【KAC202210】雑草系魔法使いの本心!(お題:真夜中)
友人のリーシャ様が「赤ちゃんができたかもしれません」と言い出したのは、彼女の家でお茶をしている時だった。
親しい四人だけで開く「お茶会」の席に、突如もたらされた爆弾発言。私だけでなく、ミシェル様もネルファ様も動きを止めた。リーシャ様はアーリエ王国の第三王子、セルヴァーン様との婚約話が正式にまとまったばかりなのだ。
「あの、お相手はやっぱり」
「ええ、もちろんセルヴァですわ!」
「まぁ! おめでたいことですわね!」
「セルヴァーン様なら、きっと大切にしてくださいますわ!」
リーシャ様と長年の友人である二人は、それぞれに祝福の言葉を口にしつつも、その表情はどこか不安げだった。
結婚前に子供ができることは、この国の貴族社会では非難されがちだ。無計画に子を成すこと自体「まるで平民のよう」と
「今はまだ、四人の秘密にして下さいます?」
「もちろんですわ!」
「それがこのお茶会のルールですもの!」
厚い友情で結ばれている三人が、即座に堅く手を握り合った。慌ててそっと手を添えると、迎え入れるように強く握られた。
元平民の私にも、三人は本当によくしてくれる。だからこそ申し訳ない気持ちだった。素直に祝福できない自分に気付いたからだ。
無邪気に喜べるリーシャ様が、心の底から羨ましい。
魔法使いである私には、この話題はあまりに重すぎる。
私にはナリクという婚約者がいる。リーシャ様の幼馴染で、魔法使い養成所時代の同級生だ。
貴族のナリクと平民の私は、養成所を卒業した後も交際を続けていた。身分違いの恋を成就させるため、私は雇い主であるファリアッソ辺境伯の養女となった。その話を進める際、ナリクは跡取りのいない辺境伯へ「自分が婿に入って跡を継ぐ」という約束をした。
ナリクを次期当主とするからには、いずれ私たちは子を儲けなければならない。そのことがひどく悩ましかった。魔力持ちの女性が妊娠すると、魔力を胎児に吸われてしまう可能性があるのだ。魔力は一旦枯渇すると、もう二度と回復することはない。万が一そうなれば、もちろん魔法使いではいられなくなってしまう。
私は光の精霊と相性が良く、治癒魔法を得意としていて、大病や大怪我をした領民は私のところにやってくる。もしも私が魔力を失えば、誰がその代わりをしてくれるというのだろうか――いつかその日が来ると覚悟していても、こうして身近な話題として聞かされてしまうと、それは決して「遠くない未来」なのだと思い知らされるようだった。
お茶会から一週間ほどが経った日の満月の夜、私はナリクから「野外デート」に誘われた。
ナリクが言う「野外デート」とは「従者を連れて来ないでね」という意味に過ぎず、こういう時のナリクは大抵の場合、天体観測のための道具を抱えてくる。彼は学生時代から、月と精霊の関係について研究をしているのだ。
しかし合流したナリクは身軽で、
彼が私を連れてきたのは、小さな山の上にある湖だった。ここは「アーリエ魔法学研究所」が管理している土地で、創設者の曾孫であるナリクは自由に出入りすることができる。
静かな湖面は、雲ひとつない夜の空をそのまま映していた。星の輝きを打ち消すほどの明るさで、満月が世界の全てを照らしている。
湖のそばの東屋へ陣取ると、テーブルの上にナリクが紙袋を広げた。中からは丸くて小ぶりなハニーケーキが三つ出てきて、二人なのにな、と不思議だった。
懐中時計を見ながら、もう少し、とナリクが呟いている。
「何を待ってるの?」
「
「見せたいものって、南中の月?」
「いや……実はね、フィアナ。月の精霊と会うことが出来るって言ったら、信じる?」
月の精霊とは、光の精霊の一種で、月の光と親和性の高い精霊のことだ。いたずら好きで食いしん坊、寂しがり屋という特徴があると聞いている。しかし、いくら寂しがり屋とはいえ、精霊が気軽に姿を現すなんて信じられない。何か方法を見つけたんだろうか。もしもそうだというのなら、現在の魔法学の常識に一石を投じる大事件だけど……研究ばかりしているナリクなら、そのくらい見つけちゃうかもしれない。
信じるよ、と私は答えた。
ナリクは微笑みながら湖の傍に立ち、月に向かって両手で
大きな魔法陣を描き、その軌跡がまばゆく空間に残る。
何の呪文も唱えていないのに、精霊の気配が色濃くなってくる。その気配は私がよく知るもので、月の精霊のものに違いなかった。
すぐ近くでクスクスと笑い声がして、おいしそう、と耳元で囁かれた。
「ハニーケーキ、一緒に食べませんか!」
ちょうど魔法陣を描き終えたナリクが、こちらに向かって大声で叫んだ。そんな単純なやり取りで、本当に精霊が姿を見せるのだろうか?
疑問に思う私の目の前に、手のひらに乗る大きさの少女が現れた。背中に透明の羽を生やし、人形のように美しい顔立ちをしている。淡い光を放つ幻想的な光景は、魔道書の挿絵とそっくりだ――本当に、精霊が姿を現しちゃった!
ナリクは得意げな顔で私たちのところへ戻ってくると、うやうやしく精霊へ頭を下げた。
「はじめまして、月の精霊。私はナリク・ウィラーと申します」
「あたしはルア! あなたたちのことは前から知ってるわ、ナリクとフィアナ!」
「えっ!?」
「んふふ、いつもフィアナのお手伝いをしてるのはあたしよ? 二人がラブラブなのだって、ちゃーんと知ってるんだから!」
だから邪魔なんかしないわよ、とルアは続けた。いたずら好きの月の精霊にとって「邪魔しない」という言葉は、おそらく最大の譲歩に違いなかった。
ちらちらとテーブルへ視線を向けるルアへ、ハニーケーキをひとつ差し出すと、わあいと無邪気な笑顔を浮かべて大口で
「べ、別にケーキにつられたわけじゃないのよ? 満月だし、南中だし、湖の反射で光の量が倍だし、そこに魔法陣まで描かれちゃったし……月の影響力が強いから、見えやすくなってるっていうかぁ」
「わかってますよ、私が見えるようにしたんですから」
「わ、わかってるならいいんだけど……それで? わざわざこんな真夜中に山奥まで来て、あたしを見えるようにした理由はなあに? まさか一緒にケーキを食べるため?」
「そのまさかだったら、どうしますか?」
「えっ? ん、んっと……」
ナリクから逆に問い返されて、ルアはしばらく考え込んだ後、嬉しいかも、と小声で呟いた。
「本当はね、良くないのよ。精霊がヒトと仲良くなりすぎると、ヒトの世界を壊してしまうから……でもね、あたしたち本当はね、ヒトとお喋りするのが大好きなの!」
ご機嫌でハニーケーキを抱えているルアが、私の肩の上に乗った。その感触は確かに慣れ親しんだもので、魔法を使う時に感じるものと同じだった。
私の呪文に応えてくれていたのは、いつだって彼女だったんだ。
彼女のおかげで、私はたくさんの人の病気や怪我を治すことができていたんだ。
「いつもありがとう、ルア」
「あら、大したことじゃないのよ? あなたのことは気に入ってるもの。でもナリクはちょっと嘘つきね、あたし嘘つきは嫌いよ?」
「嘘……いったい、何のことでしょう?」
「あら、自分で気付いていないのかしら? あなた本当は、あたしにお願いがあるはずなのよ! あなたたちが何に悩んでるのか、あたしは知ってるんですからね!」
ルアはクスクス笑いながら、今度は私の目の前へと回りこんだ。
「ねぇフィアナ。もし魔力を失わないとしたら、あなたナリクの子が欲しい?」
「えっ……?」
「もしもあなたが望むなら、あたしなら何とかできるかもしれないわ。もちろん相応の対価は頂くけれど、どう? 欲しい?」
突然の突っ込んだ質問に、頬どころか耳まで熱くなってしまう。だけどルアの表情は真剣そのもので、曖昧にごまかすようなことはできなかった。
その問いに対する答えは、たったひとつだ。
ルアが私へ求める対価が、たとえどんなものであっても。
「うん、欲しいよ」
「それが本当に、フィアナの幸せなのね? そうするべき、とかじゃないのね?」
何かを確かめるように、ルアは私の顔を覗き込んだ。
逆なのよ、と私は答えた。
「産まないのが正しい選択かもって、ずっと迷ってた。私の魔法を必要としてる人がいるんだもの……だけどね、友達に子供が出来たって聞いた時、羨ましいって気付いちゃった。わかっちゃったの。私、大好きな人の子供が欲しいんだって」
「そう……わかったわ。それがフィアナの幸せなのね!」
ルアは空中高く舞い上がり、その両手から光の粒を降らせて、まるで祝福を授けるようにくるくる飛び回った。
「あたしね、一途なフィアナが大好きなの! だから幸せにしてあげる、あなたの魔力は尽きさせない! あなたが子供を何人産もうと、あたしが魔力を送ってあげるわ!」
「ルア……!」
「その代わり、ひとつだけ約束して欲しいことがあるの! たまにでいいわ、満月の夜はここに来ましょう? 三人で真夜中のパーティをするのよ、ハニーケーキをたっぷり用意して! それがあたしの求める対価、忘れないでね!」
ルアは高らかにそう言うと、くるんと回って目の前から消えた。月の位置が微妙に傾いている、今日はここまでなのだろう。
思いもよらない展開に、ナリクと顔を見合わせて笑った。
「……ありがとう、ルア。これからもよろしくね」
そう呟くと、どこかでクスクス笑う声がする。
テーブルの上のハニーケーキは、ひとつ残らずなくなっていた。
(了)
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