歪曲日記
冬城ひすい
只より高い物はない
ある日、少年は高校の図書室で一冊の日記を見つけた。
分厚い本と本の間に、申し訳程度の厚みと共にしまわれた日記。
少年は夕陽に照らし出される表紙をそっとなでる。
”
荘厳という言葉が似合う装丁のそれはそのようなタイトルを冠していた。
少年はわずかな興味本位から一枚ページをめくる。
はっと息をのんだ少年を誰も責めることはできない。
なぜなら日記として存在意義を得た物品だというのに、何一つとして書かれている文字がないのだ。
ただ真っ白なページが少年を見返してくる。
気味が悪くなった少年は思わず、日記を取りこぼしてしまう。
トン、と軽い音を立てて落ちた日記はその最後のページが開かれていた。
”キミのネガイをココにカイテ。ワタシがそのネガイをカナエテアゲル”
血液を思わせるような深紅のフォントで仰々しくそのようなことが綴られていた。
少年はこの意味をどうしても知りたくなってしまった。
嘘だとは思いつつも、もしという仮定の言葉が彼にペンを握らせる。
”俺は自分を一番にしたい。運動も勉強も容姿だって他の誰もが届かないような一番のものが欲しい。明日4月4日を俺の願いが叶う日にする”
あまりにも自分本位で稚拙な願望が記されてしまう。
ただそれだけ。
何も起こるはずもなく、少年は落胆のため息と共に日記をもとの位置に戻した。
♢♢♢
次の日、少年は名実ともに運動・勉強・容姿など様々な分野で一番になった。
しかし同時に、少年の顔は恐怖と絶望に染まっていた。
後悔と言い換えてもいい。
世界の人々は知性をなくし、身体の部位を欠損し、焼け爛れた。
それでも生命活動は停止していない。
昨日までと同じように笑って生活している。
ただそれだけだ。
少年は焦燥感を覚えて、ゾンビまがいの生徒や先生の合間を駆け抜け、あの日記があった本棚の前に立つ。
日記は動いていなかった。
そっとページをめくる。
自身の願望を記した場所へ。
”タクサンのゴチソウをアリガトウ”
少年がその言葉を目にしたのと同時に図書室の扉が外側から張り倒される。
わたしの顔を返して、おれの手を返して、あああああああああああああああ。
雪崩のように飛びついてきた恐ろしい存在が少年を飲み込むまで数秒とかからなかった。
後に残された日記は開け放たれた窓から校庭に落下する。
やがて音もなくパタンと閉じられ、消えていく。
――キミもツカッテみる?
歪曲日記 冬城ひすい @tsukikage210
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