぁ!」

「い、痛いよ、ケンイチさん。もしかして……見ていたの?」

 恥ずかしさで自分のほほが熱を帯びていくのをセイランは感じた。

「は、恥ずかしい。もう、あなたって変な人ね。でも……ありがとう」

「セイラン、戻ったんだね。ありがとう。お疲れ様」

 セイランが声のした方を向くと神様が立っていた。

 神様はやれやれという顔をしながらセイランとケンイチを見た。

「許してやってくれ、セイラン。実は君の前世のさらに前はケンイチの妹だったんだ」

「えっ?」

 それはセイランも初耳だった。ケンイチが大切に思っていた妹の話は何度も聞いていたが、自分のことだとは考えたこともなかった。

 動揺するセイランに神様は優しくいった。

「セイラン、君の魂は自分で思っているよりずっと前からケンイチに愛されていたんだ。愛は君が思っていつ以上に長く、深く、大きなものなんだよ。そのすべてに気が付くことは難しい。けれど、少しずつでも知らなくてはいけない」

「はい」

 セイランは頷いた。

「これからわたしはもっと愛について知りたいと思っています」

「すばらしいね」

 神様は拍手した。そして、細かい彫刻が施され、赤い宝石が付いた鍵をセイランの手にそっと握らせた。

「セイラン、君に星藍の本棚の管理人を任せたい」

「え?」

「君にはたくさんの心や魂・人々・人生と触れ合ってほしいんだ。無理にとは言わないけれど、だめかな?」

 セイランは力強く頷いた。

「はい、任せてください」

 セイランの胸に暖かく、力強いものが沸き上がってきた。これから、たくさんの心や魂・人々・人生をしり、いまよりもっと、周りのものを愛し、愛されるようになりたいとセイランは思った。

「もうセイランは大丈夫だな。これなら、安心して生まれ変われるよ」

 ケンイチの姿が揺らぎ始めた。

 話せなくなるのは辛いけれど、ケンイチが雄太の家族になって、幸せな人生を送れると思うと、セイランはうれしくなった。そして、別の姿になっても、ケンイチが自分にしてくれたことはずっと忘れないとセイランは決意した。

 満天の星の下、泣き笑いをしながら、ケンイチの姿が消えていく。

 セイランは涙をこらえ、見送った。

「それじゃあ、セイラン。いってくる」

「うん! わたしを愛してくれてありがとう!」

 ケンイチの姿がセイランの前から消えた。

 ただ、足跡だけがいままでそこにケンイチがいたことを物語っている。

 気が付くと神様の姿もなく、あたりは静寂に包まれた。

 しかし、セイランは知っていた。

 そこには消えないものがあることを。

 とわの国の空には今日も無限の星が輝いている。そして、世界には数えきれないほどの魂が煌めき、無数の愛がある。

 その尊さにセイランは思いを馳せた。

 それから、愛を欲しがっていた金髪の少女を思い呟いた。

「まずはあの子にケーキを食べさせてあげましょ」

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星藍の本棚 桜木くるま @honpando257

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