#チョコかと思ったら

植原翠/『浅倉さん、怪異です!』発売

#チョコかと思ったら

『もうすぐ #バレンタイン だぴぃ! チョコがおいしいチョコぴぃで、バレンタインを盛り上げるぴぃ!』

 オフィスのパソコンでそんな文面を打って、投稿ボタンを押す。アイコンは、茶色い丸い体に手足と目がついた小動物みたいな奴。自社製品のパッケージにプリントされた、マスコットキャラクター「パンぴぃくん」だ。


 株式会社一般製パンは、従業員が五百人に満たない小さな製パン会社である。国内に工場はひとつだけのローカル企業であり、この工場から県内に三つある自社店舗に出荷している。主力商品は菓子パン。サブで洋菓子も少々。

 当社最大武器はチョコレートのパン、「チョコぴぃ」である。コロンとしたフォルムのブールの中に、チョコレートクリームがたっぷり詰まっている菓子パンだ。

 これらの商品の評判を拾っては拡散するのが、僕、中野なかのひとしの仕事である。

 入社四年目、営業部の広報課。宣伝広告の仕事の中には、当社公式SNSの運営も含まれる。所謂「公式の中の人」だ。

 僕は今日も今日とて、SNS上でマスコットになりきって商品の宣伝を呟く。地元中小企業だからフォロワーはさほど多くはない。手応えのない仕事だが、流行り物好きの社長がやれと言うから仕方ない。

 本音を言うと、僕はSNSは好きではない。“いいね”などという目に見えるだけで意味のない存在に躍らされて、バカみたいだ。それに便乗する企業側も、魂胆が見え見えで気分が悪い。企業から与えられた「映え」にたかる消費者も、写真映えするモノをわざとらしく売り出す企業にも、僕はすっかり辟易していた。

 そんなSNS嫌いの僕だが、仕事として割り切ってパンぴぃくんを渋々演じている。当たり障りのない明るく穏やかな性分にして、普通に書き込むと堅苦しくなるから、語尾に「ぴぃ」なんて付けてみたりしている。

『バレンタインにチョコを貰える皆が羨ましいぴぃ。パンぴぃも彼女が欲しいぴ……』

 ちょっとだけ自分の本音を混ぜた書き込みをして、僕は虚空を仰いだ。


 *


 昼休み、食堂に行くと鬱屈した顔の同期を見つけた。僕は自社製品の余り物を持って、彼のいたテーブルにつく。

「暗い顔してどうした、パン生地きじり太郎」

木地きじ練太郎れんたろうだよ」

 同期の木地は、どろっとした目を上げて僕を睨んだ。

 木地とは、入社は同時期だったが部署が違う。僕はオフィス勤務の営業部で、彼は工場に入る製パン部である。

 そんな木地が苦々しい顔をしているので、僕は昼食がてらに愚痴を聞いてやることにした。

「なんかあったのか?」

「いつものだよ」

 木地は答えかけて、一旦言葉を止めた。周りを見渡して、僕の方へ前のめりになる。

「社長がさ……」

「またか」

 それを聞くなり、僕は諸々を察した。

 うちの社長は「社長でありながら現場に入る」をモットーに、気が向いたときだけ工場に現れる。生産ラインに入ってミスを連発したり、パートやアルバイトに話しかけて邪魔をしたりと、現場を引っ掻き回していく。しかし社長相手に注意などしようものなら、機嫌を損ねて冷遇される。

 社長は自由気ままで楽観的で、それでいて権力だけは振りかざす男なのだ。

 この「社長の気まぐれ」は、月に一回くらいの頻度で発生する。その度に木地を含め、工場に入っている全ての従業員がうんざりしているのだった。

 今日も例外でなく、木地がため息をついている。

「チョコぴぃの材料の補充なんかしてくれてるよ。あの作業は自慢のチョコレートクリームの味に関わるところだから、余計なことしないでほしい」

「でも相手が社長じゃ、触るなとは言えないもんな」

 この二日後、事態は最悪の方向へ転がるのだった。


 *


 事件の始まりは、僕が取った電話だった。

「はい。一般製パンです」

「東町店です。お客さんからクレームです」

 自社店舗のうちのひとつから、緊迫した声が吹き込まれてくる。

「チョコぴぃの中身が、カレーにすり変わっているようです!」

「なんだって!?」

 聞くところによると、カレーパン用のカレーペーストがチョコぴぃに入っていたとのことだ。チョコぴぃの生産ラインとカレーパンのラインが隣合っているから誤って混入したと考えられるが、それにしたって信じられないミスである。

 僕は即、デスクのパソコンからSNSを開いた。「チョコぴぃ」で書き込みを検索すると、何件かヒットした。

『チョコぴぃにカレー入ってんだけど(笑)』

『チョコぴぃがカレーパンになってた』

 すでに購入した顧客がネットにアップしている。いずれの投稿にも画像が添付されており、チョコぴぃのパッケージと千切られたパン、そこから露出するカレーが写されていた。

 そのうち、他のデスクが電話を取った。

「一般製パンです。えっ、チョコぴぃにカレー……」

 店舗だけでなく、本社オフィスにも直接問い合わせが入ったようだ。その場にいた全員が青ざめる。

 数分後には、緊急会議が開かれた。営業部の部長と製パン部の部長、それぞれの部署から数名の課長クラスと木地、広報に携わる僕も招集されている。重々しい空気が会議室を澱ませる。

 今回騒ぎになっているチョコぴぃは、一昨日工場で焼き上がり、一日かけて県内の店舗に運ばれ、今日店頭に並んだものとのことだ。

 僕は思わず木地の顔を見た。木地も、僕を見ていた。

「一昨日……」

 そうだ。社長がチョコレートクリームの材料にチョッカイを出していた日だ。僕らだけでなく、工場にいた誰もがそれを目撃している。オフィスにいた営業部も、話は聞いていた。

 社長がやらかした。

 誰かが言葉にせずとも、全員が察した。

 怒りやら呆れやら焦燥やらが混ざったピリついた空気の中、営業部長が険しい顔で眉間を抓る。

「出荷分を回収するぞ。購入済みのものも、できるだけ回収して新しいものと交換する。併せてお詫びの品も送る」

 当然の流れだ。

「ホームページを更新しろ。すぐに謝罪文を掲示するぞ」

 それから部長は、僕に指示をする。

「中野もSNSに投稿しなさい」

「はい」

 僕はその場で自分の携帯を出した。SNSの通知が来ている。今まで見向きもされなかったパンぴぃくんのアカウントだったが、この騒動の問い合わせがパラパラ届いている。

 慌てて文を打つ。

『【お詫び】当社販売のチョコレートクリームパン、チョコぴぃに誤ってカレーが混入していた件につきまして』

 いつものパンぴぃくんの口調は封印し、真面目に書き込む。

『大変申し訳ございませんでした。自社回収を行います。既にご購入済みのお客様は、お手数ですが弊社カスタマーサービスまでご連絡ください』

 投稿、と、タップした瞬間だ。会議室の扉が開いた。

「チョコぴぃにカレーが入っていたそうだな」

 顔を出したのは、この事件の元凶・社長である。

 社長自身のミスでこんなことになったのだ。顔見せできないかと思ったが、こうして会議室に現れた。横暴な社長でも、ミスを認めて謝りに来たのだろう。

 なんて思った矢先だ。

「名前に『チョコ』とついてる商品にカレーが入ってるなんて笑い事じゃ済まされねえぞ。工場はなにをしてたんだ」

 部長も僕も木地も、営業部も製パン部も、全員が絶句した。

 社長は呆れたと言わんばかりに、大仰な身振りで僕らを咎める。

「一昨日生産分が全部廃棄になる。ひどい損失になるぞ。どう責任取るんだ」

 この社長、あろうことか自分がやらかしたミスをなかったことにしやがった。

 沈黙する僕らを前に、社長はひとり堂々としている。

「当日、工場にいた担当者は誰だ」

「……はい、俺です」

 木地が反応する。社長の鋭い目つきが、彼に向いた。

「この損失は全てお前に責任がある。損失額に応じた減給処分とする」

「えっ!?」

「は!?」

 木地当人だけでなく、他の社員もざわつく。社長はなぜかふんぞり返っていた。

「当然だろう! 仕事というものはそういうものだ。文句あるか?」

 ありまくりだよ!

 しかしこのとおり、社長は暴君だ。反論しようものなら矛先はこちらに向く。誰もなにも言い返せなかった。木地すらも、不服を口にできない。

 社長がバンッと、扉を閉めて出ていく。木地は社長が消えた扉を、憮然として見つめていた。僕も数秒、思考が止まってぽかんとしていた。

 部長がちらっと木地に目をやり、遠慮がちに呟く。

「該当分の売上がゼロになる上に、回収費用や廃棄費用がかかる。お詫びの対応もしなくちゃならないし、人員も割く。会社の信用に傷がつけば、今後の売上にも響く」

「その損失分が、木地の責任になるんですか?」

 僕が震え声を出すと、石のように固まっていた木地が、ふらっと崩れ落ちた。傍にいた社員が駆け寄り、彼に声をかける。僕は彼の後ろ頭を、黙って見下ろしていた。

 木地とは入社当時から、この会社で切磋琢磨してきた。部署が違っても、成長していくお互いをずっと眺めてきた。同僚でありライバルであり、友人でもあった。

 やがて僕の感情は、徐々に困惑から怒りへとシフトしていった。

 なんで、社長の失敗が木地のせいになる?

 いや、社長だけではない。ここにいる全員、誰も社長に反論できなかった。自分に飛び火するのが怖かったから、同僚も上司も、誰も木地を守らなかった。僕も、同罪だ。

 僕はスッと、携帯を胸の高さに上げた。開きっぱなしだったSNSの画面には、先程打ち込んだ文面が表示されている。僕はこれに続いて、新しい文を打ちはじめた。

 営業部長が重々しく口を開く。

「持ち場に戻れ。営業部はオフィスに戻り次第、店舗に連絡をするように。株主への説明の準備も……」

 諸々が動き出すさなか、僕はひとり、臍を固めていた。


 *


 それから一時間足らずのうちに、僕は営業部長の席に呼び出された。

「おい! 中野、なんだこれは! 回収の手続きをするように指示したはずだぞ。なぜこんな投稿をした!」

 僕はむすっと口を結んで、床を睨んでいた。営業部長に向けられたパソコンの画面には、SNS上のパンぴぃくんのアカウントが表示されている。

『大変申し訳ございませんでした。自社回収を行います。すでにご購入のお客様は、お手数ですが弊社カスタマーサービスまでご連絡ください』

 に続いて書き込んだ、追記だ。

『なんて言うと思ったか! これは事故ではない。一般製パンによるバレンタインテロだぴぃ! 』

「説明しろ、中野」

 部長が低い声を出す。僕の背後で、主任が大声で叫んだ。

「部長! 今しがた店舗に確認しました。自社回収の指示は、中野から撤回の連絡があったとのことで、対応されていません!」

 それを受けて部長は、険しい顔をより一層険しくした。

「どういうつもりだ。なぜ勝手なことをした!」

 捲し立てる彼を見据え、僕は毅然として答えた。

「自社回収、したくないからです」

「は?」

 目をぱちくりさせる部長と、唖然とする他の同僚。僕は改めて意図を話す。

「自社回収したら損失が出て、それが木地の責任になるんですよね。なら出回ってる分を売り切りましょう」

「なにを言ってるんだ……?」

 困惑されるのは分かっている。こんなのは、企業として最低な行為だ。だが、今の僕はお客様への誠意より、木地への同情……それと、社長への怒りの方が大きかったのだ。

「ていうか、もう投稿しちゃいましたから。下手に撤回すれば、余計に誠意を疑われます」

 パンぴぃくんのアカウントには、僕が怒りに任せてぶち込んだ書き込みが並んでいる。

『彼女がいない僕はバレンタインを許さないぴぃ! これは浮かれたリア充共を一掃するべくこの世のチョコレートをカレー化する計画の第一段階だぴぃ』

『まずは自社製品のチョコぴぃから制圧した。今後徐々にカレー勢力を拡大し、ゆくゆくは全世界からチョコレートという概念を消し去るぴぃ』

 間抜けなアイコンが諸々を訴えた後に、口調を変えて新たに書き込む。

『【一般製パン広報課より】弊社マスコットのパンぴぃくんがバレンタインテロを起こしました件につきまして、心よりお詫び申し上げます。今後“チョコかと思ったらカレーだった”事案があれば、パンぴぃくんによるテロ行為である可能性があります。被害状況を把握するため、恐れ入りますが、被害を受けたお客様はハッシュタグ#チョコかと思ったら を付けて、写真を投稿して当社までご連絡くださいませ。お詫びとして、抽選でオリジナルグッズを差し上げます』

 つまり、僕の計画はこうだ。

 カレーパンになったチョコぴぃは、回収しない。わざとカレーを詰めたのであり、ミスではないと言い張るのだ。あくまでこちらから仕掛けたキャンペーン、自社製品のパロディ商品だったことにする。

 普通なら有り得ない判断だ、上司に提案したって却下される。だから誰にも相談せずSNS投稿をして、店舗にも勝手に根回しした。

 店頭にあるチョコぴぃには、この企画の旨を説明したラベルを貼ることにした。ラベルは僕自身が図形ツールで作ったもので、データを店舗に送信し、店舗側でラベル台紙に印刷してパッケージに貼ってもらっている。ラベルを貼る前に消費者の手に渡ってしまったものについては、問い合わせがあり次第対応していけばいい。原材料やアレルギーの表示も、同様に対応した。

 部長がドンッとデスクに拳を振り下ろす。

「ふざけてるのか!?」

「大真面目です」

 僕は声を荒げず、きっぱり言い切った。

「上司のくせに木地を守れなかった方が、よっぽどふざけてます」

 拳を打ち付けた部長は、そのまま言葉を失った。多分、僕の正論に言い返せなかったのではない。単に僕の非常識ぶりに絶句したのだ。

 このやりとりが響き渡ったせいで、オフィス全体が凍りついている。僕は部長に一礼した。

「失礼します」

 部長の前からさっさと立ち去って、オフィスを出る。

 廊下を歩いていると、今更脚が震えてきた。やっちゃった。もう戻れない。いや、覚悟の上でやっていたわけだが、これはもう完全に足場を崩した。入社してから四年間、築き上げてきた業績も立場も人間関係も、全てを失ったのだ。

 部長に対して強気に出たけれど、本当は当然ビビッていた。このまま家に逃げ帰ってしまおうか。

 早歩きになってエントランスを出ると、聞き慣れた声が飛んできた。

「中野!」

 振り向くと、木地がこちらに向かって走ってきていた。僕の計画が耳に入って、工場から飛び出してきたのだ。

「なにやってんだよ! SNSでふざけてる場合じゃない。今すぐ投稿を取り消せ。素直に自社回収すべきだ!」

「僕もそう思う。だというのに、あんな投稿をして全社を巻き込んで、取り返しがつかないことをした。僕は多分、懲戒解雇されるよ」

「じゃあなんで!? 正真正銘のバカだな!」

 木地が僕の胸ぐらを掴む。僕は抵抗せず、木地を睨みつけた。

「バカで結構だよ。バカかもしれないけど、こんな会社に勤めてる方が大バカだ。こっちから辞めてやる」

「ミスを認めない」という判断は、最も誠意のない対応だと思う。だがうちの社長は、工場での自分のミスをなかったことにして、木地に責任を押し付けた。他の社員も社長の言いなりになった。

 一般製パンはそういう会社だ。だからたとえチョコレートのパンにカレーが入っていようと、ミスとは認めない。これは僕なりの、会社への皮肉のつもりなのだ。

 僕の胸ぐらを掴む木地の手が、少し力を緩める。僕は彼の狼狽の目を見つめた。

「なんなら、木地も一緒に辞める?」

 真剣な顔で言ったら、木地は数秒ぽかんとして、それから苦笑いしていた。


 *


 僕はスーツで、木地は白いツナギ姿で、会社を抜け出した。五百メートルくらい離れた公園にやってきて、ベンチに腰掛ける。日中の公園には、鳩しかいなかった。木地が帽子を胸に抱えて俯いている。

 僕は前屈みになって、携帯を眺めた。SNSの通知が爆発している。

「パンぴぃくんのフォロワーが爆増してる」

 フォロワーが少ないせいでぽつりぽつりとしか広まらないはずだったが、見ていないうちにパンぴぃくんに転機が訪れていたようだ。

『チョコかと思ったら……。カレーかよ! 一般製パンのパンぴぃくんが荒ぶってる #チョコかと思ったら』

 地元の大学生と見られるアカウントが、カレー入りチョコぴぃの写真を投稿したのだ。それも、こちらが提示したハッシュタグ付きである。この投稿が面白おかしく拡散され、パンぴぃくんの投稿も波に乗り、急激に拡散されたのだ。

 ローカル中小企業が、これまで大人しかったキャラを崩壊させて暴走している。これがウケたらしく、僕の投稿は全国規模にまで拡大していた。

 木地が画面を覗き込んできて、目をぱちくりさせた。

「中野っていつも大人しく指示受けて仕事してるイメージだったんだけど、案外思い切ったことするのな」

「自分でもびっくりしてる」

 ただこれは、社長になにも言えなかった僕自身の、木地への贖罪のつもりだ。

 投稿はみるみる広まり、ハッシュタグは大喜利状態になった。

『一般製パンとかいう中小企業のマスコットキャラがリア充潰しのためにチョコレートを総カレー化計画を推進してるw 俺のチョコうどんもまんまとカレーうどんにされてたわ……#チョコかと思ったら』

『パンぴぃくんって誰だよ。チョコピラフ買ったつもりがカレーピラフだったわ。許さん。#チョコかと思ったら』

「はははっ。チョコうどんとかチョコピラフって」

 画面を見ていた木地が吹き出す。

「うちの会社を知らない人まで便乗してるな。流行に乗ってネタ投稿して、『いいね』を稼いでる」

 凹んでいた木地だったが、この書き込みで腹を抱えて笑っている。僕もくすっと笑って、大喜利状態の投稿をパンぴぃくん名義で拡散した。


 *


 その翌日、僕は会社をサボって自宅に篭っていた。会社から延々と電話がかかってくるのを無視して、携帯でニュースを読む。

 ふと、ある記事が目に止まった。

『チョコレート→カレー化テロ!? ネット民ざわつく』

 太字のタイトルと、チョコぴぃの写真が表示される。

『知る人ぞ知るローカル製パン会社、一般製パンのSNSアカウントが話題です』

 叩かれているのかと思いきや、パンぴぃくんの暴走は企業の粋な冗談と好意的に受け取られたらしく、会社の知名度が急上昇したようだ。

 カレーの入ったチョコぴぃは飛ぶように売れ、チョコの入ったチョコぴぃも全国から注目され、社長にはこの記事の取材が来ている。

 社長は記事の中でこう話していた。

『時代はSNS。パンぴぃくんのアカウントを運営するよう指示をした私は間違ってなかった。カレーを入れたのも私だ。このイベントを企画し、社名を全国に轟かせるのが目的だったのだ』

「白々しいわ!」

 僕は携帯を布団の中に投げつけた。

 僕はやはり、SNSが好きではない。“いいね”などという目に見えるだけで意味のない存在に躍らされて、バカみたいだ。それに便乗する企業側も、魂胆が見え見えで気分が悪い。

 だがそこに宣伝効果、即ち利益が生じる場合、“いいね”は無価値と言いきれるだろうか? 凹んだ友人が他人の書き込みを見て笑顔を取り戻しても、誰かが助かるきっかけになったとしても、無価値なのか?

 なんだかいろいろなことが、分からなくなってきた。

 布団にめり込んだ携帯が着信を知らせる。また会社からかと思ったら、木地からだった。応答すると、木地は挨拶より先に切り出した。

「ニュース見たか?」

「見た。胸糞悪い」

「会社から連絡があった。『中野と一緒に戻ってこい』って」

「結果的には会社に利益与えたからね」

 なんやかんやカレー入りチョコぴぃは完売したし、損失が出るどころか社名が知れ渡る機会になった。木地が苦笑する。

「減給処分はナシ。むしろ報奨金を支給するってさ。営業部長が社長を説得してくれたらしい」

「そっか」

 とりあえず、営業部長には僕の思いが届いたようでなによりだ。消費者の不満は最小限に留めたし、なにより木地も、無事で済んだ。

「じゃあ、その報奨金を受け取ってから転職するか」

「だな」


 数ヶ月後。転職した僕が購入したチョコぴぃに、今度は焼きそばパンのソースが入っていたのは、また別のお話だ。

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