企みの果てに……
茂平次が姿を消した……ことを聴いた谷沢甚右衛門は、
「どういうことだ? 丸目を呼べぇ!」
と、
……ふた月前、永沼中老の政敵と
その中老は、親族の娘を側室に出していたのだが、永沼中老が江戸のご正室さまの信頼を勝ち得たことに大いに危機感を抱いた。その娘が男子を出産していた。側室が産んだ子は、庶子とされる。江戸にいる嫡子が、かりに病死すれば、庶子でも
……つねにそういった内憂と向かい合わせである。
どうやらこのとき、某中老に呼ばれた中﨑茂平次は、ある使命を与えられたようであった。その報酬がなにか、何と交換に何を引き受けたのか、それは谷沢には分からない。
(いや、まてよ……丸目の奴、おれを
谷沢の
(正室派のおれの失脚を
ふと、そんなところまで、谷沢の思念が及んだ。かつての剣の同門ゆえ、丸目吉之助がどの派閥に属していようが、かれはそのことにほとんど
(おれとしたことが……ぬかったわぃ)
丸目を捜し出し、目の前に引きずって来いと、谷沢は叫んだ。しばらくして、
ひとは追い詰められると、本来ならば決してとらない行動に
寺町へ続く民家群を抜け、寺社の瓦が目に入ったとき、道を
丸目吉之助である。
「お、おまえ……よくも……」
谷沢が叫んだ。
にやりと丸目は頬をゆがませた。が、なにも発しない。それどころか、すでに丸目は抜刀している。
もともと鹿島新當流の祖、塚原
ところが谷沢が
「む、む……」
谷沢は
斬られた……とおもったその刹那、丸目の剣が停まった。
「や……!」
発したのは、谷沢であったか、丸目であったか……。
こんどははっきりと丸目が叫んだ。
「ちっ……
そのことばに谷沢が振り向くと、確かにあの田原総一朗の姿があった。
しかも、
総一朗の隣に佇んでいたのは……山﨑茂平次である。
「茂平次っ!」
呼びかけたのは、丸目であった。
「まだ、遅くはないぞぉっ! 田原を斬れっ! おれは、谷沢を
生死を賭ける場において、ひとが
ところが、
「……わしは、この米寿さんに説き伏せられてしもうたのよ」
「な、なにをほざく!」と、丸目が応じる。
「
ごんどはややきつい語調で茂平次が言った。
「ちっ、茂平次よ、これまでなにもかもを
「だから、米寿さんに口で打ち負かされたと申した」
「ふん、どこまでも不甲斐ない奴め」
やりとりの
総一朗であった。
……総一朗は抜刀と同時に、丸目の
瞬時に、総一朗の刀身の切っ先は地についている。
田原流
朝の船出を見送る麗美人を、おのが
「……ほ……ほぅ」
感嘆の息が
当然、丸目……ではない。
茂平次である。
ところが、そんなざわめきも丸目の聴覚には入らない。すでに、総一朗の秘剣が生み出した幻の麗美人の姿を丸目は
「ぎゃあ」
丸目はおのれが叫んだことすら自覚はなかった。ただ、このとき、かれの目には岸辺に佇んで
急所は
右手から放たれ地に落ちたおのれの長刀を拾う余裕もなく、丸目は駆け去っていった……。
刀を鞘に納めた総一朗が振り返ったとき、谷沢甚右衛門の視線と合った。
ところが、とんと総一朗には見覚えがなかったようで、そのまま茂平次のほうを向き、軽く一礼をしてから歩き出した。
「けっ……」
と、悔しがったのは谷沢であった。
「あ、あいつ、おれの顔を覚えていないのか」
すると、茂平次が相変わらず低い声でぼそりといった。
「米寿さんは……お
そう言って
「待て……一つ、聴かせてくれ。あの米寿侍は、どう言っておまえを説き伏せたのだ」
やはりそれが谷沢には気掛かりで仕方ない。問われた茂平次は、はたと足を停め、
「……譲りの茂平次の名を返上し、これからは、
再び歩き出した茂平次を谷沢はなんとも言えない気持ちで見送った。
(負けた!)
と、おもった。田原総一朗に完敗した。そう率直に認めることができたとき、なにやら清々しいまでの風がおのれの胸に舞ったのを谷沢は感じた。長年、取り
(第二話・了 )
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