【KAC20226】雑草系魔法使いの乾杯!(お題:焼き鳥が登場する物語)

 隣国トゥラルタに住む友人から一通の招待状が届いたのは、もうすぐ小麦の収穫期を迎えようという頃だった。私が恋人のナリクと婚約したことを受け、二人で遊びに来ないかと誘ってくれたのだ。

 友人は「アーリエ魔法使い養成所」へ通っていた頃の同級生で、高位魔術の勉強を続けている。招待状には「本来は祝いに行くのが筋だけど、一度トゥラルタの景色を見せたいんだ」と書かれていた。

 婚約のためにファリアッソ辺境伯の養女となった今も、私は以前と変わらず魔術師の仕事を抱えているので、何日も領地を離れることには抵抗があった。しかし国境を越える機会なんてそうそうあるものではなく、見識を広げるチャンスとも言えた。

 ナリクと相談した結果、何かがあったら連絡用のアウルを飛ばして貰おうということになった。帰ってくるだけならば、移動魔法で一瞬だ。


 魔法使いが二人揃っても、初めて訪れる土地へ行くのは徒歩か馬車。移動魔法を仕込んだ指輪でも送って貰えれば別だけれど、どのみち国境を越えるので出国申請が必要になる。招待状には「馬車でゆっくり来るといいよ」と書かれていた。

 友人の暮らすハリルの森は、トゥラルタ王国の中心都市アムルダから馬車で二日の場所にある。そのアムルダまで行くのさえ、国境から丸一日だ。

 辿り着く前から帰ることになりはしないかと心配する私をよそに、のんびり旅行なんて初めてだよと、ナリクはとても嬉しそうにしていた。


 国境門で招待状を提示し、出国申請を済ませてから、隣国行きの馬車に乗り込んだ。虹色の魔法壁が張られた国境を越えると、そこは「精霊に愛された地」と言われるハリルオーネ領だ。精霊を惹きつける巨大な魔水晶はとても美しく、その輝きを反射する大きな湖を迂回していく。

 窓越しの景色を眺めながら、自分の暮らすベルゴンゲン領との差を考えていた。


「ねぇナリク、どうしたらこんなに豊かな土地になるかな?」


 プライベートの旅行中でも「野暮なこと言うなよ」なんてナリクは言わない。私が抱える仕事の話は、近い将来ナリクの仕事の話にもなる。彼はファリアッソ家の婿になり、いずれは当主となる人なのだ。


「そうだなぁ、自然の魔水晶に匹敵する力となると……」

「魔方陣を重ねて、魔力の増幅器にするとか?」

「それだと暴走が怖いな。やっぱり地道に時間をかけて、精霊の居心地が良い土地に――」


 私たちは馬車の窓から外を眺めて、領民が豊かに暮らす方法を話し合った。


 活気溢れるアムルダの街で馬車を降りると、どこからかアウルフクロウが飛んできて、私たちの荷物の上に降り立った。


「あのぅ。ナリク・ウィラーさんと、フィアナ・ファリアッソさんですね?」


 人間の言葉で声をかけてきたということは、このアウルは魔法アウルだ。

 魔法アウルというのは文字通り魔力を持つアウルで、人間との会話が可能どころか、魔法まで使えてしまう賢い鳥種。魔法使いにとってのアウルは知恵の象徴として敬われているので、魔法アウルは使役動物の一種といえど、ほぼ人間と同じような扱いを受けている。


「そうですが、あなたは?」

「アウリー・モッフルと申します。お届けものをお持ちしました!」


 そう言ってアウリーさんは、足に括り付けられていた巾着袋を器用に外し、私たちの方へ差し出した。受け取って中身を確かめると、シンプルな銀の指輪が二つ入っていた。


「その指輪には、ノーモス魔法工房行きの魔法がかけられております」


 ノーモス魔法工房は私たちの目的地で、国境から馬車を使ったルートはひとつしかない。最初からここに迎えをよこすつもりだったのだろう。

 私たちは荷物を抱えると、指輪を嵌めて祈りを捧げた。


 目を開けると、古い石造りの家があった。全体が木や蔦で覆われていて、建物の周囲には魔法生物が干してあり、この地域には育たないはずの薬草を植えたプランターが置かれている。扉は触れる前に左右へ開いた。

 室内を覗くと、様々な魔法具が大量に陳列されている中、懐かしい顔が二つ揃っていた。私たちを招いてくれたエヴェンと、その恋人のサリエットだ。


「エヴェン!」

「やあ、来たね。待ってたよ」

「そんなところに立ってないで、さっさと中に入りなさいよ」

「ははっ、サリエット嬢も相変わらずだな!」


 すっかり学生時代の口調に戻ったナリクが、大はしゃぎで駆け寄っていく。

 エヴェンは驚くほど背が伸びて、ナリクは追い越されてしまっていた。赤毛が綺麗なサリエットは、学生時代からエヴェンのことが大好きで、在学中は四人で一緒にいることが多かった。あの頃を思い出す顔ぶれが揃って、私も学生時代に戻ったような気分になった。


「サリエット、久しぶり! また会えて嬉しい!」

「ええ、私も嬉しいわ。貴族の養女になったんですって?」

「だってナリクと結婚しようと思ったら、それしかないでしょ?」

「他にもやりようはあったんじゃないかしら? 先に相談してくれれば良かったのに、わざわざ窮屈な肩書きを背負っちゃって!」


 サリエットが呆れた声を出す。彼女は私と逆の立場で、元々は下級貴族の令嬢だった。魔術の勉強を続ける為、理解のない親元を飛び出したのだと聞いているけど……多分、それは半分しか真実じゃない。平民のエヴェンと添い遂げる気で、実家と縁を切ったのだろう。

 行動は常に正反対で、だけど考えてることはまるっきり同じ。私とサリエットは、なんだかんだで似たもの同士なのだ。


 工房の主であるノーモス先輩は仕事で不在だったけれど、話は通してあるというので、遠慮なく滞在させて貰うことにした。

 ハリルの森は、魔法使いとして興味深い場所だった。ほとんど人の手が入っていない、山すそにある深い森は、普段あまり姿を見せない精霊も多く住んでいる気配がした。

 二人の案内で、森のあちこちを見て回った。

 悪戯好きの精霊がにしている、惑いの道。

 「恋の花」ヘリオトロープの群生地である、恋の原。

 満月の夜だけ木々が開けて月の光が注がれるという、月光の海。

 どこもかしこも魔力に満ちていて、魔法工房をここへ建てたノーモス先輩は、慧眼だというほかになかった。こんなにも素晴らしい場所を、魔法使いとして訪れるという幸福――それは私たちにとって、どんなお祝いの品より嬉しいものだった。


 二日目の夜は満月だったので、月光の海でキャンプをしようということになった。

 天幕を張り、火をおこし、月の光が注がれる中で昔話に花を咲かせる。ナリクが昔のように慣れた手つきでハーブティーを淹れてくれて、私とサリエットが火の番をしながら喋っていると、エヴェンがお肉を刺した串を火にかけ始めた。


「あっ、キャンプっぽい! 何のお肉?」

「これ? 鳥肉。この辺りじゃ生息してない希少な鳥種だよ」


 貰い物なんだけどねと言いながら、エヴェンは串焼きを大量に作っていく。


「三年くらい前、この森に迷い込んだ異国の子を助けたことがあってね。その子が時々届けてくれるんだ。彼が住んでる地域では、ちょっとした高級食材らしいよ」

「異国の鳥かぁ、なんていう鳥なんだろ」

「トリ、って呼ばれてるらしいよ。見た目はアウルに似てるんだって」

「げっ、お、俺、アウルはちょっと」


 ナリクが完全に拒否の姿勢を示して、私も躊躇してしまう。私たちにも鳥を食べる習慣はあるけれど、知恵の象徴であるアウルだけは別の話だ。さっきのアウリーさんを見て「おいしそう」なんて思えるわけがない。

 香ばしい匂いをさせているお肉を、どう扱えばいいんだろうか。


「エヴェンは食べたの?」

「もちろん食べたよ、でなきゃ勧めないよ。厳密にはアウルじゃないそうだし、異国の文化を知るのも大事なことじゃないかな?」

「どのみち既にお肉になってるんだから、無駄にしないでいただきなさいよ」


 意外なことに、サリエットまでがトリを勧めてきた。知識の探求の為なら、アウルだって平気で食べそうなエヴェンはともかく……まあ、でも、既にお肉だと言われればその通りだ。異文化を頭ごなしに否定するのもよくないことだし、食べてみる、と私は宣言した。


「フィアナ!?」

「だって、アウルじゃないんでしょう?」

「僕も生きてる姿は見たことがないんだけど、アウルよりも丸っこくて目が小さいらしいよ」

「少し固くなるかもしれないけれど、十分に火を通してからいただきなさいね」


 渋い表情をしているナリクの目の前で、サリエットによく焼けた串を勧められ、思い切って一口齧ってみる。焚き火で焼いてるせいもあるんだろうけど、いつも食べてる鳥肉よりも香ばしい。特に臭みもないし意外といける、というのが正直な感想だった。


「おいしい、ちゃんと焼き鳥だよ。異国の鳥なんて滅多に手に入らないし、一度は経験しといて損はないかも」

「そっかー……いや、うん……ごめん、やっぱ俺ムリ!!」


 ナリクは急に立ち上がって、月光の降り注ぐ草原へと駆け出して行く。エヴェンは一瞬ぽかんとした後、串をひとつ持ってナリクを追いかけ始めた。


「ナリク! いいから食べてみなよ! 魔法使いが知識を敬遠するなんて信じられないな!」

「うるせー! アウルだけは話が別だー!」

「意外とアウルもいけるかもよ! まだ食べたことないけどね!」

「マジで言ってんのかー!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら草原中を駆け回る二人は、完全に学生時代と同じ二人だった。そんな彼らを眺めながら、子供ねぇ、とサリエットが笑う。


「あんなお子様たちは放っておいて、飲みましょうよ」


 彼女がエールを注いでくれて、私たちは二人で宴会をすることにした。肴はもちろん焼き鳥だ。


「何に乾杯する?」

「そうね……じゃあ、四人の未来に!」

「かんぱーい!」


 鬼ごっこを続ける二人を見ながら、ふふふ、とサリエットが笑う。

 次に会うのが何年後かはわからないけど、きっとその時も私たちはこうして、仲良しなままでいられるはずだ。

 こんな素敵なひとときを、いつかまた過ごせますように――そんなことを祈りながら、私は焼き鳥を齧った。


(了)

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