【KAC20229】雑草系魔法使いの共闘!(お題:猫の手を借りた結果)

 その日、私は「アーリエ魔法学研究所」の所長室に呼び出されていた。

 私を呼んだのは婚約者のナリクで、他にも友人がひとり――アーリエ王国第三王子、セルヴァーン様が同席している。

 私たちは「魔法使い」として、ナリクのお兄さんであるディリーク・ウィラー所長と対面していた。


 アーリエ魔法学研究所は、二人の曽祖父ヒズールク様が私費で創設したため、所長はウィラー家の血族が務めることになっている。ただしディリーク様は魔力を持たないので、現場はナリクが取り仕切っている。そのナリクに呼ばれて来てみれば、ディリーク様が不機嫌そうにを抱えていた。


「……ナリク。確かに私は、猫の手も借りたいと言ったよ」

「ええ、言いましたよね」

「言ったがな! 連れてくる猫はもう少し選べ!」

「俺にとっては、最も信頼の置ける二人ですから」

「私にとっては最も扱い辛い二人だ!」


 ディリーク様が絶叫した。

 そもそも私とナリクの婚約を、ディリーク様は快く思っていない。私は貴族のナリクと婚約するために、辺境伯の養女となった元平民だ。社交界で「雑草娘」と揶揄されている私のことを、ディリーク様は「家名に傷をつける存在」だと思っている。

 それに加えて、セルヴァーン様が一緒に現れたのだ。ナリクとセルヴァーン様は幼馴染で、普通の「王族と貴族」の関係とは明らかに違う。自国の王子に仕事を手伝わせるなんて、普通の貴族は考えない。

 私たち二人を受け入れろというのは、ディリーク様には酷な話かもしれない。


「あっははは! まぁ気楽にいこうよ、ディリーク!」

「行けるわけがないでしょう……」


 セルヴァーン様がご機嫌で兄弟喧嘩を混ぜ返し、ディリーク様は眉間を押さえながら溜息を吐いた。別に「白ウサギを見せたい」というわけでもなさそうだし、私たちはいったい何のために呼ばれたのだろうか?


「ディリーク様、何をそんなに困っておいでなのですか?」

「……ウサギだ」

「ウサギ?」

「正確には、ウサギになった資料だ! こいつのようにな!」


 ディリーク様は膝の上のウサギを大事そうに抱きかかえ、忌々しい、と三回も口にした。


「地下書庫に入り込んだ光の精霊が、面白がって悪さをしていてな……書庫にあった資料をひとつ残らず、に変えてしまった! 三万匹のウサギを捕獲するため、所員は総出で地下書庫を走り回っているところだ!」

「えぇ……な、何でウサギ……?」

「私が聞きたいぐらいだな! このウサギも本来は精霊語の辞書なんだぞ、ヒズールク様にお譲り頂いた私の私物だ!」


 ディリーク様は白ウサギを抱えあげて頬をすり寄せ、なんでこのようなことに、と恨み節を吐いた。ウサギが可愛いのか憎いのか、もはや人格が乱れているとしか思えない。


「ディリーク、魔法で解呪することはできないのかい?」

「無理だな……適切な呪文スペルを調べるための資料も、今は全てがウサギと成り果てた。ヒズールク様がご存命ならば、精霊との対話を試みてくれただろうが――」


 そこまで言って、ディリーク様は急に私の顔をじっと見つめた。

 いったい何を言われるのかと身構えると、意外なことにディリーク様は、私に向かって頭を下げた。


「頼む、力を貸してくれ! 君ならば対話ができるだろう!」

「待ってください! 私、精霊と喋ったことなんかありません!」

「君は光属性の魔法が得意なんだろう? 光の精霊とは懇意じゃないのか?」


 ディリーク様が、首を傾げた。

 魔力を持たない人にはよく誤解されるけれど、精霊の力を借りて魔法を使う時、私たちは精霊と対話をしているわけじゃない。精霊を褒め称えたり、好まれる歌を歌ったりして、その対価に魔力を増幅して貰っているだけなのだ。古い時代にいたという「精霊使い」ならば対話も可能だったはずだけれど、その技術は百年以上も前に失われている。

 それを伝えると、ディリーク様はウサギへ視線を落とした。


「精霊使い……その資料も、今はウサギ、か」

「そもそもどうしてウサギなんだい? 月の住人じゃあるまいしさ! もしかして、光の精霊も月が恋しいのかな?」


 有名な異国の伝承を持ち出して、セルヴァーン様が茶化してくる。だけどその言葉を聞いた途端、あああ、とナリクが声をあげた。


「セルヴァ、ありえるぞ……その説、十分にありえる! 俺の考えだと、光の精霊には二種類いるんだ。太陽の精霊と、月の精霊だ!」

「へぇ、そりゃまた大胆な仮説だねぇ?」

「馬鹿にするなよ、論文だって発表済みだぜ? その説のために俺はずっと、月の研究をしてるんだからな!」


 ナリクは目を爛々らんらんと輝かせ、丁寧な言葉を使うことも忘れ、頬を紅潮させて熱弁をふるい出した。しまったと思った時には、もう遅い。スイッチが入ったナリクは簡単には止まらず、学生時代に発表した論文の内容にまで遡って語り始めた。


「――つまり、悪さをしているのは、月の精霊で間違いない! 彼らの機嫌をとるのは簡単だ、月に似た形の食べ物を捧げればいい!」


 ナリクの唇が止まった時、残る三人は完全にぐったりしていた。


 私たちはいったん研究所を出て、ウィラー邸の厨房を借りることにした。精霊への供物には魔力を込めなければいけないので、自分たちで作ることにしたのだ。

 何を捧げるのが効果的なのか、本来なら資料を調べて吟味するべきなのだろうけど、その資料も今は空飛ぶウサギだ。ナリクが「満月の形であればいい」と言うので、ハニーケーキを作ることにした。

 しかしいざ作り始めると、三人は足手まといでしかなかった。料理の経験が全く無かったのだ。王族が一人に上級貴族が二人、仕方が無いことではある。

 供物は少なすぎても不興を買うので、潤沢な量を用意しなければならない。ディリーク様は私たちを「猫の手」だと言ったけど……私だって、猫の手も借りたいくらいの作業量になる。頼れるのはこの三人だけだ、遠慮なんかしてる場合じゃない!


「ディリーク様、このボウルの中身を混ぜて下さい!」

「いや、私は料理の経験がなくてだな」

「じゃあこれが初挑戦ですね!」

「フィアナ、俺はどうすりゃいいの」

「ナリクは計量して!」

「フィアナちゃーん」

「セルヴァーン様は温度を見てて下さい!」


 ドタバタしながら四人で大量のハニーケーキを焼き、これでもかというくらいに魔力を振りまいて、祭祀さいし用の大きな器へ山のように盛り付けてやった。


 ケーキを抱えて地下書庫に行くと、大聖堂よりも広い空間の中を、たくさんの所員が思い思いの道具を持って走り回っていた。

 ここの所員は「魔法使い」のエリート揃いなんだけど、どうやらウサギたちには魔法が効かないらしい。普段はプライドの塊みたいな所員たちが、疲れ果てて床へ座り込んだり、あられもない姿で寝転がったりしていた。

 そんな中を通り抜け、大量のケーキを中央の閲覧机に置いた。ナリクの予想が正しければ、きっとこれで機嫌を直してくれるはずだ。


「月の精霊さん! あなたたちのために、こちらをご用意致しました!」


 精霊への呼びかけとは思えない私の叫びを聞いて、周囲の所員たちがクスクスと笑う。少しはそれっぽく言えだとか、これだから雑草娘はとか、そういうことを思われているんだろう。

 私には、精霊語なんてわからない。

 こういう時、正しい儀式があるのかも知らない。

 だけど、精霊たちは知っている。普段の私たちが、どういう言葉を使っているのか。彼らはどんな時だって、私たちの振る舞いを見ているから――どんな言葉を使っても、私たちの声は通じるはずだ!


「見ろ! ケーキが減っている!」


 ディリーク様の声に視線を向けると、山と盛られたハニーケーキがみるみるうちに減っていく。精霊が何匹いるのかもわからないけど、あっという間に器は空になった。

 これでは足りなかったのだろうか。怒らせてしまうのではないだろうか……不安になった私の肩を、ナリクがぽんと力強く叩いた。


「大丈夫だ! 皆、上を見てごらん!」


 ナリクが大声で叫び、皆が一斉に天井を見上げた。その瞬間、たくさんの空飛ぶウサギは淡い光を放ち、書籍や書類の束に戻って――書庫全体に、降り注いだ。

 精霊の最後のいたずらは、樹木から散る花びらのように、三万冊の資料を降らせることだった。


「いてっ、いててっ!」

「誰かー! 早く浮遊レビテーションかけてー!」

「古書に衝撃を与えるなー!」


 落下速度が加減されてるとはいえ、地面に落ちれば壊れる資料もあるだろう。大わらわの所員たちと一緒に、私たちもたくさんの資料を受け止めた。それは蜂の巣をつついたような騒ぎで、誰ひとりとしてお高くとまっている場合じゃなかった。

 魔力の有無も、実力の差も、生まれも育ちも関係なかった。古い羊皮紙の束が降ってきて、それをキャッチしようと突っ込んだ私を、ディリーク様が受け止めてくれたりもした。

 最後の一冊は、なぜか私の胸元に飛び込んできて――それを見届けた瞬間、みんなが一斉に歓声をあげた。

 たくさんの拍手と感謝の言葉が、私たちを温かく包んでくれた。


 後片付けを所員たちに任せて、私たちは所長室へ戻った。ディリーク様は真っ先に、精霊語の辞書を本棚へしまい込んだ。


「……フィアナ君、今日は助かったよ」


 まるで何かのついでのように、だけど耳まで赤くなりながら、ディリーク様がお礼を言った。

 ナリクもセルヴァーン様も目を丸くしたし、私も心底驚いた。彼の口から「雑草娘」へ放たれる言葉なんて、嫌味か悪態か罵声しかないと思ってたのに。

 今日を境に、少しは距離が縮まるだろうか。

 私がナリクと幸せになることを、この人は認めてくれるだろうか。


「お役に立てて光栄です、ディリーク様」

「まぁ……猫の手も、たまには借りてみるものだな」

「ははっ、ディリークは素直じゃないな!」

「兄さん、そろそろ認めてくれてもいいんじゃない?」


 それ以上、ディリーク様は返事をしなかった。

 だけどナリクも、セルヴァーン様も、楽しそうに大声で笑っている。

 こんな瞬間を得られただけでも、私は大満足だった。 


(了)

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