【KAC20222】雑草系魔法使いの茶会!(お題:推し活)
私のところに「お茶会」の招待状が届いたのは、恋人のナリク・ウィラーとの婚約が決まった十日後のことだった。
その初めての体験に、仰々しい封筒へ記された宛名を何度も確認した。間違いなく「フィアナ・ファリアッソ」と書かれている。差出人はナリクの幼馴染だというリーシャ・エルドーシュ様だった。上級貴族のウィラー家とも対等な立場で付き合える、格式高きエルドーシュ家の御令嬢だ。
まだお会いしたことはなかったはずだけど、私に興味があるのだろう。なにせ平民出身のくせに「魔法使い養成所で同級生だった」というだけで、国王の腹心であるウィラー公爵の次男と恋に落ちたばかりか、自分の雇い主であるファリアッソ辺境伯の養女となって、婚約まで認めさせたのだから。婚約はナリクが整えてくれたことだけど、周囲はそんな事情を知らない。
普段は以前と変わらず
「マリエラさん……私、行きたくないです……」
作業机に突っ伏して、招待状を持ってきてくれたメイドのマリエラさんに泣き言を向けると、やれやれといった風情で溜息をつかれた。
「お気持ちはわかりますけれど、永遠に逃げ回るわけにもいきませんわ。ナリク様の顔に泥を塗りたくはないのでしょう?」
「そうですけど……」
「ああもう、シャキッとなさいな! 雑草ならば雑草らしく、しっかりと根をお張りなさい!」
背中をべちんと叩かれて、仕方なく了承の返事をしたためることにした。
ギリギリまで礼儀作法のおさらいをさせられた私は、眠い目を擦りながら馬車に乗り、王都エベルタにあるエルドーシュ邸を訪ねた。エベルタは私が学生時代を過ごした街でもあり、三年ぶりの訪問に胸が躍る。
復路は移動魔法を使うからと馬車を帰らせて、帰還前に街を散策することにした。今日はその為に、宝飾品を外して歩いても違和感のない服を選んできたのだ――きっと大変な一日になるだろうけど、それを心の支えとすることにした。
従者に対して人払いの指示が出ていると言うので、付き添いのマリエラさんと別れ、若い
意外にも、そこにいたのはたったの三人だった。
一番奥に座っていた、百合の花のように美しい女性が私へ気付き、三人がいっせいにこちらを向いた……と思った瞬間、全員が立ち上がって駆け寄ってきた。これじゃ学生時代の女子寮のノリだ、お作法なんて完全に吹き飛んでいる。
「はじめましてフィアナ様、わたくしリーシャ・エルドーシュと申します! お会いできて光栄ですわ!」
「ミシェル・マディールですわ! 本当にいらして下さったのね!」
「ネルファ・クレリドでございます! なんて愛らしい方なの!」
取り囲まれて唐突に誉めそやされ、何がなんだかわからず面食らう私を見て、顔を見合わせた三人が、照れくさそうにえへへと笑った。
落ち着きを取り戻した三人は、ようやく「普通のお茶会」を始めてくれた。いかにも貴族らしい世界に戻ってしまったけれど、大暴走の先制攻撃を食らったおかげで、私も緊張せずに喋ることができて、場の空気は和やかなままだ。
無難な会話を繋げつつ、こんなお茶会なら悪くないかも……と思い始めたころ、彼女たちの興味が突然こちらに向いた。
「ところでフィアナ様、ご迷惑でなければですが!」
「ナリク様との馴れ初めなど、詳しく聞かせて頂けませんか!」
「あのナリク様が婚約だなんて、わたくしたち本当に嬉しくって!」
かなり恥ずかしい質問をされてしまったけど、せっかく好意的に話を振って下さっているし、女子同士で恋愛の話をしたがるのだってありがちだし、ここで邪険にするのも角が立つ。
しかし「馴れ初め」と言われたって、いったい何を言えばいいのだろうか。
少し考えて、知り合った頃の「事実」だけを並べていくことにした。
「わたくしたちは、魔法使い養成所の同級生なのです。入学当初のナリク様は、貴族であることを隠しておられたので、よく学内での行動を共にしておりました」
「ああ、なんて素敵なシチュ……いえ、そうなんですのね」
「身分を打ち明けて下さった時は、本当に驚きました。その後も分け隔てなく接して下さるナリク様は、わたくしにとって誰よりも信頼のおける方となったのです」
「流石ナリク様ですわ……失礼、お続けになって」
「卒業の前に想いを打ち明けましたら、ナリク様も同じ気持ちだと仰って下さいましたので、いつか迎えに来て頂けることを信じ、お待ちしておりました」
「まぁ、なんて素敵なの……!」
私が何かを言うだけで、三人揃ってナリクへの好意が駄々漏れだ。
なんだろう、この状況。私に対して妬くだとか、そういう感情が一切なさそうなのが逆に不思議だ。嫉妬されたいわけではないけど、何か裏でもあるのだろうかと勘繰ってしまいたくなる。そんな私の心配など気が付く様子もなく、三人がそれでそれでと身を乗り出してきた。もうダメだ、どういう意図なのかハッキリ聞かないと落ち着かない。
「あの……私の方からも、質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「あら、何でしょう?」
「皆様は、ナリク様のことをお慕いしておられるのですか?」
私が質問を口にした途端、三人とも動きが固まった。どうしよう失敗した、きっと言ってはいけないことを言ってしまったのに違いない。一気に背筋がひやりとして、私の唇は「あの」と呟くことしかできなくなった。
しばらくその状態が続いた後、最初に声をあげたのはリーシャ様だった。
「お……恐れ多いことなのです! お慕いだなんて、そのようなことは!」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「いいえ、謝らねばならないのはわたくしたちの方です!」
「安心なさって、横恋慕などと品のないことは決して致しませんわ!」
ミシェル様とネルファ様が続けて叫び、私はどうすればいいのか全くわからなくなった。もはやお作法も何もあったものではない。とうとう三人は再び立ち上がり、さっきと同じように私を取り囲んだ。
「わたくしたちは、ナリク様とフィアナ様の恋路を応援しているのです! お二人の尊き物語は、貴族の家に生まれたわたくしたちにとって、永遠に手の届かぬ憧れなのですわ!」
「身分違いさえも乗り越えて、想いを貫き通すだなんて……ああ、なんて素晴らしい愛の力なんでしょう!」
「ナリク様があのように芯のお強い方だとは、夢にも思っておりませんでしたのよ。きっとフィアナ様の愛こそが、ナリク様を素敵な殿方へと変えたのですわね!」
口々に叫ぶ三人へ、どんな言葉を返せばいいのか困惑していると、後ろから「ストーップ」と声が聞こえた。
「なっ、なな、ナリク様!?」
リーシャ様がひときわ大きな声で叫び、彼女の視線を追いかけると、頬を真っ赤に染めたナリクが立っていた。その少し後ろでは、ナリクの従者のランデルさんが必死に笑いをこらえている。
「フィアナが茶会に呼ばれたって言うから、適当に理由つけて覗きに来てみりゃ、何の話してんだよお前ら……」
呆れた口調のナリクを認めた途端、三人は悲鳴を上げながら貧血を起こしてしまい、その後はもう大変な騒ぎだった。
そのままお茶会はお開きになり、私はナリクと街を散策することになった。
マリエラさんとランデルさんを離れたところに控えさせ、広場のベンチに並んで座ると、学生時代のデートみたいだ。ナリクのサラサラの金髪が太陽の光を受けて輝き、パン屋さんで買ったくるみパンは焼きたてで、お腹がすいちゃう匂いがする。その全てが懐かしかった。
ナリクは困り果てた表情で、巻き込んでごめんな、と言いながらくるみパンをかじった。
「あの三人、俺たちの馴れ初めを気に入ってるんだよ。吟遊詩人の歌う恋愛歌みたいだって言ってさ。で、誰にも反対させないように尊さを広めるんだとか、全力で応援するんだとか言い出しててね」
「あー」
知ってる。それ「推し活」っていうやつだよね。学生時代の女子寮では珍しくなかったやつだよね。担任のハース先生を推してる女子が何人もいて、何度も先生の良さを力説されたっけな……。
「まぁあいつら風に言えば、社交界も『推し貴族を決めて応援する世界』だからさ」
ナリクの言い回しがおかしくて、思わずぷっと吹き出すと、彼も一緒になって笑った。その空気に、なんだか昔を思い出して……肩に寄りかかった瞬間、どこからか黄色い悲鳴が聞こえた。
声がした方へ視線を向けると、リーシャ様がこちらを見ながら自分の口を両手で塞いでいた。ナリクが小さく手招きをすると、すぐにぱたぱたと駆け寄ってきて、ごめんなさいと頭を下げた。
「申し訳ございません、ご迷惑ばかりおかけして……お二人で街を散策していると伺ったので、従僕に探させてしまったのです」
「うん。それは何が目的だったの?」
「お二人の尊い姿を、この目でしかと見守りたかったのですわ……!」
「あー、ダメだこりゃ」
あっさり本音を吐露したリーシャ様に、ナリクが肩をすくめて笑う。
確かに観察されちゃうのは困る。かなり困る。だけど今の私にとって、リーシャ様が心強い味方なのも確かだった。自分を応援してくれる人がいるって、こんなにも嬉しいことなんだ!
私は余分に買っていたくるみパンを、リーシャ様へと差し出した。
「お口に合うかはわかりませんが、いかがですか?」
「まぁ……よろしいのですか?」
微笑みながら私の隣に腰掛けたリーシャ様は、やっぱり可憐で美しかった。雑草みたいな私だけれど、もっと仲良くなれたらいいな――そんな願いを込めながら、私も普段通りの笑顔を向けた。
(了)
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