18歳の秋。

「あーあぁ……」


 つい大きめの声がこぼれてしまった。俺は慌てて口を抑える。

 ……周りの人達は何も聞こえていなかったような顔をしているけど、きっと聴こえていただろう。恥ずかしくって、取りつくろうように小さなため息をつき直す。


 年上の彼女にフラれた。二人いたのに両方にフラれた。


 ……あぁ、うんいや、まぁ。……二股していた俺が悪いのだけど。そりゃ、もう全面的に俺が悪い。

 ……でも。それでも、ちょっとくらい許してくれたっていいのに……ってちょっとだけ思ってる。


「痛ッ。……ハァ」

 そんな風に自己正当化する言い訳を悶々と考えていると、二人にぶたれた両頬がズンズン疼いて、再びため息がこぼれる。

 でも、たった一回の失敗にしては、少し重すぎる腫れじゃない?浮気をしたのは俺が悪かったかもしれないけどさ、すぐに暴力を振るう女なんて、こっちから願い下げだよ!

 ……あぁ。そうはいっても、顔はどちらもタイプだったんだよなぁ……。


「……よしっ」

 頬を優しく撫でていた俺は、嫌な気持ちを振り切るようにパッと立ち上がり、いく宛もなく街をぶらぶら歩き始める。ともとも遊んだこの街は傷心気分に浸るにはぴったりだった。

 ……それから、ほんのちょっとの下心。どこかに素敵な女性がいないかなって。知的で優しい年上お姉さんが、傷心で寂しい俺をなぐさめてくれないかなって……。


『求める者は与えられる』


 そう言っていたのはイエス様だっけ?誰だっけ?


「いらっしゃいませ」

 そこは甘いものが食べたくなって、ふらりと立ち寄った喫茶店。

「ご注文はお決まりですか?」

 注文をとりに来たウェイターさんの声を聴いたとき、じわーっと胸の中に温かいものが広がるような気がした。


 ……少し低めなその声は、知的な響きに満ちていて。

「『本日のケーキ』はブラウニーになります」

 傷ついた胸の隙間が、すっと埋まったような、そんな気がした。


「ぁ、え…じゃあ、それと。え…っと、あー……オリジナルブレンドコーヒーで……」

 テンパり過ぎて、まともにメニューも見ずに決めた俺。


「かしこまりました」


 そんな俺にも優しく穏やかに彼女は微笑む。その笑顔に、俺は目玉の奥で花火が弾けたみたいに、びびっと来てしまった。運命を感じてしまったみたいな、みたいな……。

 彼女が母と同じくらい年上だろうことも、俺に向けてる笑顔がビジネススマイルだってことも、ちゃんと分かっているハズなのに……。


 ――カランっとグラスの氷が溶けた。


 色づく落ち葉が舞い始める小道を、無表情な人々が行き交う。よく知っている道なのだけど、何故かとても鮮やかに見えた。


 芳醇なコーヒーの間を縫うように、漂ってくる甘いケーキの香り。もうすぐ焼ける頃なのだろうか。そう考えながら、大事なことも思い出す。


 ……俺はブラックコーヒーが苦くて飲めないんだった。どうにか紅茶に変えてもらえないだろうか。


 他にも何か忘れていることがあるような気がしつつ、ケーキが出てくるのを待っている。新しい恋の始まりにワクワク胸を膨らませながら……。

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数えて舞って日は暮れて おくとりょう @n8osoeuta

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