企みの果てに……

 茂平次が姿……ことを聴いた谷沢甚右衛門は、

「どういうことだ? 丸目を呼べぇ!」

と、あたかまわず怒鳴り散らした。江戸からの帰参組の仲間を呼び寄せ、中﨑茂平次と田原総一朗のの様子を知っている者を捜させたが、それとは別に意外な事実が浮かび上がってきた。


 ……ふた月前、永沼中老の政敵ともくされていた中老の一人が、夜半、ひそかに中﨑茂平次を屋敷に招き入れた。仲介したのが、丸目吉之助であった。

 その中老は、親族の娘を側室に出していたのだが、永沼中老が江戸のご正室さまの信頼を勝ち得たことに大いに危機感を抱いた。その娘が男子を出産していた。側室が産んだ子は、庶子とされる。江戸にいる嫡子が、かりに病死すれば、庶子でも後嗣こうしとなる可能性はなくもない。諸藩のおいえ騒動というものは、おおむねそういう事情を背景にし、男子が複数ある場合は、それぞれの外戚がいせきや重臣の派閥が支援に回る。

 ……つねにそういった内憂と向かい合わせである。

 どうやらこのとき、某中老に呼ばれた中﨑茂平次は、ある使命を与えられたようであった。その報酬がなにか、何と何を引き受けたのか、それは谷沢には分からない。

(いや、まてよ……丸目の奴、おれをめたのか……)

 谷沢の体躯からだが震えた。

(正室派のおれの失脚をかくしていたのか……いや、まさか、このおれを茂平次にたおさせようとしたのではあるまいな……)

 ふと、そんなところまで、谷沢の思念が及んだ。かつての剣の同門ゆえ、丸目吉之助がどの派閥に属していようが、かれはそのことにほとんど斟酌しんしゃくはしていなかったのだ。

(おれとしたことが……ぬかったわぃ)

 丸目を捜し出し、目の前に引きずって来いと、谷沢は叫んだ。しばらくして、の者に任せておけず、単身で寺町へ向かった。丸目の家はそのあたりにあったはずである。

 ひとは追い詰められると、本来ならば決してとらない行動にはしってしまうことがある。まさにこのときの谷沢甚右衛門がそうであった。

 寺町へ続く民家群を抜け、寺社の瓦が目に入ったとき、道をふさいでたたずんでいた人物……を、谷沢はた。

 丸目吉之助である。


「お、おまえ……よくも……」

 谷沢が叫んだ。

 にやりと丸目は頬をゆがませた。が、なにも発しない。それどころか、すでに丸目は抜刀している。長刀ちょうとうである。

 もともと鹿島新當流の祖、塚原卜伝ぼくでんは、つかを含めないの長さだけで三尺(約1m前後)はある長刀を好んだと伝わる。その流れを一羽いっぱ流も、それにならっていた。

 ところが谷沢がいていたのは、道中刀どうちゅうかたなで、愛用の長刀は江戸に置いてきていた。ここで丸目と立ち合えば、結果は歴然である。まして丸目は日々の修行を欠かさずにいたはずである。江戸で人とのつきあいごとに奔走していた谷沢との腕の差は明らかであった。

「む、む……」

 谷沢は躊躇ちゅうちょした。

 斬られた……とおもったその刹那、丸目の剣が停まった。

「や……!」

 発したのは、谷沢であったか、丸目であったか……。

 こんどははっきりと丸目が叫んだ。

「ちっ……米寿侍べいじゅかっ……!」

 そのことばに谷沢が振り向くと、確かに田原総一朗の姿があった。

 しかも、一人いちにんではない。

 総一朗の隣に佇んでいたのは……山﨑茂平次である。

「茂平次っ!」

 呼びかけたのは、丸目であった。

「まだ、遅くはないぞぉっ! 田原を斬れっ! おれは、谷沢をるぅ! それですべてがうまくいく。本当だ、茂平次、約定はたがえぬぞぉ」 

 生死を賭ける場において、ひとが饒舌じょうぜつになるのは、往々おうおうにしてある。喋り続けることで、次のおのれの行動を見定めようとするのである。

 ところが、湯呑遊山ゆのみゆさんの途中で通りがかったかのような口調で、ぼそりと茂平次が言った。

「……わしは、この寿に説き伏せられてしもうたのよ」

「な、なにをほざく!」と、丸目が応じる。

あきらめよ、丸目! 同門のよしみだ、このまま藩を去れぃ」

 ごんどはややきつい語調で茂平次が言った。

「ちっ、茂平次よ、これまでなにもかもを他人ひとに譲り続けてきたおまえが、いまさら、どうして……」

「だから、米寿さんに口で打ち負かされたと申した」

「ふん、どこまでも不甲斐ない奴め」


 やりとりの間隙かんげきって、突き進んできたのは丸目である。その太刀を止めたのは、茂平次……ではない。

 総一朗であった。

 ……総一朗は抜刀と同時に、丸目の一閃いっせんけた。と同時につばに添えるようにして左手を上、右手を下にしてつかを握り変え、そのまま柄頭つかがしらを右手のてのひらのなかに包み込んだ。

 瞬時に、総一朗の刀身の切っ先は地についている。


 田原流 朝待あさま生手なまて麗美れびの構え



 朝の船出を見送る麗美人を、おのが生手なまてでつかまえ、待て待て……と名残りを惜しむ風情ふぜいに見立てた、総一朗独自の工夫で編み出した秘剣である。船をのごとく、土を掘り返す鉄槌てっついのごとく、自在に綿布を縫う針のごとく、おのれの殺気を、あたかも忽然こつぜんと現れた幻の麗美人の姿のなかに埋没させてしまうのである。

 

「……ほ……ほぅ」


 感嘆の息がれた。

 当然、丸目……ではない。

 茂平次である。

 ところが、そんなざわめきも丸目の聴覚には入らない。すでに、総一朗の秘剣が生み出した幻の麗美人の姿を丸目はてしまっていたのであった。船出を見送られるのは、おのれであったか、それとも……と、丸目の思念がそこに流れたとき、総一朗の剣が丸目の右肩から腕にかけて炸裂していた。


「ぎゃあ」


 丸目はおのれが叫んだことすら自覚はなかった。ただ、このとき、かれの目には岸辺に佇んで麗美れいび薄笑うすわらう女人の姿が脳裡に焼き付いていたのだったかもしれない。

 急所ははずれていた。総一朗の配慮であったかもしれない。

 右手から放たれ地に落ちたおのれの長刀を拾う余裕もなく、丸目は駆け去っていった……。


 刀を鞘に納めた総一朗が振り返ったとき、谷沢甚右衛門の視線と合った。

 ところが、とんと総一朗には見覚えがなかったようで、そのまま茂平次のほうを向き、軽く一礼をしてから歩き出した。

「けっ……」

 と、悔しがったのは谷沢であった。

「あ、あいつ、おれの顔を覚えていないのか」

 すると、茂平次が相変わらず低い声でぼそりといった。

「米寿さんは……おぬしの命の恩人ぞ。そのこと、終生、忘るるべからず」

 そう言ってきびすを返した茂平次を、谷沢は呼び止めた。

「待て……一つ、聴かせてくれ。あの米寿侍は、どう言っておまえを説き伏せたのだ」

 やはりそれが谷沢には気掛かりで仕方ない。問われた茂平次は、はたと足を停め、含羞がんしゅうの笑みを満面にたたえてつぶやいた。


「……譲りの茂平次の名を返上し、これからは、強請ゆすりの茂平次として生きてはどうか?……と、ま、こう囁かれてしもうたわ。ふふふ、おもしろい男だ、米寿さんは……」


 再び歩き出した茂平次を谷沢はなんとも言えない気持ちで見送った。

(負けた!)

と、おもった。田原総一朗に完敗した。そう率直に認めることができたとき、なにやら清々しいまでの風がおのれの胸に舞ったのを谷沢は感じた。長年、取りいていた邪気をはらってくれる米寿風べいじゅふうなのだとおもった。


            (第二話・了 )


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