雑草系魔法使いの結婚!(KAC2022まとめ)

水城しほ

KAC参加作品

【KAC20221】雑草系魔法使いの転身!(お題:二刀流)

 困ったな、と声が出た。

 ここはファリアッソ辺境伯の屋敷内にある、私専用の魔法薬調合室。

 目の前にあるのは、恋人であるナリク・ウィラーからの手紙。

 そこに「結婚」という二文字があった。


『フィアナ、長い間待たせてごめん。俺と結婚して下さい』


 彼と私が通っていた「アーリエ魔法使い養成所」を卒業して、この春で三年になる。ずっと交際を続けてきたナリクに不満があるわけではない。問題は私が平民で、彼が上級貴族であるウィラー家の次男ということだ。だからこそ、会わずに手紙を送り合うだけだったんだし――その手紙だって、私が故郷で「辺境伯のお抱え魔術師」という職を得たことと、ファリアッソ辺境伯とウィラー公爵が友好関係にあることの二つが重なって、ようやく彼の手元に届いているのだ。

 在学中にお互いの気持ちを確かめ合って、卒業しても離れないと誓い合った。だけど貴族社会って簡単じゃなくて、貴族同士の関係性とか近隣国の情勢だとか、そういったものと結婚が複雑に絡み合っている。ナリクが自分に持ち込まれる縁談を断り続けているだけでも、私にとっては奇跡みたいな話だった。

 もしかしてお許しが出たのだろうか、なんて淡い期待を抱きつつ手紙を読み進めていくと、貴族らしからぬ文体で「結婚できる方法を考えたからさ!」と書かれていた。

 いつでも明るくて、誰にでも優しくて、クラスの人気者だったナリク。貴族社会で生き残れるとは思えないくらいに健全で素直な人。どんな手を考えたのかは知らないけれど、うまく立ち回れるとは思えなかった。

 どうしよう、なんてのんびり考えているわけにもいかない。手紙を届けてくれたナリクの従者、ランデルさんが返事を待っているのだ。

 悩んだ末に『その方法を聞くまで回答は保留!』という返事をしたため、調合用ので焼きあがったばかりのくるみパンを大量にカゴへ入れた。

 テラスでお茶をしているランデルさんのところへ行くと、相手をしてくれていたメイドのマリエラさんが「ようやく覚悟が決まったかしら?」と笑っている。手紙の内容がバレてるんだろう。ナリクの幼馴染でもあるランデルさん、こういう時は口が軽い。


「この書簡とカゴをお渡しして下さい。パンはランデルさんの分もありますからね!」

「ありがとうございます。いい香りですね、使用人の皆と頂きます」

「ええ、ぜひ! ナリク様には二つくらいあげとけばいいですから!」

「あはは、それは恨まれてしまいそうだなぁ……あなたのような方がナリク様のところへ来て下されば、私も安心できるんですがね」

「私は田舎生まれの平民ですから」

「それは……いえ、出過ぎたことを申しました。ですが、我々はその日が来ることを願っておりますよ」


 ランデルさんは笑顔で頭を下げて、それでは、と指輪に祈りを捧げ、一瞬で目の前から消えてしまった。ナリクの傍で働く人たちは移動魔法のかかった指輪を持っていて、馬車で三日の距離をたった一瞬で帰っていく。ナリクが「魔法使い」の資格を持つからできることだ。

 魔法を使って会いに来てよ、そう言ってしまいたい時もある。今回みたいな手紙を読んでしまったらなおのことだ。しかし領内にいきなり貴族の息子を招きいれて、もしも「何か」があったら私の命がない。私がナリクを訪ねるのはもっと無理だ。今は仲良しのランデルさんだって、私が無断で屋敷に忍び込んだとなれば、容赦なく私の首を跳ね飛ばしかねない。

 こんな状況で、ナリクはいったいどうする気なんだろう?


 その日の夕食の時、旦那様が「フィアナに話があるんだけど」と言った。なぜ主人と使用人が晩餐を同席しているのかというと、私が生まれる前に流行り病で妻子を亡くした旦那様は、使用人と一緒に食事をするのが大好きなのだ。私と守衛のニルダさんがいつも一緒に夕食をとり、給仕は常にマリエラさん。先輩二人は旦那様の護衛係も兼ねていて、このお屋敷で誰よりも強い人たちなのだ……あ、いちおう私も入れて「護衛係三人衆」なんだけど、私はたったの三年だから。


「改まってお話って、何でしょうか?」

「うん。フィアナさ、うちの子にならないかなって」

「へ?」

「へ? じゃなくてね。僕の養女になって、貴族の仲間入りしないかって話なんだけど」

「ようじょ……って、養女!? はあぁ!?」


 口にイノシシの肉を入れていた旦那様が、私の叫び声に驚いて盛大にむせた。こんな状況に慣れ切ったマリエラさんは、旦那様の背中をバンバン叩きながら笑いをこらえている。そんな二人を眺めながら、ウィラーの坊ちゃんの差し金だよ、とニルダさんが言った。


「フィアナを養女にしてくれれば、自分が婿入りしてファリアッソ家を継ぐって、旦那様に書簡を送りつけてきたんだってよ」

「ウィラー公爵からも、同様のお話があったと伺っておりますわ」

「聞いてませんけど!」


 半ばパニックで「なんで当事者の私だけ何も知らないんだ」と思ったけれど、違う。貴族同士の話し合いの中では、私なんてただの駒でしかない。辺境伯という重要な地位を持ちながらも跡取りのいない旦那様と、縁談を蹴り散らかしてる問題児を使って影響力を広げたい公爵様。二人の利害が見事に一致したわけだ。

 私の顔を見ながら、ごめんねぇ、と旦那様が間延びした声を出した。


「あっちに送り出してあげてもよかったんだけどね、僕の手元の方が安心できるし……それに、うちの魔術師も続けて貰わないと、ここの領地はいつだって人手不足だから」


 まぁ、そう言われればそうだ。魔力は誰でも操れるものじゃないし、あまり豊かな土地ではないので、魔術を学べる人材はかなり限られている。かといって、他所から招いた魔法使いだと、おいそれと側近にはできないだろう。事情はわかった。


「雑草みたいな出自の私が貴族だなんて、背中がモゾモゾしますけど、旦那様さえよろしいのでしたら……」

「じゃあ決まり。フィアナ、明日から特訓ね」

「と、特訓?」


 旦那様は普段通りの笑顔を浮かべているけれど、何だか嫌な予感がする。この流れで特訓って、ダンスとかテーブルマナーとか、そういう貴族のお作法だろうか……養成所でも少しは学ぶのだけど、私はあまり得意ではなかった。不安しかない。


「それって、養成所でやったようなお作法とか、そういう……?」

「うん、それも当然みっちりやるんだけど、それだけじゃなくてね。ナリクくんを護り抜ける力を身に付けろって、公爵からのお達しでね」

「は!?」

「国境を守る役目を継ぐわけだから、やっぱり心配なんだろうね。一ヵ月後にうちでランデルくんと手合わせをして、フィアナが勝ったらナリクくんは婚約者ってことで」

「それ無理じゃないですか!? あの人ナリクの護衛なんですよ、本気出したら私の首くらい余裕で跳ねますよ!?」

「ただの手合わせだから平気平気。その日の午後はフィアナのお披露目をするから、ダンスも覚えておくようにね」

「無理です!」


 さっきからことあるごとに叫んでる気がするけど、異常事態の連発だ。うっかりナリクを呼び捨てにしてしまったけど、もう誰もそんなことを気に留めてすらいない。


「まあ素敵、伴侶と護衛の二刀流だなんて! お作法については私が指導しますわね!」

「ウィラーの坊ちゃん、フィアナより腕利きの魔法使いなんだろ? 剣術もやっとくといいんじゃないか?」

「あら、レディに剣なんて持たせられませんわ。それよりも暗殺術を叩き込んだ方がよろしいのではなくて?」

「そうだなぁ……でも使えて損はないんだし、両方やらせりゃ問題ないだろ」


 ウキウキで私を鍛える気の先輩方、それを見てすこぶる嬉しそうな旦那様。明日からいったいどうなっちゃうんだ――うひぃと思わず声が漏れ、マリエラさんから「はしたない!」とたしなめられた。


 睡眠時間を削りに削り、大好きなパン作りも我慢して、一ヶ月でひたすら様々なことを詰め込んだ。何もかもが養成所の課題よりハードで、頭も身体も限界寸前だ。ごめんナリク、これでも精一杯やったんだよ……半ば諦めたような気持ちで、手合わせ当日の朝を迎えた。

 普段通りの外套ローブを着て、馬車で到着したランデルさんを迎えに出ると、一緒にナリクの姿があった。見違えるように立派になった彼が、とても遠い存在のように思えてしまう。


「ナリク……様、ご一緒にいらしたんですね」

「ああ、見届けにきた。貴女の勝利を祈っているよ」


 ナリクは人目もはばからず、私の額にキスをした。そして周囲の誰ひとり、それを咎めることはなかった。ああ、そうだ。ここには私の味方しかいないのだ――そう気付いた私に、ナリクが小さくウインクをした。

 手合わせを始めて数分で、ランデルさんは膝をつき、ナリクをよろしく、と私へ囁いた。


 午後になると、ウィラー公爵をはじめとする近しい貴族たちが屋敷を訪れて、ファリアッソ家の養女になった私のお披露目となった。

 着慣れない豪華なドレスを身に着け、マリエラさんに付き添われ、たくさんの人と挨拶を交わし、どうにか無難にやり過ごす。疲れ果てて壁際に陣取り、ダンスに興じる人たちを眺めていると、隣にナリクがやって来て、貴族らしからぬ口調で話しかけてきた。


「よっ、お疲れさん」

「本当に疲れたんですけど!」


 苦情は山ほどあるけれど、こうして言葉を交わせる喜びの方が大きかった。


「ねぇ、ランデルさんが手抜きするって、わかってたんだよね?」

「いいや、ただの賭け。俺の方から負けろって言うと、反発する使用人もいるからさ」

「無茶なんだから!」


 まあ、うっすらとそんな気はしていた。きっと周りの皆が応援してくれるって、心の底から信じてたんだ。

 昔と全然変わらない、権謀術数とは無縁なままの貴族様。

 やっぱり私、ナリクのことが大好きだ。


「フィアナ、一緒に踊ってくれる?」


 うん、と小さく頷くと、ナリクがそっと手を引いてくれた。

 皆に見守られながら、ぎこちなくステップを踏み始めた私を、彼は上手に導いてくれた。


(了)

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