午前2時27分

壱ノ瀬和実

午前2時27分

 暗闇にもったりとした湯気が上った。

 二月末の夜はまだ寒く、自動販売機の缶コーヒーの熱さが手のひらに染みる。

 誰一人いない駅前通り。

 私は一人ベンチに座って空を見ていた。

 ――始発は、まだだろうか。

 終電を逃したことはこれまで一度もなかった。

 大してお酒に強いわけでもないのに一人居酒屋で飲んで、そこまで酔ってはいないけど気分だけは高揚して、気付いたときには日を跨いでいた。

 閉店後も店にいさせてくれるなんて細やかなサービスをチェーン店がしてくれるはずもなく、寒空の下でタクシー料金を調べたら平気で一万円札が飛んでいくという現実に僅かな酔いも覚めた。

 ならばホテルにと思ったが、数時間寝るだけに数千円を払うことを躊躇うくらいには貧乏根性が染みついている。漫画喫茶を探したが徒労。そんな便利な施設が駅前にあるような街ではない。深夜の街に人の明かりは皆無だった。辛うじて街灯はあるけど充分じゃない。

 けれど、とても静かだった。

 ここでなら一夜を過ごすのも悪くないかも知れない。

 そう思って、私は缶コーヒーを両手で包んで真っ白な息と湯気を眺めた。

 もう少ししたらこの火照った身体も冷めていくのだろう。視界を埋めるこの真っ白な景色にも飽き飽きして、さほど明るくもない星空に心を寄せる気分でもなくなる。

 近くに交番があった。あそこに行けば安心と暖かさを提供してくれるだろうか。いや、警察がそんなに優しいとは思えない。ホテルにでも泊りなさいと言われるのが相場だ。お金出してくれるならそうします、なんて返せる胆力も持ち合わせてはいない。

 ほっぺたが冷たくなっていく。寒さはまださほど気にならない。

 夕暮れ頃には騒がしかった椋鳥も今は眠りの中にいる。吐息が耳をそっと撫で、ふと漏らした声は夜の静寂に飲み込まれていった。

 スマホの画面をつけることも憚られる暗闇で、どこかふわふわした頭のまま私は溶け込むようにその世界に生きていた。

 普段なら見えないような夜が見える。いつもなら聞こえない木の葉のざわめきが聞こえる。鼻を通る冷たさとコーヒーの苦み。冬の匂い、夜の空。

 午前二時二十七分。

 夜は長く、真夜中は深い。

 このまま朝が来なくても、それはそれで悪くないのかもしれない。

 全身の力を抜いて夜に寄り添った。

 目を閉じるのは惜しいと思えるほどの世界。

 朝が来るまで、このままいよう。

 静寂に音が響く、その時まで。

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午前2時27分 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam

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