最後の交換日記

温故知新

最後の交換日記

「先生! クラス全員で交換日記がしたいです!」



そう言って元気よく手を挙げて提案したのは、先程自ら立候補して決まったクラスの学級委員長だった。

今日は、始業式の翌日。6年生のクラスを受け持つことになった私は、1番最初の授業で各係を決めた後、クラス全員に何がしたいか聞くと、返ってきたのが『交換日記』だった。

私はニコリと笑いながらクラス全体を見渡すと、戸惑っていたり、明らかに嫌そうな顔をする児童があちこちにいた。


まぁ、そういう反応になっちゃうよね。


素直すぎる子ども達の反応に、心の中で呟きながら、視線を学級委員長に戻した。



「どうして、交換日記をしようと思ったのかな?」

「えーっと、少しでもクラスのみんなと馴染みたいからです!」



正直すぎる児童の言葉が、チクリと胸を刺す。


彼の言ったことは、純粋な願いなのだろう。

特に、世界的に流行している疫病のお陰で、人との接触に躊躇してしまう世の中になってしまってからは尚更なのかもしれない。

今年も修学旅行や遠足などの学校行事が軒並み規模縮小が決定し、最悪の場合は分散登校も視野に入れないといけないと、先程の職員会議で通達があった。


そんなことを思い出し『パン!』と大きく手を叩くと、子ども達の目を一点に集中させた。



「よし、じゃあ学級委員長の意見は採用します! そして、交換日記に書く内容は自由とします。今の気持ちを書いてもよし! 1行だけでも良しとします!ただし、交換日記に自分の名前も人の名前も絶対に書いてはいけません! そして、交換日記ら自分の順番になるまでは絶対に見ないこと! これが守れる人!」

「「「「「はーーい!!!!!!」」」」

「みんなの手が上がったので、早速今日から交換日記をしましょう! 順番は、1番最初は学級委員長で、その後はその日の日直さんにします!」



すると、別の子から遠慮がちに手が上がった。



「うん、どうしたのかな?」

「あの、先生も一緒にやって欲しいです」

「えっ、先生もやっていいの?」

「うん。だって、先生もクラスの一員だから」



たどたどしく言われたことに、思わず涙が出そうなる。


何せ、それなりに長くなった教師人生の中で、先生である私のことを『クラスの一員』と言われたことが初めてだったから。


すると、また別の子から手が上がった。



「じゃあ、先生も私たちと同じで自分の番になるまで交換日記を読んじゃダメだからね!」



「そうだ! そうだ!」の大合唱に押されて、苦笑いしながら頷いて始まったクラス全員での交換日記は、教師の私にとって子ども達の本音を知る良い機会になった。


最初の方は、自己紹介や遠慮がちな内容が多かったけれど、日が経つにつれて、子ども達一人一人が抱える喜怒哀楽が赤裸々に綴られるようになった。


クラスのこと、家族のこと、友達のこと、先生のこと......


感情が剥き出しの言葉で紡がれる子ども達の言葉に、時に笑って時に涙した。

そして、時にはそれをヒントに授業の題材にすることもあった。


そんな交換日記を通しての子ども達との交流の日々は、あっという間に過ぎ.......



「卒業生、入場」



普段は滅多に着ない艶やかな袴に身を包み、少し緊張気味の子ども達を連れて、色取りの紙の花々で飾られた手作りのアーチをくぐっていく。


今日は、卒業式。子ども達が6年間過ごした学び舎を巣立つ日。


少しだけお兄さんお姉さんになった子ども達が、次々と卒業証書を手にする。


そんな子ども達の名前を呼んで後ろ姿を見ながら、交換日記に書かれた内容に思いを馳せた。


あぁ、あの子は確か将来の夢を大きな字で書いていたな。あの子は、お母さんと喧嘩したことをノートにびっしり書いてたけど、あの後にお母さんと仲良く出来たのかな? その後のことは書いてなかったけど。


そんなことを思いながら、クラス全員が無事に卒業証書を受け取ったことに安堵しながらマイクから離れると、不意に昨日、生徒とのやり取りが頭をよぎる。




「今日、先生の番だよね?」



朝一番に私のところに来たのは、クラス全員の交換日記の発起人である学級委員長だった。



「そうだね。それがどうしたのかな?」

「あのね、今日だけ僕と先生の順番を交換しても良い?」

「それは、良いけど......どうしたの?」

「フフン、それはね......ナイショ!!」



そう言って、私から交換日記を取り上げた学級委員長。

 彼の何かを企んでいそうな笑顔と、今まで奇跡的に一度も無かった交換日記の順番交代に、私はただ不思議そうに首を傾げるしかなかった。






あの後、交換日記はみんなで決めた場所に置いてあったけど、クラスのみんなから『先生は絶対に見ちゃダメ!!』と念押しされ、まだ見ていない。


一体、何が書かれているのだろう。


嬉しそうに交換日記に書いていた学級委員長の顔を思い出し、内容に内心ワクワクしつつ、子ども達が学び舎を巣立つ瞬間を最後まで見届けた。


最後の卒業生全員の合唱を聞いて涙を堪えつつ、子ども達と共に体育館を出て、そのまま教室に戻ると突然、学級委員長が教卓の前に来た。



「先生! これ! 見ていいよ!」



そう言って渡されたのは、すっかり見慣れた交換日記。

けれど、なぜか1番後ろのページにセロハンテープで作ったであろうお手製の付箋が貼られていた。



「ねぇ、これは?」

「フフッ、それは開けてみてのお楽しみ!」



学級委員長といつの間にか集まってきた生徒のニコニコ顔に背中を押され、ゆっくりページを開くと......



『先生! いつもありがとう!』

『先生が交換日記を許してくれたから、このクラスが大好きになった!』

『先生のお陰で勉強が大好きになったよ!』

『交換日記のことをママに言ったら、「良い先生だね」って先生のことを褒めてたよ!』

『先生、大好き!』

『卒業しても、先生のこと忘れないからね!』



「うっ、ううっ......」


2ページ以上渡るクラスの皆からの寄せ書き。

温かい言葉に満ちた寄せ書きに、堪えていた涙がノートの上に溢れ落ちた。


あぁ、保護者の前なのに、まだ最後の言葉すら言ってないのに、これでは教師失格じゃない。


嗚咽を漏らしながら泣いて暫く、少しだけ落ち着いた私は、涙を拭いて口角を上げると、クラスの皆の顔を見た。



「みんな、本当にありがとう。そんなみんなに、先生からもこの交換日記に書くね! これは、先生が教室を出ていったらみんなで見てね!」



そう言って、教卓からペンを取り出すと、ノートの裏表紙にササッと書いた。



『みんなと過ごした日々が、大好きでした!』


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