真剣勝負
あろうことか両足ともつま先立ちになって、双方の
善右衛門は剣を頭上に振りかざすのではなく、おのが体幹の一部であるかのごとく右肩と並行に天を
それだけに、総一朗も次の動作を相手に予測させない虚無の構えをとるしかない。
……総一朗は抜刀と同時に、
奥山一刀流に総一朗なりの工夫を加えあみだした、
田原流
……である。
朝の船出を見送る麗美人を、おのが
それはまた、船を
ところが……。
総一朗のこの風変わりな構えをみた善右衛門は、ふいに浮かしていた
「や」
息を吐きながらつぶやいたのは、総一朗のほうであった。
こんどは善右衛門が構えを変えた。
それはそれで、臨機応変の妙というもので、小此木善右衛門が
「
つぶやいたのは、総一朗である。
構えを元に戻し、息を吐いたのち、刀をゆっくりと鞘に納めた。
「小此木様……わたしの負けです」
あっさりと総一朗は
すると、総一朗の動きに合わせ、
「ふぅほぉ」
と、善右衛門がつぶやいた。
同じように鞘に納めると、じっと総一朗の顔を睨んだ。とはいえ眼光にはやわらいだ気配が漂っていた。
「……いや、これは、
「は……?」
「いや、このまま
「いえ……さようなことは……決して」
「なんという
「
「は……?」
「いえ……なんでもありません」
「お
言ったあとで善右衛門は突然破顔した。童子のようなあどけない笑いである。
「ふうむ……どうしてもここから
「あ……居座るのには、なにか深いご事情でも……?」
率直に総一朗はたずねる。どうやら善右衛門は、屋敷を手放すことを惜しんでいるような人物ではないと総一朗は見てとった。
「武士の意地……とでも申さば、理解してもらえようか」
善右衛門は
「……意地とは、また、重たい響きでありますな」
「ま、そのあたり、いまとなっては
「はい……わたしでよければ」
素直に総一朗はうなづいた。善右衛門が口にした〈米寿さん〉という呼びかけに含まれている敬意を感じとったからである。
「ま、せっかく来たんだ、酒でも
「ええ、よろこんで……」
意外な展開に総一朗はむしろ心躍る心持ちになりかけていた。久方ぶりに抜いた刀の手応えがこころの
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