寝顔の代償 ~でもだからってそれはないっ!!
藤瀬京祥
月嶋琴乃に告ぐ
そろそろ寝ようかと大きく伸びをした
カーテンを開けてみれば隣家はカーテンを閉め忘れていたらしく、ベッドの上で、しきりに腕を振っている
幼稚園からの付き合いである文彦は、今も同じ高校に通う同級生。
なにをしているのかとぼんやり眺めていると、文彦も気がついたらしい。
琴乃のほうを見た……と思ったら窓を開けるから、琴乃も慌てて窓を開ける。
「まだ起きてるんだ」
「文彦こそ、何してるの?」
「なにって……」
言い掛けた文彦は、不意に視線を落としたと思ったら 「あ、こらお前!」 と声を上げ、慌てて何かを捕まえる。
それがあまりにも突然だったから驚いた琴乃だったが、文彦の両手に捕まえられた子猫と目が合うと 「その子……」 とつぶやき、次の瞬間には頬が弛む。
「学校で見つけた子!」
その日、学校に迷い込んだ子猫を見つけた文彦と、琴乃と双子の兄弟
木嶋家で飼うかどうかはともかく、この日は文彦が連れ帰ることは琴乃も聞いていた。
文彦はその子猫と、手に持った猫じゃらしで遊んでいるところだったらしい。
「お前、声が大きい。
いま何時だと思ってるんだよ」
ご近所迷惑だろうと溜息混じりに窘める文彦だが、琴乃の耳には届かず。
いきなり窓枠に足を掛けたと思ったら、そのまま飛び出しそうな勢いで身を乗り出してくる。
「わたしもそっち行く。
猫と遊びたい」
「遊びたいっておま、ちょ、危ない!」
二人の部屋が一階にあるならともかく、二軒のあいだはそれなりに距離があり、勢いもなく窓枠を蹴って飛び移るのは少し難しい。
下を見てさすがに琴乃も無理と思ったらしい。
だがそれで諦めないのも琴乃である。
「ちょっと待ってて。
そっち行くから」
「行くってお前、だから何時だと思ってるんだよ?
こいつと遊びたいなら明日来いよ、休みだし」
「大丈夫、ちゃんと文彦ん
さすがに時間も時間だ。
いくら隣とはいえ、出掛けることは家族が許さないだろう。
そう思った文彦だが、窓を閉めるのも忘れたまま琴乃は慌ただしく自分の部屋を出ていく。
その少し後、開けっ放しの窓から月嶋家の会話が聞こえてくる。
「お母さん、文彦の部屋で猫と遊んでくる」
「ちゃんと帰ってくるのよ」
「は~い!」
(……ちょっと待て……)
文彦が頭痛を覚えているうちにも慌ただしい物音が聞こえてくる。
琴乃が玄関を出る音らしい。
さすがに時間が時間だから自分の親は玄関を入れないだろうと思いつつ、大きく息を吐きながら窓を閉めようとしたら 「文彦」 と呼びかけてくる声がある。
いつのまにか琴乃の部屋に、彼女の双子の兄弟である律弥がいた。
長く伸ばしたサラサラのストレートヘアの琴乃に対し、性別と天パが違うだけで同じ顔をした律弥は琴乃の部屋に入り込み、彼女が閉め忘れていた窓から文彦を見ていた。
「俺、ここで見てるから」
「…………はいはい、何もしません」
そもそも自分の両親は、さすがに時間を考えて琴乃を家に入れないだろう。
そう高を括って窓を閉めるが、直後 「あら琴乃ちゃん、いらっしゃい」 という母親の声が階下から聞こえてきた。
「入れるのかよ、母さん……」
猫を解放した文彦は手に持った猫じゃらしで子猫をあやしつつ、目覚まし時計に目をやる。
すでに23時を過ぎている。
明日は休みだから夜更かしはともかく、いくら幼なじみとはいえ琴乃も文彦も16歳。
階下に家族がいるとはいえ、同じ部屋に二人きりになるのは気まずい。
気まずいのだが、琴乃は気にすることなく文彦の部屋に踏み込んできた。
「にゃんこぉ~」
「……マジ来やがった」
がっくりと肩を落とす文彦にお構いなく、その手から猫じゃらしを奪い取った琴乃は張り切って子猫とじゃれ始める。
子猫は子猫で、文彦以上に張り切ってじゃらしてくれる琴乃に大喜び。
さすがにその自慢のストレートヘアに爪を引っ掛けた時は文彦も焦ったが、この調子なら早く疲れて寝てくれそうだと考え、楽しそうにしている琴乃を眺める。
「今日獣医さんに連れて行ったんだけど、やっぱこいつ、野良じゃないみたい。
親もいいって言ってるからうちで飼うことにした」
「そうなんだ」
気のない琴乃の返事は、おそらくろくすっぽ聞いていないからだろう。
本当に楽しく子猫と遊んでいたから、文彦もそれ以上は喋るのを止めて琴乃と子猫の様子を眺めていた。
予想通り子猫は思ったよりずいぶんと早く寝てくれた。
それも突然電池の切れたぬいぐるみのように、コテン……と。
右前肢を前に出し、両後肢を伸ばした状態で……。
(いや、ぬいぐるみっていうよりただの行き倒れだな)
口に出して言えば、そんな寝姿さえ 「かわいぃ~」 と弛んだ顔で見ている琴乃が怒り出すことはわかっている。
だから黙っていることにした文彦だが、どこをどう見ても行き倒れである。
しかも遊び終えて満足したはずの琴乃が自分の家に帰らない。
何度か帰るよう促したものの……それこそ言葉に出して率直に 「もう帰れよ」 といったのだが、琴乃は 「もう少しだけ」 を繰り返し帰ろうとしないのである。
子猫を起こさないよう小さな頭を撫でたり、細い背を撫でたりしている琴乃をしばらく眺めていたが、喉が渇いた文彦は一階に下り、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを二本、手に持って部屋に戻る。
その所要時間、約2分。
たったの2分で琴乃までが文彦の部屋の床で眠っていた。
(……勘弁してくれ……)
しかも琴乃までが子猫と遊び疲れてしまったのか、いくら耳元で呼んでも体を揺すっても全く起きる気配がない。
諦めた文彦は、まずは行き倒れ状態の猫を拾い上げ、部屋の隅に置いてある段ボールに、中に入れていたタオルにくるむように寝かせる。
そして琴乃を抱え上げ、自分のベッドに寝かせて蒲団を掛ける。
それからベッドを背もたれ代わりに床にすわると、ようやくのことでペットボトルの水を口に含む。
(これから俺はどうしたらいいわけ?)
一息吐いたところで途方に暮れる。
ここで
でも律弥のことはちゃんと頭の隅に残っており、迂闊なことは出来ず。
すぐそこに、無謀に眠る琴乃がいる。
けれどその向こう側でシスコン
せめて……と手を伸ばした文彦は、シーツの上でうねる黒髪にそっと触れる。
最初はそっと触れるだけ。
けれど気がつくとその髪を指にからめて握りしめていた。
そうして琴乃の寝顔を見ているうちにいつのまにか文彦も眠っていたらしい。
気がつくとすっかり夜が明け、ベッドから琴乃の姿は消えていた。
先に目を覚まして自分の家に帰ったのだろう……と思ったら、一階に下りた文彦を驚かせる。
彼女が何食わぬ顔で木嶋家の食卓に着いていたからである。
「あ、おばさん、文彦も起きてきたよ」
そう言って客用のお茶碗で、なぜか赤飯を食べていたのである。
琴乃に声を掛けられた文彦の母親は 「おはよう」 といつもどおりだが、なぜか文彦の茶碗に、やはり赤飯を山と盛るのである。
「赤飯?」
「このお赤飯、うちのお母さんとおばさんの共同作業だって。
美味しいよ」
「そ……そうですか……」
いつもの自分の席にすわる文彦は、差し出される茶碗を受け取るも差し出す母親の顔を見ることが出来ない。
顔を上げることが出来ず、受け取った赤飯が山と盛られた茶碗を、強ばる顔で見つめ続ける。
(この赤飯、なんか意味があるのか?)
しかも木嶋家の母と月嶋家の母の共同作業で炊かれたという。
あまりにも意味深すぎるのだが……
(怖くてなにも訊けない……)
ー了ー
寝顔の代償 ~でもだからってそれはないっ!! 藤瀬京祥 @syo-getu
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