剣豪の日記

御剣ひかる

はい、ずっと、です

 ガルドじいちゃんはかつて魔物の大侵攻を食い止めたパーティの一人だった。じいちゃんは二刀流の剣士で、扱える武器は剣に限ったことでなかったらしい。野営で肉を串にさして焼いていたところ魔物に襲われたので、素早く肉をほおばりつつその串で応戦した、なんて逸話もあるぐらいだ。

 でもわたしにとっては大好きなじいちゃんだ。物心ついたころから一緒に遊んでくれて、勉強も教えてくれた。国のヒーローをわたしは独り占めしていたのだ。まさにわたしだけのヒーローだ。

 そんなガルドじいちゃんも寄る年波には勝てず、先日、八十八歳で大往生した。ベッドの上で眠るように亡くなった。

 最近では「アーティの子の世話もしたいなぁ」なんて話していたばかりだったのに。ごめんね、わたしは二十歳を超えたのにまだ結婚相手すら見つけられてなくて。

 じいちゃんの葬儀には国内中の人が訪れたといっても過言じゃなかった。救国の英雄らしい見送りになった。

 遺族として挨拶をしていたわたしに、若い剣士が話しかけてきた。

 じいちゃんが一緒に戦ったパーティの一人の、孫だという。

「実は、ガルド様の日記というものを、ぜひとも読ませていただきたくて」

 彼、ルカさんが言うには、ガルドじいちゃんは魔物討伐の遠征の時に日記をつけていたという。そして遠征が終わってからも続いていたそうなのだ。ルカさんの祖父がそんな話をしていたそうだ。

「祖父が、いったい何をそんなに書き溜めているのかと尋ねた時、ガルド様は『とても、とっても大切なことだ』とだけ答えたとか。現役を退いてからも剣技を磨くことに熱心であったガルド様ですから、おそらく戦いについて、秘技の類であろうと祖父は直感し、信じていました」

 彼の祖父ももう故人で、ルカさんもそんな話があったことも忘れていたけれど、この度の訃報で思い出したのだそうだ。

「私も剣を扱うことを生業としています。もしもそのような日記があるのなら、ぜひ拝読させていただきたい」

 じいちゃんが日記を書いていたなんて初耳だったけど、ちょっと興味がわいてきた。

「判りました。もしも日記が見つかったら、ルカさんにお見せしますね」

 わたしはルカさんの住所を受け取った。


 葬儀が終わって、じいちゃんの持ち物を整理する日が来た。

 わたしが受け取ったのは、じいちゃんが飼っていた猫と、ルカさんとの約束通り、日記らしき書物だ。

 なぜ「日記らしき」かというと、ページが開けないからだ。

 何かの仕掛け、おそらく魔術のようなもので封じているのだろうが開け方は判らないなと両親は首をひねっている。

 よっぽど外に見せたくない内容なのかな。

 ルカさんの言うように秘技の扱いがつづられているのかもしれない。


 今日もじいちゃんの日記を開くことができなかった。

 没頭していたせいで時間を忘れて、もう真夜中になっていた。

 眠らないと明日のお仕事に影響が出ちゃう。

 わたしがベッドに座って寝そべろうとしたら、先に眠っていたじいちゃんの猫――今はわたしの猫だけど――が目を覚ました。

 ごめんねぇ、起こしちゃったねと頭を撫でると、猫は迷惑そうに一声鳴いて、伸びをしてからベッドからおりた。

 彼は机の上をじっと見ると、軽やかに跳び乗った。

 ガルドじいちゃんの日記に鼻先を近づけてふんふんとにおいをかぐと、猫は前足を表紙の上に乗せた。

 すると日記がほのかな光を放った。

 まさか、もしかして。

 わたしは急いで日記を手に取った。

 ページが開く!

 鍵は猫の手だったんだ。

 思いもしない開錠方法にわたしは笑った。

 さぁ、どんなすごい秘技の話が飛び出してくるのか。

 わくわくしながら、ページをめくった。


「あの……。祖父の日記の件ですが」

 次の休みの日、わたしは日記をもってルカさんの家を訪ねた。

 ルカさんは興奮を押し殺した目でわたしと、わたしの手にある日記を見つめている。

「予想していたような内容じゃなかったんですよ」

 本当は、こんなじいちゃんの日記を見せるのははばかられる。けれど見せるのが嫌で嘘をついてるのかも、なんて思われたらいやなので、持ってきた。

「多分、ちょっと読んでもらったらどんなものか判ると思うので……」

 おずおずと差し出した日記を、ルカさんは丁寧に受け取った。

「拝見させていただきます」

 ルカさんは、期待を込めてページをめくった。

 けど、一ページ目の半分ほどを目で追ったであろう頃から、驚きに目が見開かれて……。

 念のためにといわんばかりにぺらぺらとページをめくって、まるでコメディを見た後に笑いをこらえているかのような視線をわたしに向けた。

「えっと、もしかして、ずっとこのような」

「はい、ずっと、です」

 わたしは肩をすくめて苦笑した。

 じいちゃんのの日記は「推し活日記」だった。

 そして推しの対象は、ばあちゃんで、母さんで、わたしだった。


『今日はアーティにじいちゃん大好きって言われた! もう最高! いつ死んでもいい! いや、ダメだ。気分はそうだが死んではいかん。アーティの成長を誰よりも近くで見続けなければならないのだからな』


 最後の方はわたしのことばかり書かれていて赤面ものだ。

 でもそれだけ愛してくれていたんだって、嬉しくもある。

「……なるほど、ガルドさんの人柄がよくわかる日記ですね」

 ルカさんはそっと日記を閉じて、差し出してきた。

 受け取って、ふふっと笑いが漏れた。

 ルカさんも、優しい笑みを浮かべていた。

 じいちゃんの日記に人を守るための秘技は書いてなかったけど、わたし達はすごく幸せな気分をもらったんだと思う。

 わたしもじいちゃんに負けないくらいの「推しの人」を見つけたいな。



(了)

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