【KAC20224】雑草系魔法使いの慈愛!(お題:お笑い/コメディ)

 慈善活動に参加しないか、そうナリクが提案してきたのは、休日に二人でお茶をしている時だった。


「俺たちは年に一回、王都の孤児院を慰問してるんだけど、今年の慰問がもうすぐなんだ。フィアナも貴族の一員になったわけだし、よかったら一緒にどうかな?」


 私と二人きりの時は、学生時代のようにくだけた口調で話すナリク。それでも今の表情は、施政者側のそれだった。

 貴族として生まれた人たちは、幼少期から「慈善活動こそが自分たちの存在意義だ」という思想を叩き込まれるらしい。私は元平民なので、それらは最近になって学んだことだけれど。

 魔法使い養成所で同級生だったナリクと身分違いの恋に落ち、彼と婚約するために辺境伯の養女となった私は、それまでは支援を受ける側だった。なので活動の意義は重々承知している。貴族階級の方々が設立した奨学金がなければ、私は養成所へ入学することさえできなかった。生まれに恵まれないものにとって、彼らの支援がどれほど助けになることか……雑草みたいな出自だからこそ、身にみてわかることもある。そんな私に、断るなんて選択肢があるはずもなかった。


「うん、私も行く!」

「ありがとう、みんな喜ぶよ。それでね、全員何かしら差し入れを用意することになってるんだ。消耗品か食べ物がいいと思う」

「じゃあ、私はくるみパン焼くね!」

「いいね、俺もあれ好き。三十個あれば大丈夫だよ」


 ナリクは上機嫌で手帳に何かを書き付け始めた。リストでも作ってるんだろう。どうせなら自分たちの分も焼きたいけど、上級貴族の子息や令嬢ばかりってことだよね……くるみパンなんて、笑われたりしないかな。


「こっちは何人くらいで行くの?」

「五人。仲間内だけで集まってるから、人数は多くないんだ」

「そうなんだ。あと三人はどなた?」

「うん、いつも通りランデルがいるのと、あとはリーシャと――」

「あ、よかった」


 二人の名前を聞き、頬が緩む。ランデルさんはナリクの従者で、婚約前から顔馴染み。リーシャ様はナリクの幼馴染で、時折お茶会に招いて下さる。身分が変わった今の私にとって、この二人は数少ない友人たちだ。

 安堵を隠さない私に、ナリクは珍しく意地悪な笑顔を向けた。


「安心するのは早いんじゃないかな? あと一人、最大級の問題児が一緒だぞ?」

「そんな大げさなー。それ、誰のこと?」

「セルヴァーン第三王子。俺たちは幼馴染だからね」


 急に王子の名前を出されて、咄嗟には理解が追いつかなかった。

 セルヴァーン様は王族の中でもとりわけ謎が多くて、社交界にはめったに顔を出さず、常に王国内のあちこちを見て回っているという噂の方だ。


「セルヴァーン様が幼馴染なの!?」

「俺とリーシャはセルヴァーンの『ご学友』なんだよ、歳の近い貴族の子女から選ばれるやつ。小さい頃はよく王城で、セルヴァーンと一緒に過ごしてたんだ」


 ナリクは平然としているけど、こっちは腰が抜けるかと思うくらいの衝撃だった。平民育ちの雑草娘に、王子はどんな感想を持つのだろう……想像すらも、できなかった。


 慰問当日、私たちは王都エベルタにあるウィラー邸で合流した。

 ナリクに迎えられて広間へ入ると、リーシャ様が駆け寄ってきた。町娘のように平凡な装いも、彼女が纏うと可憐なものに見えてしまうから不思議だ。


「ああフィアナ様、本日もなんと可愛らしいのでしょう……!」

「リーシャ、それが挨拶なのはどうかと思うな」

「ナリク様は今すぐにこちらへ! おわかりですわね!?」

「あー、俺の話は全く聞いてないね?」


 リーシャ様は私とナリクの馴れ初めをいたく気に入っていて、事あるごとに私たちを二人並べて眺めようとする。大はしゃぎのリーシャ様を見て、ナリクの後ろに控えたランデルさんが笑いをこらえている。

 その時、知らない男性が近付いてきた。背はすらりと高く、顔立ちは精霊のように端整で、ひとつに編まれた銀髪は優美ささえ放っていた。平民風の装いではあるけれど、とんでもなく仕立てが良いものを身に着けている。

 間違いない、この方がセルヴァーン王子だ。最初くらいは粗相のないように、きちんと挨拶をしておかなくては――前へ進み出た私に、セルヴァーン様はやわらかく微笑んだ。


「セルヴァーン様、お初にお目にかかります……」

「そういう堅苦しいのはいいよ! 君がフィアナだね? お会いできて光栄だよ、愛らしくも凛々しいレディ! 素朴な感じで可愛い子だね、ナリクがメロメロなの凄くわかるよ! あーあ、僕も養成所に通いたかったなぁ!」


 その美しさを極めたような外見とは裏腹に、セルヴァーン様の口からはいかにも軽薄そうな言葉が出てきた。それは止まる気配さえ見せなくて、見かねたナリクが割り込むように私の前へ立った。


「俺は別に、恋人を作りたくて養成所へ進んだわけじゃないぞ!」

「わかってるって! あ、これでも僕は『魔力持ち』なんだけどね? 王族は特別な術式を使うから、養成所は必要ないって言われちゃってさ!」

「セルヴァ、そろそろ黙れって!」

「じゃあ僕の代わりに、彼女の口から愛の物語を語って貰おう! リーシャもその方が嬉しいだろうし?」

「そ、そのようなことはありませんわ! あまり余計なことばかり仰ると、お口にくるみパンを詰め込みますわよ!」


 リーシャ様が頬を染めて叫び、おおこわい、とセルヴァーン様がおどけてみせた。王族らしくはないけれど、悪い人ではなさそうだ……それに、三人の仲の良さが凄く伝わってきて、今日は楽しい一日になりそうな気がした。


 馬車で孤児院へと向かい、互いの挨拶もそこそこに、待ち構えていた子供たちへ差し入れの品を届けた。ナリクは筆記用具、セルヴァーン様はひとりひとりに合わせた衣類をお配りになり、お礼にと子供たちが民謡の合唱を披露してくれた。

 その後はリーシャ様のクッキーと私のくるみパンで軽食を共にすることとなり、全員が入ると満員に近い食堂へ、私たちの席もどうにか設けられた。

 場は和やかで、子供たちは素直で可愛くて、嬉しそうにしてくれていて――ナリクたちが活動を続けているのは、この光景を見たいからなのだろうか、なんてことを考えた。

 ふと、視界に一人の女の子が映る。

 その子は部屋の片隅で、楽しげなみんなと距離を置くように、ひとりぼっちで座っていた。気になって、同じテーブルについていた院長さんへ尋ねてみる。


「あの、端に座っている子は?」

「あれはカエナと申します。両親を亡くして日が浅く、まだ境遇を受け止めきれずにいるのです」

「そうなのですか……」


 院長さんの言葉が、重く響く。孤児院なのだから当然だけど、ここにいる子供たちは親を亡くした子ばかりだ。悲しみから立ち直れない子だっているだろう。

 高価な万年筆も、暖かな上着も、今朝焼いたばかりのパンやクッキーだって、今のカエナちゃんにとっては「どうでもいいもの」に違いない。

 何か、してあげられないかな。深く考えず、ただ呟いた。


「思い上がってはいけないよ」


 その声を発したのは、セルヴァーン様だった。


「他者が悲しみをどうにかしようだなんて、思い上がってはいけない。あれは自分で乗り越えなければならない悲しみだ。無関係な僕たちにできることは、彼女が生きるための支援だけだね」

「……でも」

「生きてさえいれば、きっと乗り越えられる日が来るさ。それを信じて支えるのが、我々に課せられた使命だよ。だけど、慈愛に満ちたきみが、それを冷たいと思うなら――」


 セルヴァーン様は立ち上がり、私に向かってウインクをした。


「今のひとときだけ、気を紛らわせる程度のことなら、ね!」


 そう言って彼はぴょんと跳ね、天井めがけてふわりと飛び、両手いっぱいにバラの花を出現させた。全員の視線が彼に釘付けだ。


「みんながいい子にしてるから、お兄さんが魔法を見せてあげようね!」


 バラの花びらが部屋中に撒かれて、甘い芳香が立ちのぼった。

 ちょっ、とナリクが言葉を詰まらせている。言いたいことはよくわかる、魔力はこんな風に開放していいものじゃない。

 しかし、子供たちは爛々と目を輝かせている。

 セルヴァーン様は、私の呟きに答えてくれているのだ。

 大量の花びらを撒き散らしたセルヴァーン様は、今度は魔法で猫耳と猫ヒゲを生やし、カエナちゃんの前へ降り立った。


「カエナちゃあん、一緒にクッキー食べようにゃあん」

「……いらない」

「そんなこと言わないでほしいにゃあぁん」


 クッキーを差し出しながら裏声で誘うセルヴァーン様を見て、子供たちは大爆笑の渦だ。王子ともあろうものが、なんてとんでもないことを――そう考えるのが普通だけれど、誰も止める気配はなかった。

 ずっと俯いていたカエナちゃんが、まっすぐにセルヴァーン様を見ているのだ。


「くるみパンもおいしいんだよぉ、今日の朝焼いたばっかりなんだにゃん」

「いらない、いらない!」

「いい匂いがするんだにゃん、あのお姉さんが作ってくれたんだにゃあん」

「……おねえさんが、作ったの?」


 カエナちゃんは、なぜか私が作ったことを確認すると、くるみパンをひとくちかじった。

 そして、うぅ、と嗚咽を漏らした。


「おかあさん……」


 ああ、私に母親を重ねたのだ――そう理解した瞬間、私は彼女に向かって駆け出していた。たまらない気持ちでぎゅっと抱きしめた途端、カエナちゃんのお腹の音が、ぐうぅと大きく鳴り響く。


「……おねえさん、これ、おいしい……」


 張り詰めていた気が緩んだのか、彼女は照れくさそうに笑い、再びくるみパンに齧りついた。


 帰りの馬車の中で、余ったくるみパンを齧りながら、セルヴァーン様は仰った。


「あの子の人生は今日を境に、悲劇トラジェディーから喜劇コメディに転じたんだね! フィアナちゃんのくるみパンには、笑顔の魔法でもかかってるのかな!」


 笑顔の魔法をかけたのは、麗しの王子様でしょうに――そう言おうかなと思ったけれど、今は黙っておくことにした。

 くるみパンに齧りつく四人が、みんな嬉しそうに笑ってたから。


(了)

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