【KAC20227】雑草系魔法使いの追跡!(お題:出会いと別れ)

 リーシャ様が「好きな人ができたのです」と言い出したのは、彼女の家でお茶をしている時だった。

 親しい四人だけで開く「お茶会」は、それぞれの恋愛事情を包み隠さず話すことがルールになっている。だけどこれまでは、読んだ物語で好きになった人物のこととか、本物の恋愛とは程遠い話題ばかりだった。元平民の私と恋人ナリクの馴れ初めである「身分違いの恋愛譚」など、彼女たちにとっては今でも何より盛り上がる話題だ。

 つまり、彼女が本物の恋愛について話をするのは、これが初めてのことだった。


「運命の出会いって、本当にあるんですのね……!」

「素敵! さぞかし魅力的なお方なのでしょうね!」

「お相手はどちらのご子息なのですか?」


 ミシェル様とネルファ様が食いついて、リーシャ様はぽおっと頬を染めた。

 どんな名家の子息でも、リーシャ・エルドーシュという女性に不満などあろうはずはない……きっと、本人以外の全員がそう思っている。彼女は百合の花のように可憐で、家柄の良さも申し分なく、おまけに性格も折り紙つきだ。そんな彼女の選んだ人なら、きっと素敵な殿方に違いない。


「もしかして、セルヴァーン様かしら?」

「皆、お似合いだと噂しておりますのよ?」


 セルヴァーン様というのは、ナリクやリーシャ様の幼馴染にして、アーリエ王国の第三王子だ。精霊のように見目麗しく、二人が並ぶと絵になるけれど、そういう雰囲気じゃないのはよく知っている。セルヴァーン様は掴みどころがなく、本音が見え辛い人なのだ。


「もう、セルヴァはあれでも王子なのですよ? わたくしなど分不相応ですわ」


 困ったように呟いたリーシャ様は、実は知らない方なのです、とか細い声で続けた。


「街の雑貨屋を訪れた帰りに、落とした髪飾りを拾って下さった方なんです。それなのにわたくしったら、お名前を聞くことさえできなくて……」

「えっ……つまりその方って、平民の――」

「シッ」


 ネルファ様にたしなめられて、ミシェル様が慌てて口をつぐんだ。これはリーシャ様への遠慮というより、私に対する配慮だろう。

 気まずくなるのが嫌だった私は、わざと大きめの声をあげた。


「だったら、街へ探しに行きましょうか!」


 どこの誰だかわからないのなら、出会った場所を探せばいい。単純にそう思ったのだけれど、ミシェル様とネルファ様は眉をひそめた。


「用事もないのに街へ出るだなんて、供の者に何と言えば良いのです?」

「そこはほら、お買い物に行くとか言って」

「いけませんわ、お父上に報告されてしまいましてよ」

「そっかぁ、難しいんだね」


 私たちのやり取りを眺めていたリーシャ様は、急にグッと凛々しい表情を浮かべて、決めましたわ、と私の手を取った。


「わたくし、あの方を探しに行きますわ。魔法使いのあなたが一緒でしたら、供を連れずに家を出られるかもしれません!」

「え、護衛付けないんですか?」

「ええ! でないと、あの方とお話しできませんもの!」


 いきなりそんなことを言われても、責任はかなり重大だ。一応渋ってはみたものの、最終的には「ひとりで家を抜け出します」と言われ、引き受けるしかなくなってしまった。

 翌日会ったナリクにその話をすると、さんざん笑い転げた後で「その日は俺も街に出てるよ」と言ってくれた。魔法使いの恋人同士は、パートナーが持つ魔力の個性を誰よりも知っている。もしも私が街の中で魔力を使えば、ナリクは必ず駆けつけてくれるだろう。


 約束の日は天気が良くて、絶好の探索日和だった。

 私もリーシャ様も平民のような軽装で、供を連れずに街へ出る。元平民の私に合わせて気軽に街を散策する、それが外出の名目だった。

 声をかけられた路地に着くと、リーシャ様はゆるいウェーブの髪をなびかせ、まるで探偵さんみたいですわね、と笑いながらくるりと回ってみせた。


「さて、探すと言ってもどうしましょうか?」

「まずは、その方の気配を追えるか確認してみますね。髪飾りを貸していただけますか?」


 拾った男性がわずかでも魔力を持っていたなら、その残滓ざんしが残っている可能性がある。リーシャ様から髪飾りを受け取って、自分の両の手のひらに載せ、目を閉じて意識を集中させた。

 そこには微かに魔力が残っていた。だけど普通じゃない、何かの術式が込められている。丁寧に調べあげていくと、それは『魅了チャーム』の魔法が発動した名残だった。

 リーシャ様は恋をしたわけじゃなく、魔法に魅せられているだけだったのだ。

 本来なら『解呪デスペル』をかけるべきだけれど、それは街角で気軽に実行できるようなものじゃなく、先んじて結界を張らなければいけない。他者の術を解くというのは、反撃を食らう可能性がある行為だ。

 この状況でリーシャ様と男を会わせるのは、あまりにも危険すぎた。


「すみません、私では力不足のようです。今日は諦めて帰りましょう」

「……わたくし、わかります……」

「え?」

「こちらですわ。ああ、あの方がわたくしを呼んで……」


 リーシャ様は光のない瞳でふらふらと歩き出した。

 しまった、術者との距離が縮まったせいで、完全に魅了されている!


「いけませんリーシャ様!」

「嫌です! どうか止めないで下さいませ!」


 慌てて腕を掴んだけれど、彼女はあっさりとそれを振りほどき、貴族の娘とは思えない速さで街を駆けていく。

 人気のない路地ばかりを抜けて、街外れの倉庫街で角を曲がった時、リーシャ様がきゃあと悲鳴を上げた。


「リーシャ様っ!!」


 焦りから、闇雲に角の向こうへ飛び込んだ。

 その瞬間、誰かの強い魔力を浴びて、私の意識は吹き飛んでしまった。


 目覚めると、物置らしい場所にいた。

 両手は縛られているけれど、幸いなことに口は塞がれていない。私が魔法使いだとはバレていないみたいだ。

 どこかから衣擦れの音が聞こえて、照明代わりの光球ライトボールを呼び出すと、リーシャ様が男と一緒にいるのが見えた。意図的に気配を消しているこの男が、魅了チャームの術者で間違いないだろう。

 私が光球ライトボールを出したことにさえ気付かずに、二人は夢中で抱き合っていた。

 私の怒りは一気に吹き上がり、体内の魔力が爆発して、ぶちん、と身体を縛る縄が弾け飛んだ。


「リーシャ様から離れなさい!」

「なっ……お前、魔法使いか!」


 振り返った男は、私が呼び出した光球ライトボールを見て動きを止めた。魔力の暴走で膨らみ続ける光球ライトボールは、既に建物の壁へ穴を開けるくらいの威力がある。


「今すぐ魅了チャームを解かないと、これをアンタにぶつけてやるんだから!」

「ふ、はは。彼女が一緒に吹き飛んでも構わない、そういうことかな?」


 冷静さを取り戻していくように、男は薄笑いを浮かべた。

 確かに私は魔力の制御を失っている。全てを見透かしているように、男がゆらりと浮き上がった。

 正気を失ったようにとろけているリーシャ様を、その両腕に抱きかかえて。


「できるものなら、やってみるといい!」

「……できなきゃ、助けを呼ぶだけだわ!」


 私は思い切って振りかぶり、壁めがけて光球ライトボールを投げた。

 どかんと派手な爆煙が立ち上り、着弾点に大きな穴が開く。街の中でこれだけ大きな音をたてれば、きっと誰かが気付くはず――そう思ったのに、男は大声で笑った。


「ははは、残念! 普通の人間には感知されないよ! 貴族を誘拐するというのに、何の結界も張っていないと思うのかい?」

「ゆ、誘拐!?」

「ああそうさ。次にこの街へ出て来た時、俺のところへ来るように仕込んでいたんだよ。エルドーシュ家の令嬢なら、たんまり金が取れるだろう? ここまで惚れ込んでくれるとは予想外だったよ、リーシャ!」


 男に名を呼ばれたリーシャ様は、無言のままで視線を返した。

 虚ろな目から、涙が零れていた。

 魅了チャームの魔法に支配された意識の中で、まだ本当の心が残ってるんだ――私がそれに気付いた瞬間、壁の穴から何かの影が飛び込んできた。

 煙の中から現れたのは、ナリクだった。

 彼は自分で生み出した魔力の板を蹴りながら、猛スピードで空中を駆け抜けていき、そのまま男の横っ面を蹴り飛ばした。

 衝撃でリーシャ様が放り出され、私が下敷きになろうと飛び出す前に、もうひとつの影が空中で彼女を受け止めてくれた。


「フィアナ、よく頑張ったな!」

「僕のリーシャを傷付けたのは、そこのクズ野郎だね?」


 助けに来てくれたのは、ナリクだけじゃなかった。セルヴァーン様も一緒だった。二人の存在が頼もしくて、思わず泣いてしまいそうになる。


「警備隊へ突き出す前に、悪い魔力は没収だな!」


 男を踏みつけにしていたナリクが、そのまま魔力を吸い取り始めた。男の魔力を枯渇させ、二度と魔法が使えないようにするのだろう。

 魅了チャームの効果が薄れるにつれ、リーシャ様の目が正気を取り戻していく。セルヴァーン様の腕の中、彼女は何度も「ごめんなさい」と繰り返した。


「わ、わたくし……魔法のせいだということは、わかっていたのです……!」


 その衝撃の告白に、全員が「はぁ!?」と口にした。術者であった男でさえも、驚きを隠しきれずにいる。


「ごめんなさい……運命の出会いだと、信じていたのです。この方は、あのような魔法に頼るほど、わたくしを恋うているのだと思いました……それが嬉しくて、お別れは避けられないとしても、せめて思い出のひとつくらいはと……」

「そしたら誘拐犯だったって? 世間知らずにも程がある!」

「まあまあ、リーシャらしいと思わないか?」


 呆れた顔のナリクとは対照的に、セルヴァーン様は笑顔だった。


「リーシャは気付いてなかったんだね? 運命の出会いも本物の愛も、とうの昔に手に入れてるっていうのにね!」

「……どういう、意味ですの?」

「僕が求婚すると言っているのさ、悪い男とはこれでお別れだ! たった今から死ぬまでずっと、僕だけを見ているといい!」

「まぁ……セルヴァったら!」


 頬を染めたリーシャ様の額へ、セルヴァーン様が口付けをした。

 リーシャ様の運命の出会いは、とっくに訪れていたんだ――嬉しそうな二人を眺めながら、やっとだよ、とナリクが笑った。


(了)

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