お兄ちゃんと修学旅行【完全版】⑤


「橘、ありがとう! 恩に着るよ!!」


 その後、無事に風呂に入った隆臣は、星野を呼び出していた。


 男子たちから、一斉に「ヤバい!」と言わしめた飛鳥を見て、漠然と危機のようなものを感じだからだ。


「隣に寝るだけでいいんだろ?」


「うん! 寝るだけでいい! 本当にありがとう! 橘が神木の色気に、耐性を持っていてよかった! 俺さ、昨夜一睡もしてなくて、今日、しっかり寝とかないと、明日、絶対酔う、そして吐く! だから助かった! なにより、これで極限状態の俺の理性が崩壊して、神木に×××」


「分かった。分かったから、もう何も言うな」


 今にも規制に引っかかりそうな言葉が聞こえてきて、隆臣は、とっさに言葉を遮った。


 これでは、マジで事件が起きる!!

 そして、隆臣は、警察官の息子!


 この事件を未然に防ぐためにも、飛鳥に、指一本触れさせないよう、尽力しなくては!!


「とりあえず、23時に先生が見回りに来るから、その後、変わってやる。それまでは耐えろよ」


「うん。耐える!」



 ◇◇◇



 そして、それから、あっという間に23時が過ぎ、隆臣は、約束通り、星野の元に行った。


 先生の見回りが終わり、飛鳥もぐっすり寝入っているらしい。隆臣が椿の間にいけば、飛鳥以外の男子たちは、みんな起きてきた。


「ああぁぁ、橘さまぁぁ!!」


「我らが救世者、橘さま〜〜!!」


「なんだ、いきなり」


 部屋に入るなり、救世主などとあがたてまつられ、隆臣は眉をひそめた。


 この様子だと、彼らは、もう限界らしい。


「大丈夫か?」


「大丈夫わけあるかぁ! 神木、マジで女の子だから!!」


 そう言われ、もう寝てるであろう、飛鳥に視線を移す。


 明かりを落とし、薄暗くなった和室の中。

 そこには、布団が6組敷かれていた。


 そして、一番、端っこの布団で、飛鳥が寝ているのだが、その姿はだった。


 今回の修学旅行、寝間着は、旅館の浴衣を借りるか、持参したジャージを着るかで、比較的、自由だった。


 しかし、女子には、チラホラとジャージの子もいたが、男子はほとんどが浴衣で、隆臣も浴衣。


 だからか、飛鳥もその流に乗って、浴衣を着ているのだろうが……


(せめて、ジャージ着とけよ!)


 布団の中でうずくまる飛鳥は、浴衣姿の色っぽい美少女でしかなかった。


 あどけない表情と、長くつややかなストロベリーブロンドの髪。


 そして、これが、どれほどの色香を醸し出しているか、もはや説明しなくても、おわかりに頂けるだろう!


「橘、あとは頼んだ! 今日、ここで事件が起きるか、起きないかは、お前にかかってる!」


「そうだ! あと、俺たちが、寝ぼけて神木に抱きついたら、殴っていいから!!」


「分かった、分かった。とりあえず、お前らは、早く寝ろ」


 まるで、戦場にでも来たみたいだ。


 もしくは、盗賊の群れから、お姫様(男)を守るかのような臨場感さえ感じる。


 だが、隆臣とて、昼間の自由行動で、疲れていた。


 みんなして寝てしまえば、その後は、大丈夫だろう。

 

 そんなことを考えつつ、隆臣は、みんなを床につかせ、自分も布団に入った。


 飛鳥の隣で、ぽっかり空いている布団は、星野がいた場所だろう。冷たい布団の中に入れば、ふと、花のような香りが香ってきた。


 飛鳥のシャンプーの香りだろうか?

 やたらと、いい匂いがする。


 だが、隆臣は、風呂上がりの飛鳥は、すでにだ。


 幼い頃、侑斗が出張で、家を空ける際、たまに、神木兄妹弟が、3人揃って橘家に泊まりに来たことがあった。


 だから、風呂上がりなんて、全く問題ない。

 まぁ、さすがに一緒に寝たことはなかったが……


(これだと、星野も落ち着かないだろうな。全く、髪切ればいいのに。なんで伸ばしてんだよ、飛鳥のやつ)


 ただでさえ綺麗な顔立ちをしているのに、髪が長いせいで余計にいい匂いがするし、これだと、女子だと言われても文句言えない。


 だが、何故、髪を伸ばしてるのか?

 その理由を聞いても話したがらない。


 きっと、なにか複雑な理由があるのだろうが……


「んっ……ぅ、っ」


「?」


 すると、急に、飛鳥が苦しそうな声を発した。


 うなされているのか?


 さっきまで、健やかだった寝顔が、ちょっとだけ険しい物に変わっていた。


「は……っ、ん」


「………」


 というか……なんだ、このムダに色っぽい声は。


 確かに、これなら、男子たちが変な気分になってもおかしくない!


 もちろん、本人は無自覚だろうが、相変わらず、厄介すぎる友人だ。


(どうする? 一回、起こすか?)

 

 うなされているなら、嫌な夢を見てるのだろうか?


 それとも、旅館では、よく聞く金縛りだろうか?


 もしや、この美人すぎる友人は、幽霊にも好かれているのか?


 なんて、馬鹿なことを考えつつ、隆臣は、布団からでると、うなされている、飛鳥を起こす。


「おぃ、飛──わっ」


 だが、その瞬間、浴衣の襟元を掴まれ、強引に引きずり込まれた。


 見た目は女子でも、やはり男の力。不意打ちだったのもあり、隆臣は、あっさり飛鳥の上に倒れ込んだ。


「っ……」


 そして、まるで添い寝でもするような体勢になったからな、隆臣は息を飲む。


 飛鳥の綺麗な顔が、やたらと近くにあり、少し乱れた浴衣からは、形の良い鎖骨が覗いている。


 というか、この体勢は、明らかに良くない!


 だが、離れようとするが、そんな隆臣の身体に、飛鳥が抱きついた。


 キュッと縋り付くように抱きつかれ、完全に逃げ場を失う。


 しかも、抱きついたからなのか、うなされていた飛鳥の表情が、安心したように和らいだ。


 すやすやと寝息をたてる飛鳥は、まるで、可愛い子供のようで、この表情を見ると、不思議と、引き剥がすのが可哀想になってくる。


(ど、どうしよう……っ)


 なんだが、逃げるに逃げられない状況。


 だが、このまま寝てしまえば、朝起きた時が、大惨事だ!


 きっと、飛鳥は


「なんで、隆ちゃんが、俺の布団の中にいるの? 夜這よばいでもしに来たの? 今すぐ昌樹まさきさん(隆臣のパパ)に連絡していい?」


 なんて、平然と言ってきそうだ!!


(とにかく、離れないと──)


 だが、完全にホールドされていて、離れるに離れられなかった。まるで、抱き枕状態だ!


 となると、飛鳥が離れるまで起きていて、離れた瞬間、自分の布団に戻るしかない!


 だが、それから明け方まで、飛鳥が隆臣を離すことはなく、隆臣は、ウトウトしながら、ずっと起きていたのだった。



 ***



 そして、一夜明け──


「神木、橘、ガムいるー」


 帰りの新幹線の中。星野は、自分の座席からひょっこりと顔を出すと、後ろの席に座る飛鳥と隆臣に声をかけた。


「あー、ありがとう」

「あれ?」


 すると、小声で返事を返した飛鳥の隣。


 そこには、座席シートにもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てている隆臣の姿があって、星野は目を丸くする。


「橘、寝ちゃったの?」


「うん。なんか、夕べ眠れなかったんだって」


「………」


 飛鳥の横でうたた寝をする隆臣の体には、紺色のコートが毛布代わりにかけてあった。


 眠ってしまった友人が風邪をひかないように、飛鳥が自分のコートをかけたのだろう。


 星野は、それを見て、申し訳なさで一杯になる。


 結局、星野は昨夜、隆臣と寝る場所を変わって貰った。


 なんだかんだいいながら「飛鳥が心配だから」と、渋々変わってくれた隆臣は、先生が見回りに来たあと、わざわざ部屋まできてくれたのだが……


(すまん。橘……俺のせいで)


 おかげで、星野はぐっくり眠れたが、どうやら隆臣は、その犠牲となってしまったようだった。


「神木、よかったな。修学旅行、無事に終わって」


「ん? あーそうだね。楽しかったね。修学旅行」


 星野が意味深な台詞を吐くも、飛鳥はそれに気づくことなく、満足そうに微笑む。


(こうして話してると、普通に男なのに……っ)


 星野は一日目の夜のことを思い出すと、一時でも、クラスメイトに邪な感情を抱いてしまったことを、深く後悔する。


 髪が長いからか、布団にうずくまり、小さく寝息をたててる飛鳥の姿は、無防備な女の子にしか見えなかった。


 だが、きっと今、こうして笑っていられるのも、この修学旅行で事件が起きなかったのも、全て、隆臣が陰ながら飛鳥を守ってくれたおかげなのだろう。


「神木と橘って、小学校からの付き合いなんだよな?」


「うん、そうだよ。小五の時、隆ちゃんが転校してきたんだよ」


「お前、いい友達もったな! 橘、大事にしろよ! こんな良い奴、なかなかいないからな!」


「え?」


 そう言うと、星野は飛鳥に隆臣と二人分のガムとチョコをいくつか手渡すと、また自分の席に戻っていった。


 飛鳥は、そんな星野の言葉を聞いて、横で眠る隆臣に再び視線を向けると、誰にも聞こえないような、小さな小さな声でボソリと呟く。


「言われなくても、大事にしてるよ……」


 俺にとって、こんなにも心を許せる「心友」は


 後にも先にも、きっと、隆ちゃんだけだから──


(でも……なんで隆ちゃん、俺の隣で寝てたんだろ?)


 飛鳥は、眠る隆臣を見つめながら、今朝、何故か隆臣が隣に寝ていたことを思い出して首を傾げた。


(風呂入るときも、様子おかしかったし)


 いつもと違う隆臣の奇妙な行動や言動。


 だが、まさか男たちの魔の手から、自分を守るために、隆臣が陰ながら奮闘していただなんて──


 飛鳥は、全く考えもしないのであった。





 END.



 *─────────────────*



番外編まで閲覧いただき、ありがとうございました。


告白シーン、男子部屋シーン、添い寝シーンが、本編ではカットした部分でした。


一応、番外編は、2話~3話で終わらせよう!みたいな気持ちがありましてね。バッサリとボツに(笑)


また、読みたいと言って頂いてから、かなり時間がたち、今更の公開になってしまいました。


本当に、お待たせしました。


遅くなりましたが、未公開シーン、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。


また、本日、カクヨムで新作を公開しました。


と言っても、comicoノベルがサービス終了してから、ずっと休載中だった『カラフル コンプリート』です。


『colorful complete』

https://kakuyomu.jp/works/16816700426559070375


神木さんち~とも繋がってる作品なので、いずれ、飛鳥たちの話題もでてきます。良かったら、こちらの作品も、神木さんちとあわせて、楽しんで頂けたら嬉しいです。


それでは、また気が向いたら、番外編も書いていきますので、舞台裏とFANBOXの方もよろしくお願いします。


あと、リクエストがあれば、受付ますので、良かったら!


それでは、閲覧ありがとうございました!


また、明日も何かしら、更新してるとおもいますので、よろしくお願いします。

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