あした私は最愛の人に出逢う

T.KANEKO

あした私は最愛の人に出逢う

 一ノ瀬美咲は、日記を書いている。

 毎晩、歯を磨き終えて、その日の予定を全て終えて、もうやる事がない、と言う状態になってから、一日の最後にするのが、日記を書くという作業だ。


 日記の内容は、驚くほどに細かい。

 朝起きて、トイレを済ませ、朝食を取り、身支度を済ませて出社するという、同じ事の繰り返しであっても、些細な事まで几帳面に記している。

 その細かさは呆れるほどで、朝食のメニューはもちろんの事、鮭の切り身の厚さ、それに部位、焼き加減やら、味、おかずが鮭ではなくてメザシの時は、何匹であったとか、頭がどちらを向いていたとかまで細かくメモし、一日の終わりに日記にまとめるのだ。


 美咲は中学二年生の時に日記を書き始めた。あれから10年、1日も欠かさずに日記を書き続けている。A4サイズのノートに小さな文字でびっしりと書き綴り、1日2ページ、ノートは1ヶ月ほどで1冊書き切ってしまうので、年間でおよそ12冊、それが10年続いていると言うのだから、もはや120冊になろうとしている。


 そんなに細かい日記をなぜ彼女は残しているのか……

 それは、今は亡き祖母が影響している。

 晩年、認知症を患っていた祖母は、昔のことをよく美咲に話してくれたそうだ。

 そしていつも行き着くのが、先立ってしまった最愛の夫の事だった。

 だけど、その最愛の夫と、いつ、どこで出会い、その日の天気がどんなで、どう言った服装をしていて、その日に何を食べたのか、と言った事は、何ひとつ憶えていなかったそうだ。この事が日記を書く切っ掛けになった。


 そもそも祖母が覚えていなかったのが、認知症のせいかどうかは怪しい。

 どんなに記憶力の優れた人だって、そんな事まで憶えている人は珍しいだろう。

 だけど、中学生の美咲は、生涯を共にする人との出会いの日を、いや出会うまでの日々を思い出せないのは悲しいと思った。

 それに最愛の人は、それまでの自分の事を何ひとつ知らない訳だから、どんな人生を歩んで、今の自分が出来上がったのかを、分かって貰うべきだ、と考えたらしい。


 そして、美咲は日記を書き始めた。

 最初の頃は簡素な物だったが、日を追う毎に、こんな事も残しておきたい、あんな事も伝えたい、とエスカレートしていき、今では、いつトイレへ行ったか、何の為に行ったか、そんな事まで詳しく書き留めている。


 そして最後に必ず書き添える一文がある。


 あした私は最愛の人に出逢う


 これが叶う日が来たら、美咲の日記は終わるのかもしれない。

 だけど、未だに続いていると言う事は、叶っていないのだろう。


 今日私は最愛の人と出逢った


 そんな一文が綴られる日まで、きっと美咲の日記は続く。

 そしてそんな美咲の日記を読む事になる、最愛の人は、美咲の事を果たしてどう思うのだろう…… 


 美咲は、今夜も日記を書いている。

 最後の一文は今日も、あした私は最愛の人に出逢う、だった。


 了

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