数えて舞って日は暮れて
おくとりょう
12歳の春。
ふわっと風が吹いて、ページがパラパラとめくれた。顔をあげると、ベージュ色のカーテンが窓際ではためく。ガラスの外には青い空。
埃っぽい、古い紙の匂いに満ちた書斎。そこに、少し
今日も天気は良いらしい。僕は小さくため息をつく。
おばあちゃんが死んだ。
お父さんのお母さん。もうすぐ88歳だった。
お葬式もお通夜ももう済んで、最近やっと家の中が静かになった。遺産とかの話も終わったらしい。
「欲しいものは今のうちにもらっておきな」
お母さんにそう言われ、ここのところ、僕はいつもここに来ている。山のようにあるこの本もほとんど処分してしまうらしい。
……遠くで救急車のサイレンの音がした。
……。
おばあちゃんは明るくて優しい人だった。僕にとっては……だけど。
ケーキを焼くのが上手で、いつも美味しいお菓子を出してくれたおばあちゃん。それにいつもお小遣いをくれた。……叱られることもあったけど、それは僕を心配してくれてるからなんだってことはわかってたし。
だけど、ただ……。僕がおばあちゃんの家に行くと、お母さんはちょっぴり嫌な顔をした。
『タカコさん』
お母さんが何かちょっと失敗する度、いつもおばあちゃんが口にした名前。
『タカコさんはもっと上手かったのに』『タカコさんならそんなことしなかったわ』『タカコさんだったら――』……。
『タカコさん』というのはお父さんの前の奥さん……らしい。というのも、僕の前のお母さんというわけではなくて。僕とタカコさんは血が繋がっていない。それどころか、会ったことすらない。だから、僕にとっては、お父さんの前の奥さんってだけ。
まぁ、だから、どうということもないのだけれど。ただ、
綺麗な人だなぁ……って。
初めてその写真を見たとき、そう思った。
それは、おばあちゃんの遺した日記に挟まっていた少し色褪せた一枚の写真。おばあちゃんと並んで笑うその女の人は何だかとても賢そうだった。
……お父さんの元奥さん。
何だかちょっとイケナイものを見ている気がした。だけど、何だか気になって……。
……僕はこっそりそれを抜き取って、自分の手帳の中にそっと挟んだ。真っ白なページの間に挟むと、昔のアイドルのブロマイドみたいに見たいでもっとワクワクした。
「ケーキ焼けたわよー」
リビングからお母さんの声が聴こえて、僕はビクッとする。
ほんわり、チョコの香りが漂ってきた。きっとブラウニーだ。
いつの間にやら、少し日が傾いていた。部屋の空気もひんやり寒い。僕は窓をガチャンと閉めて、書斎を出る。日記をしまうことは忘れなかった。それでよかったと今も思う。
あとでちゃんと読むつもりだったその日記は結局そのまま忘れて、もう二度と開くことはなかった。
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