誰が為に幕は開く
とは
少年のノートより
そこはとても暑い所でした。
汗を手でふきながら、ぼくはまわりをぐるりと見わたします。
ここは大きな『まく』のようなもので、まわりをかこみ、外からよけいな人や動物が入ってこないようにしている。
お父さんが、そう教えてくれました。
「ここは下界から切り離された特別な場所。この世界の中で、今から俺とお前は狩る側として
お父さんはとてもうれしそうです。
この日のために、たくさんお金を使って、ここに連れて来てくれたそうです。
「お前が知らなかった世界、今日はそれを見せてやろう。選ばれし者しか、ここには来ることが出来ないのだ」
お父さんは仕事が終わってすぐに、ぼくをここへ連れて来てくれました。
さっきまでいた外はとっても寒いのに、ここは夏のように暑いです。
そのせいで少し頭がぼおっとしますが、ぼくは話をきちんと聞こうとします。
「くくくっ、
そう言ってふり返った、お父さんの口のまわりは赤色になっています。
ぼくもお父さんのまねをして、肉をいっぱい食べました。
だから、ぼくも口と服が赤くよごれています。
ぼくへと手をのばした時に、「くっ」と言うと、お父さんは苦しそうな顔をして、いたそうにしています。
「……っ、さっきのやつに反撃を食らっていたか。あいつ確かに肉が固めだったからな。お前も気を付けなさい。指先だけの力で千切ろうとすると、爪の間の肉が裂けて怪我をする事になる」
ぺろりと自分の指をなめたお父さんは、うで時計を見ます。
「……ふん、想定以上に時間が過ぎていたようだな。まぁ、楽しい時というものはあっという間だ。つい俺もはしゃぎ過ぎたのは
◇◇◇◇◇
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!!」
最後まで読み終えることなく、ばん! と音を立てて私はそのノートを閉じる。
突然の私の叫び声に、職員室の皆が一斉にこちらを向く。
「すっ、すみません。大声を出してしまいました」
立ち上がり、他の先生方に謝る。
再び席に着き、頭と心を落ち着かせるために机の上をじっと眺める。
おかしい。
私は今、新四年生の春休みの課題であった日記を読んでいたはずだ。
現れた表紙には『ぼくの春やすみ』というタイトルと、この日記を書いた男の子の名前である
そうだった。
彼のお父さんは、大変に個性の強い人物であった。
私は今更になって、それを思い出す。
そしてさらに、今年も自分がその担任だということも。
――オーケー。
まずは冷静になろう、自分。
現実逃避していても仕事は片付かない。
ノートの最後にある『先生からの言葉』のページを開き、こちらからの返信を書いていく。
文字通りの意味で『何とか』書き終えた私は、ノートを閉じるとため息をつく。
「お疲れ〜。ってすごい顔してるよ! 大丈夫?」
その声に顔を上げれば、仲良くしている
「大丈夫。ちょっと想定外のことに驚いてしまっていただけ」
机の上の奏世君のノートに気づいた緋山先生は「あぁ」と呟く。
「去年もすごかったもんねぇ、この子のお父さん。いろいろと騒動を起こしてたねぇ。あの大暴走を止められるのはもう、あなたしかいないって、このあいだ学年主任が褒めてたよ」
「……そりゃどうも。身近に似たタイプがいるからか、対処はしやすいんだよねぇ」
あまり嬉しくない褒め言葉を噛みしめ、私は机の上を片付けていく。
「あ、今日はこれでおしまい? 週末だし、このあとご飯でもどう?」
緋山先生からの誘いに、私はうなずく。
「いいよ。今日は母も、友達とご飯食べに行くって言ってたからちょうどいいや」
「あら。今日はお母様はお出かけなのね。またお話した〜い。私、あなたのお母様のファンなのよ」
「そりゃどうも。いつでも話し相手になってくださいな。あの人はそういうの大好きだから」
その言葉に緋山先生は、機嫌良さそうに私の後ろに回り込むと肩をもみ始めた。
「うわ〜、楽しみ! じゃあ行きましょ、ひまわり先生!」
「ちょ! 別に肩なんて、もまなくてもいいから〜」
◇◇◇◇◇
『先生からの言葉』
お父さんと、楽しい時間を過ごしたようですね。
ただ、言葉が少し足りないところがあるのでそこは気をつけましょうね。
まず一つ目。
『狩り』の前に「いちご」という言葉をきちんと入れましょう。
同じく『肉』の前には「果」もつけましょう。
二つ目。
お父さんの発言の部分が、どう見ても真くんが書いた文字や文章ではないですね。
お父さん。
筆跡でばれるのですから、ご自身で書かずに真くん本人に書かせてください。
また、その際には小学四年生の子供がわかる言葉遣いをお願いいたします。
最後になりますが、今年もよろしくお願いします。
できればどうぞお手柔らかに。
誰が為に幕は開く とは @toha108
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