もうすぐサンタがやってくる

植原翠/授賞&重版

もうすぐサンタがやってくる

「宏太、早く寝なさいよ」

「んー、もうちょっと」

 促す私に対し、息子はうやむやな返事をした。ベッドに寝転がってはいるが、ゲームで遊んでいて電気を消さない。

 時刻は夜、十一時を回っている。なぜ、今日に限って寝てくれないのか。眉を寄せる私の横目に、息子はきっぱりと言い放った。

「サンタさんに会うために、寝るわけにはいかないんだ」

 ……ああ、そうか。

 宏太は、小学三年生。サンタクロースの正体を暴きたがるお年頃だ。


 今夜はクリスマスイブ。私はこの日のために、宏太にサンタさんへのお手紙を書いてもらい、彼の望んだプレゼントを買ってきた。例年どおり、眠った彼の枕元にプレゼントを置く予定だった。

 夫が早くに他界し、私はこの子を女手ひとつで育ててきた。宏太を不自由なく生活させるためにも、私は明日も仕事を頑張らなくてはならない。

 だというのに、宏太が寝てくれない。寝てくれないと枕元にプレゼントを置きにいけないし、置きに行けないと私が眠れない。眠れないと、明日の仕事に響く。

「サンタさんはいい子のところにしか来ないから、夜更かしする子のところには来てくれないのよ」

 説得を試みる。宏太は携帯ゲーム機を手放さない。

「一晩のうちに世界じゅうを回るんだから、遅くなってるだけだよ。お手紙書いたから、絶対来るもん」

 口で言って聞かないのなら、こうするしかない。宏太からゲーム機を奪った。

「いい加減にしなさい! こんな時間までゲームしてちゃだめでしょ!」

「冬休みなんだから、いいじゃん!」

「そういう問題じゃない!」

 私は明日も仕事なんだ!

「これ以上やるなら没収だよ」

「えー。分かったよ……」

「よし」

 渋々頷く宏太に、私はそっとゲーム機を返した。

 宏太がセーブをしてゲーム機の電源を切って、机の引き出しにしまったところまで見届けてから、私は宏太の部屋を出た。

 リビングに戻って、ため息をつく。リビングの戸棚の扉の中には、新しいマフラーが隠されている。宏太へのプレゼントだ。

 宏太はいつも、遅くても十時には寝る。十一時を過ぎてもまだ起きているのは、彼にしてみればかなりの夜更かしなのだ。

 夜にゲームをすると、映像や光が脳を刺激して眠気が飛ぶと聞いたことがある。とはいえそのゲームは封じた。これでどっと眠気が襲ってくれば、十五分もすれば寝てしまうだろう。基本九時、遅くて十時就寝の習慣が身についている宏太だ。そう長くはもたない。あと三十分待って、もう一度宏太の部屋を見に行こう。

 そう決めて、私はソファに腰をうずめてテレビをつけた。


 *


 十一時半。時計を一瞥し、ソファから立ち上がる。特に追いかけてもいないドラマを観て時間を潰した。そろそろ宏太は寝ただろうか。テレビを消し、足を忍ばせて彼の部屋へ向かう。

 宏太の部屋の前に立ち、そっとドアノブを捻る。ドアの隙間から、部屋の明かりが洩れた。

「なに、お母さん」

 宏太はいやにはっきりした声で反応した。私はドアの隙間から問いかける。

「まだ起きてたの?」

「言ったでしょ。サンタさんに会うんだ」

 宏太はベッドに寝そべって、本を読んでいた。学校の図書室で借りてきたらしい、大作ファンタジーだ。

「ゲームやめたと思ったら、今度は読書? あんまり夜更かししてると、成長ホルモンの分泌が鈍って大きくなれないのよ」

「一日くらいじゃ変わんないよ」

 真っ当な正論で返されてしまった。

 よく見れば、彼の枕の横には今読んでいるものの続刊が、あと四冊も積まれていた。学校の図書室は、通常借りかれるのはひとり一冊までだが、冬休み用にたくさん借りられるようになるらしい。

「キリのいいところまで読んだら寝なさいね」

「やだ」

 粘る宏太をひと睨みし、私は彼の部屋を出た。リビングに戻り、ソファに飛び込んで頭を抱える。

 参った。宏太は一体いつまで起きているつもりなのだ。

 テレビをつけると、先程のドラマは終わっていて、バラエティ番組に切り替わっていた。ソファに横になって、肘掛に頬杖をつく。宏太は全く眠そうではなかった。むしろ本が面白くて覚醒している様子だった。

 本を取り上げるか? いや、既にゲームを封じているから、二度も行動の制限が入ったら喧嘩になりかねない。

 テレビの映像や光が、私の脳を刺激する。それに加えてこの賑やかな笑い声だ。……だというのに、頭がこくんと倒れてしまった。慌てて目を擦る。まずい、眠くなってきた。


 *


 零時ぴったり。私は再度、宏太の部屋へ向かった。そろそろ寝落ちしていてくれ。

 ドアを開けると、宏太が眉を寄せた顔を向けてきた。手にはまだ、読みかけの本を持っている。

「なんだよ」

「寝たかなあと思って……」

「お母さん、普段そんなに僕の部屋覗かないじゃん」

 怪しまれはじめている。もうこれ以上覗く回数を増やしたくない。私は彼の部屋に踏み入れ、ベッドに腰を下ろした。

「宏太はサンタさんを待って、会ってどんな話をしたいの? サンタさんが来たら私から伝えておくから、もう寝なさい」

「直接会って話さなきゃ」

 宏太は一旦本を置いて、しっかりと私の目を見据えてきた。

「プレゼント、変更したいんだ」

「は!?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。

「宏太、サンタさんへのお手紙に新しいマフラーが欲しいって書いたわよね? それを変えたいの?」

「実はそれ、サンタさんを引きつけるために書いた第二希望なんだ」

 宏太がニヤリと不敵に笑う。

「直接会って、本当に欲しいものを伝える。それが僕の目的だ」

 頭の中が真っ白になる。

 なんてことだ。プレゼントはもう用意してある。今から変更なんて不可能だ。

「サンタさんはもう受付終了した。諦めなさい」

 働かない頭でひとまず言ってみたが、宏太は首を振る。

「だろうから、サンタさんに直接頼むの」

「本当はなにが欲しかったの? お母さんからサンタさんに伝えておくから教えて?」

「だめ、直接話すんだ!」

 宏太は再び本を開き、私を睨んだ。

「分かった。サンタさんに会う前に眠くなったら、なにが欲しかったのか、お母さんに教えに来てね。リビングにいるから。サンタさんが来たら交渉しておくわ」

「いや、自分で伝えるから平気」

 そう言ったきり、宏太は本を開いてこちらの呼びかけに反応しなくなった。


 一大事だ。

 リビングに戻った私は、ソファに突っ伏した。まさかここへ来て、プレゼントを変更したいだと? もう間に合わない。クリスマスを過ぎてから改めて買ってくるのでは、宏太の中のサンタクロース像が歪んでしまうだろうし、どうしたらいいのか。

 つけっぱなしのテレビの中で、雛壇芸人が大声で笑っている。スタジオに持ち込まれた冬の激辛鍋を囲んで、賑やかにリポートしていた。

 宏太が眠ってくれるのがベターである。睡魔に負けてサンタさんに会えなかった、だから本当に欲しいものを伝えられなかった……というシナリオだ。こうなれば、私は予め買ったマフラーを置きに行けるし、中身は変更されなくても仕方がなかったことになる。

 テレビが騒がしい。電源を切って、ソファに顔をうずめる。そのうちだんだん意識が遠のいてきて、体がどこか深いところへ引きずり込まれるような感覚がしてきた。

 ブンと大仰に頭を上げて、自身の顔を両手で叩く。

 いけない。寝たらだめだ。うっかり寝過ごして朝になったら、宏太にプレゼントを渡し損ねてしまう。サンタさんが来なかったとなれば、宏太はどれほどショックを受けることか。

 眠気と戦うために口の中を噛みながら、宏太を寝かせる方法を考えた。


 *


 しかし考えているうちに、うたた寝をしてしまった。目を覚ましたのは、一時を少し過ぎた頃。朝になっていなくてほっとする。

 いい加減決着をつけたくて、そっと宏太の部屋を覗く。宏太は本を置いて、ベッドの横の窓のカーテンを開けていた。

「サンタさん、遅いなあ」

 ひとり言が聞こえてくる。まだ起きている。

 窓ガラス越しには、星も見えない真っ暗な闇が広がっている。宏太が私に気づき、不服そうに唇を尖らせた。

「また来たの!? もう寝なよお母さん。明日もお仕事でしょ」

 寝たいのは山々だ。でも君が元気だとお母さん眠れないの。とは、口が裂けても言えない。

 ふいに、宏太が両手をパチンと叩いた。

「分かった! お母さんが寝ないとサンタさん来ないんじゃない? 大人に見つかるとまずいから、お母さんが寝るのを待ってるんだ、きっと」

「そんなことないわよ、お母さんサンタさんとお友達だもん」

 咄嗟にそんな言い訳をして、私は自分で「それだ」と胸の中で拳を握った。

「サンタさんとお友達だから、なにかと融通が利くの! 宏太が欲しかったもの、お母さんが伝えておいてあげる。間に合わなくても、来年に繰り越せばいいじゃない。なんなら、お誕生日に買ってあげようか?」

 私はペラペラ調子よく続けた。

「宏太にサンタさんへのお手紙を書いてもらったら、まずは私に渡すでしょ。私はそれをサンタさんに届けてるの。面識あるのよ、大人だから」

 宏太くらいの子供ならば、このめちゃくちゃな理論を説得力と受け取ってくれるはず。そう思ったのだが。

「……だからだよ」

 宏太の声は、弱々しく震えた。顔を伏せてぽつりとなにか言った後、彼はわっと声を大きくした。

「だから、僕が直接会いたいんだよ! お母さんはもう寝て!」

 一気にまくし立て、宏太はベッドから飛び降りた。私を部屋の外へと押し出して、バタンとドアを閉める。

 私はしばし、ドアの前で呆然と佇んでいた。しつこくしすぎたか、ついに閉め出されてしまった。息子にクリスマスプレゼントを喜んでほしかっただけなのに。

 しょぼくれながら、リビングに戻る。ソファに仰向けになって、目を閉じた。

 思えば、私は宏太の気持ちを考えていなかったのかもしれない。明日も仕事だから早く寝たい、というのは、私の都合でしかない。子供のためを思っているふりをして、結局のところ、私のエゴを押し付けていただけだ。

 息子をひとりで育ててきたというのもただの奢りで、本当はなにも分かっていなくて。ちゃんと宏太に向き合えていたら、なにが欲しかったのかくらい、聞かなくても分かったのかもしれない……。

 そう思ったら、目に涙が溜まってきた。零れ落ちる前に、腕で受け止める。真夜中でなんの音もしないせいだ。急に独りぼっちになってしまったみたいで、妙にセンシティブになってしまう。

 そのときだ。ピンポーンと、インターホンが間延びした音を立てた。

 静寂が破られた衝撃で、私はびくっと飛び上がった。涙を袖で拭きながら、反射的にインターホンのモニターに駆け寄る。

「はーい!」

 通話ボタンを押してから、頭が冷静になってきた。時刻はもうすぐ二時になる。こんな時間に、なんだろう。しかしおかしいなと立ち止まるより前に、モニターに玄関先が映し出される。

 そして、私はぎょっと仰け反った。

「メリークリスマス、美佳子ちゃーん!」

 外に立っていたのは、赤い服に身を包んだ白い髭の男。朗々を呼ぶのは、私の名前。

「お義父さん!?」

 夫の父、すなわち、私の義父で宏太のおじいちゃんだ。サンタの仮装だが、眼鏡の奥ののほほんとした笑顔は彼のもので間違いないだろう。

「どうしたんですか、こんな時間に」

「宏ちゃんにプレゼントあげようと思ったんだ。でも旅行先から帰ってくるスケジュールの関係で、こんな時間になっちゃった。半分諦めてたから、まさか美佳子ちゃんが起きてたとはびっくりだよ」

 そういえば、先日から海外旅行に行ってくると連絡を受けていた。孫のプレゼントをクリスマスに渡したくて、結果こんなめちゃくちゃな時間に訪ねてくることになったようだ。

 寒い中真夜中の外気に老人を立たせておくわけにはいかない。私は慌てて玄関へ駆け出し、扉を開けた。義父は玄関へと上がりつつ、低い背丈から私を見上げる。

「宏ちゃんをびっくりさせたくてこんな恰好してきたんだけど、もう寝ちゃったよねえ」

 義父はもともと風変わりな人ではあったが、この行動には驚かされた。まさか真夜中に、しかもサンタの恰好で現れるなんて……。一瞬、いるはずないのに本物のサンタクロースかと思ってしまったではないか。

 そこでハッと、私は手を叩いた。

「そうだお義父さん! その恰好で、ぜひ宏太の前で本物のサンタクロースの振りをしてくれませんか?」

「んん?」

 首を傾げる義父に、私はこれまでの展開を説明した。

「宏太はなにがなんでも、サンタクロースに会って話をするまで寝ない気みたいです。だからお義父さんが本物として現れてくれれば、満足してくれるんじゃないかと!」

 今夜の彼はサンタさんで頭がいっぱいなのだ。 義父の変装にも、きっと騙されてくれる。

「なるほどねえ。いいよ!」

 義父がにっこりと快諾する。私はしきりに頭を下げて、クローゼットの中のプレゼントを取り出し、義父へ手渡した。

「宏太にこれを。それで、『プレゼントを変えたい』って言い出したら……」

「いいよいいよ。僕にぜーんぶ任せて」

 聞いているのかいないのか、大雑把な返事をしながら、義父はどんどんと宏太の部屋へと向かっていった。私はやや不安を抱えつつ、彼を追いかける。変わった人だとは思っていたが、やはりこちらが混乱するほどマイペースだ。

 こちらの戸惑いも意に介さず、義父が宏太の部屋のドアを開ける。本を読んで待ちくたびれていた宏太が、迷惑そうに顔を上げた。

「なに? またお母さ……」

「メリー! クリスマース!」

 私が様子を見に来たと思ったのだろう。予想外にそこにいた赤い服に白い髭のおじいさんを見て、宏太はぴたっと固まった。

「えっ……サンタさん?」

「見てのとおり! サンタさんじゃ! はい、プレゼント」

 義父がプレゼントを大きな身振りで差し出した。私は宏太の部屋から見えないように、廊下の端から様子を見ていた。

「本物!? すごい! プレゼントありがとう!」

 宏太がベッドから転がり落ちる勢いで義父に飛びついてきた。義父の赤い服の腰周りにまとわりついて、目を輝かせている。

「さて宏ちゃん、わしにお話ししたいことがあるんだよねえ?」

 義父が私にちらと目配せし、部屋のドアを閉める。私は廊下で壁にもたれ、ドアの向こうからふたりの会話に耳をそばだてた。

「僕、お手紙に『マフラーが欲しい』って書いたでしょ。あれをやめて、別のものにしたいんだ」

「ほう。なにが欲しかったのかな?」

「えっと、あのね」

 宏太は少し言葉を詰まらせて、しどろもどろに言った。

「僕のプレゼントいらないから、お母さんに、お休みをあげて」

 ……なんだって?

 思わず耳を疑う。義父も驚いたのか、丁寧に聞き返した。

「ふむ、お母さんにお仕事休んでもらって、どこか行きたいところがあるのかな?」

「そうじゃなくて。お母さんに、好きなことして好きなもの食べて、ゆっくりしてほしい」

 宏太は少しずつ、声のトーンを上げていった。

「お母さん、毎日とっても忙しそう。お休みの日も、おうちのことしてやっぱり忙しそうで。にこにこしてるけど、なんだか可哀想に見えてくるんだ」

「ほう」

「でも、お母さんにそう言っても、『いいの』って言って休まないから。サンタさんへのお手紙、お母さんが一度読むから、本当の気持ち書いたら『宏太が欲しいものを書きなさい』って戻されちゃう。だから、普通のお願いを書いてサンタさんにお手紙届けてもらって、来てもらったところで直接お願いしようって」

 宏太のたどたどしい声が届いてくる度、胸がいっぱいになった。宏太は、一年に一度の大事なクリスマスのプレゼントを、自分の分を我慢してまで私をいたわろうとしていたのだ。

「宏ちゃんは優しいね」

 義父が柔らかな声を返す。

「でもね、サンタさんは子供にしかプレゼントを用意できないんだ」

「そっか、だめか」

 ふたりの優しい会話が、疲れ果てた私の胸を温めていく。膝から崩れ落ちて、私は床に座り込んだ。涙がぽたぽた、スウェットの膝を濡らす。

 数秒の沈黙の後、宏太が素直に受け入れた。

「分かった。いいよ。マフラーが欲しかったのも本当だし。プレゼント変えられなくても大丈夫なように作戦がもうひとつあるから」


 *


 その後の宏太は、すぐに寝ついた。私はリビングで温かいコーヒーを淹れ、義父に振る舞った。

「本当に、ありがとうございました」

 まだ目頭が熱い。鼻をすんと啜ると、義父は白い髭の中でくすりと笑った。

「美佳子ちゃんはねえ、自分で思ってる以上にちゃんと頑張ってるよ。頑張りすぎな人ほど、自分はまだまだって思っちゃうんだよ」

 彼は付け髭を取らずに、そのままコーヒーカップを口に運んだ。

「けどね、宏ちゃんが心配しちゃうほど頑張るのはどうだろう。頑張るのと無理するのは違うからね」

 真冬の深夜のリビングに、のんびりした声が響く。

「宏ちゃんはいちばん近くで、君の頑張りをしっかり見てる。君は素敵なお母さんだって、自信を持っていいんだよ」

「……はい」

 まるで、未熟な自分を嘆いていたのを、見透かされたみたいだ。

 義父はコーヒーを飲み干すと、のっそりと立ち上がった。

「ごちそうさま。遅い時間にすまなかったねえ」

「いえ。こちらこそありがとうございました」

 玄関先へと向かっていく義父に、深々と頭を下げる。義父は玄関を開けて、さむ、と呟いた。風が吹きこんでくる。真夜中三時の街には、月明かりに照らされた雪がちらついていた。

 義父は扉を閉める前に、私に向かって微笑んだ。

「おやすみなさい、美佳子ちゃん。メリークリスマス」


 *


 翌朝、夜更かしをした私は見事に寝坊した。遅刻ギリギリの時間に宏太の声で目を覚ましたのである。

「お母さん、見て! サンタさんに貰った、真っ赤なマフラー!」

「わー! 遅刻! すぐ出なきゃ!」

「でね、これ、僕からお母さんに!」

 慌てる私のことなど気にもせず、宏太はずいっと薄手な箱を差し出してきた。出かける支度をしようとしていた私は、はたと手を止めた。

「え、宏太から?」

「うん。開けてみて」

 差し出されたプレゼントを、促されるまま開ける。ぽかん顔の私の目に映ったのは、宏太のマフラーと同じ赤色。

 宏太がふふっと笑った。

「お揃いの色のマフラー。お小遣い貯めて買ったんだ。今度一緒に巻いて、お出かけしようよ」

『プレゼント変えられなくても大丈夫なように作戦がもうひとつあるから』

 ドア越しに聞いた宏太の言葉が、脳裏に蘇る。

 いてもたってもいられなくなって、私は黙って宏太を抱きしめた。

 このままこの子と過ごしたい。会社に連絡を入れて、有給を使ってしまおうか。腹を決めた私は、宏太から手を解いて代わりに両肩に手を乗せた。

「よし、宏太。今日はお休みだ。お揃いのマフラーで出かけよう。おいしいもの食べに行こう」

「やったあ。でも、ゆっくり寝てなくていいの?」

「いいの。なんにもしないより、遊ぶ方が心が休まることはあるのよ」

 会社に連絡を入れようと携帯を手に取り、画面に出ていたメッセージに気づく。義父からだ。

『やっほー! 今、台湾にいるよ。お土産なにがいい? あと、宏ちゃんにクリスマスプレゼントも買うね。欲しいもの教えてちょ』

「あれ!? お義父さん、まだ海外?」

 そんなはずは。夜明け前までにたしかにうちにいたはずだ。だがメッセージの着時間は今朝だ。日本にいながらお土産のオーダーを取るとは思えない。

 そういえば、昨日来た義父は宏太にプレゼントを持ってきたと言っていたが、彼が渡していたのは私が用意していたマフラーだけだ。

 あれは私の夢だったのか。眠気でぼうっとしていて感覚が鈍っていたが、あんな時間に訪ねてくるなんておかしいし。とも思ったが、キッチンの食器乾燥機の中にはふたり分のコーヒーカップが入っている。

 もしかして、あれは本物のサンタクロースだったのだろうか?

 事実、私は宏太の真の望みどおり、休みを取った。大人にプレゼントは渡せないなんて口では言っていたけれど、もしかして……。

「そんな、まさかね」

 クリスマスの夜は、不思議なことが起こる。

 今日をいつもより特別にする、素敵で不思議な夜だった。

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