【KAC20223】雑草系魔法使いの全力!(お題:第六感)
その日、私が暮らすファリアッソ邸は、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
ファリアッソ辺境伯が治めるベルゴンゲン領へ「王命により魔法学研究所員が視察に来る」という報がもたらされたからだ。
現在この領地は牧草収穫期の真っ只中、領民総出で草刈りにいそしむ農繁期。私の生まれ育ったプラネ村も、今頃は「草刈りの村」となっているだろう。
裏を返せば、他に視察をすべきものなど何もないのだ。
私は旦那様、もといお父様との朝食の席で、その視察の話を切り出された。
「そんなわけで、ナリクくんが来るんだけど」
「あ、ナリクが来るんですね」
ナリクは魔法使い養成所時代の同級生で、今は私の婚約者でもある。平民だった私が上級貴族のナリクと婚約できたのは、ひとえにお父様のおかげだ。雑草のような出自の私を、お抱え魔術師として雇ってくれたばかりか、婚約のために養女として迎えて下さったのだから。
「凄いよねぇ、あの若さで王命を賜るなんてねぇ」
お父様が感嘆の声をあげた。未来の婿の有能ぶりに、すっかり上機嫌だ。
「研究熱心な人ですから。彼が学生時代に発表した、月の精霊と治癒魔法の関連性の論文なんて、いまの私が読んでも舌を巻きます」
「ふふ、魔法の話になるとフィアナも楽しそうだね。案内役を務めてみるかい?」
笑顔で尋ねるお父様へ、喜んで、と返事をする。いろんな私情はさておいて、務めはしっかり果たさなければ。案内先のことくらいは改めて勉強しておかねばならないだろう。
「お父様、当日の予定はどのように?」
「辺境の村へ行くらしいよ、国境の近くにある名もない集落。プラネ村の少し先だね」
「ああ……この時期にあんなところへ行っても、みなさんひたすら牧草を刈ってるだけなのでは?」
「そう言ったんだけどね、普段通りでいいと仰られるんだよ。いっそ普段通り、僕が一緒に草刈りする姿も見せるべきなのかなぁ」
「お止めください旦那様。こちらで気を回さずとも、目的がおありだから視察に来られるのでしょう?」
給仕をしていたメイドのマリエラさんが、呆れたような声を出した。
しかし目的といっても、辺境の村は貧しい農村でしかない。国境にもっとも近い集落とはいえ、隣国トゥラルタとの関係はいたって良好だ。王命の理由がさっぱりわからず、お父様は小さな溜息を吐いた。
「僕が何かやらかしたかなぁ、理由を考えると不安になるね。領地剥奪の先触れでなければいいんだけど」
「まさか。フィアナ様のことを気にかけておられるのでは?」
「それは経緯も含めて、王様へ説明済みだから……魔法学研究所が来るというのも、何だかおかしな話だしね。牧草に不満でも出たのかなぁ、お世辞にも肥沃な土地ではないからねぇ」
お父様は食事を完全に放り出し、ああでもないこうでもないと予想を語り続けている。その邪魔をするのは憚られたけど、どうしても捨て置けない発言があったので、お父様、と声をかけた。
「あの、王様への経緯の説明って、何をどこまで……?」
「ん、全部だよ。貴族と恋に落ちちゃったフィアナ、フィアナじゃなきゃ嫌だって駄々をこねまくるナリクくん、ナリクくんの扱いに手を焼いてるウィラー公爵、そして跡継ぎがいない僕。全員が幸せになるために、フィアナを養女にしてナリクくんを婿に迎えようと思います、って」
「え、それ、全部バカ正直にお話ししたんですか!?」
まさか私とナリクの恋愛事情が、王様の耳にまで届いているとは思わなかった。つい頭を抱えてしまった私を見て、同席していた守衛のニルダさんが爆笑している。
「わっははははは! まぁまぁ、視察の担当が婚約者殿なら気楽でいいじゃねーか! たまには魔法使い同士として語り合うのもいいかもしれないぜ?」
魔法使い同士、というニルダさんの言葉に、ざわめく心が落ち着いていく。
そうだ、私たちは「魔法使い」だ。いわゆる「魔力持ち」として生まれ、養成所の難関入試を突破して、たくさんの課題をクリアして、魔法を使役する資格を与えられた存在。いつだって「魔法使い」同士は対等な立場で、例外は師匠と弟子の間柄だけ。たとえ相手が王族であろうとも、決してそれは揺るがないのだ。
当日は、農作業日和と言わんばかりに晴れ渡っていた。
魔法学研究所の制服を着て、普段は使わない眼鏡をかけたナリクを、屋敷の正門で出迎えた。初めて見る巨大な
私も魔術師としてここに立っているので、ドレスではなく
屋敷の正面玄関を入ってすぐの小さな個室にナリクを案内した。私が「
辺境の村へ行くための指輪と、この屋敷に戻るための指輪をひとつずつ渡した。この指輪を嵌めて祈りを捧げれば、瞬きする間に目的地へ着く。
そうして飛んだ辺境の村では、転移石の前で村長さんが待ち構えていた。
農繁期で忙しいだろうに村人たちが中央広場へ集まっていて、ナリクが困った顔をしている。邪魔するつもりじゃなかったのにな、と小さく呟いたのが聞こえた。
「何かがあればすぐに全員が集まってくる。うん、これも普段通りですよ」
「……はは、そうなんだろうね。じゃあ皆にも、今日の目的を説明しておこうか」
ナリクは私に笑いかけ、そしてたくさんの村人たちを見渡した。
「今日、私がここに来たのは、皆さんの力になるためです。視察という名目ですが、私が賜った王命は――この土地の精霊と、交歓すること。これより『交歓の儀』を執り行いますので、フィアナ様以外は広場の端まで離れて下さい!」
ナリクは石畳に杖の柄をうちつけ、かぁん、と小気味良い音がした。
そして私はようやく、彼が抱える巨大な
わざわざ辺境の村までやってきた理由は、ここが王国屈指の貧しい土地だからに違いなかった。国境を越えた先に大きな湖があり、その中央にある自然の魔水晶に精霊が集まっていくせいで、この土地は豊かさを失っている。この感覚は「魔力持ち」にしかわからないもので、施政者である貴族たちにはなかなか伝わらない。お父様は理解を示してくれたけれど、私ひとりでは有効な対策を立てられなかった。
この儀式が王命だというのなら、立案したのはナリク自身に違いない。
「フィアナ、手伝ってくれるかな……俺の魔力だけじゃ、多分、ギリギリ」
くだけた口調になったナリクが、真剣な表情で杖を握りしめた。
「もちろん。詠唱法は?」
「交歓法儀の第七番。重唱で俺に続いて」
「わかった。じゃあ、いくよ」
彼の手を包むように
王命に失敗は許されない。
彼は今、魔法使いとしての人生を賭けて、この地を豊かにしようとしている。
それならば、私も共に。たとえ魔力が枯渇したとしても、必ず儀式を成功させる!
「この地に
「フィアナ・ファリアッソが共に名を賭ける!」
「
「この地に分け与え
ナリクが高らかに呪文を唱え始め、私もそれに続いた。ひとつの節を唱える毎に、かぁん、かぁん、と
杖の戴く大きな魔法石が輝き、周囲の空気がざわめいていく。
好奇心の強い精霊たちが、この広場に集まってきている。
魔力のない人にはわからない、第六感というべきものを、私たちは研ぎ澄ませていった。
「祈りは賛歌となりましょう!」
「この地に
「願いは
「この地に
「総ての生きとし生けるものへ……精霊の、ご加護を!」
詠唱が最後の一節となったところで、私は魔力を全解放した。
少しでも遠くの土地まで、少しでも多くの実りを届けて――そう祈りを込めたところで、私の意識は暗転していった。
遠くで私を呼ぶ声がする。
精霊たちのざわめきが、心地良かった。
目を覚ますと、ナリクの顔があった。めちゃくちゃ近い……というか、唇を重ねられていた。魔力を使いすぎた私に、自分の魔力を分け与えてくれているのだ。唇を塞がれているせいで言葉を出せず、そのままもう一度目を閉じて、注がれる魔力を受け入れ続けた。
私たちにとって、魔力を注ぐことは愛情表現のひとつでもある。魔力の感触には相手の感情も強く影響するので、魂同士で触れ合っているような気持ちになれるのだ。魔法使い同士にしか得られない感覚。ナリクの魔力の感触は、あったかくってやわらかい……幸せだなぁと思っていると、急に彼の唇が離れ、起きてるだろうと笑われた。
ゆっくり身体を起こしたところで、ようやくここが自室であることに気付いた。
「運んできてくれたの?」
「そうだよ、無茶しすぎだって。魔力が完全に枯渇したら、二度と魔法が使えなくなるんだからな!」
「ごめんなさい……ねぇ、儀式はどうなったの?」
「うん、フィアナのおかげで大成功だ」
成功したのなら、よかった。全力を出した甲斐があった。これから育てる作物は、しばらく豊作続きになるはずだし……全てナリクの功績として、研究所で大いに評価されるだろう。
ありがとう、とナリクが微笑む。
どこか遠くでクスクスと、精霊の笑い声が聞こえた。
(了)
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