第2話 「肝試ししようぜ!」

暗闇の中で――。



【2、屋敷の主人】




 小さな山の麓に屋敷がある。古めかしいそれは、元の住人が不在になって久しい。

 所々割れた窓、壁には蔦が這い、庭の雑草は伸び放題。夜になるとコウモリが飛び交い、住人が居ないはずの屋敷の窓に、たまに人影が映るという。地元では有名な《幽霊屋敷》だ。

「ぅえー…マジで行くの!?」

「嫌なら来なくても良いから」

 その日の夕暮れ時、《幽霊屋敷》の前には二人の訪問者がいた。

 友人についてきたものの屋敷に入るのは遠慮したい眼鏡の少年と、やたら目を輝かせて侵入する気満々で屋敷を見つめる茶髪の少年だ。

「目撃証言多数の心霊スポット! 最高ー!」

「……普通、近付こうとも思わないよ。だいたい、こんな田舎の山奥の屋敷なんて……どうやって見つけたのさ」

「世界の情報網と噂」

「………噂ぁ!?」

 そうこう言っている内に、茶髪の少年は門をくぐっていた。

「おっじゃまっしまーす」

 眼鏡の少年も慌てて後を追う。

 閉じられる玄関扉の外で、二台の自転車が持ち主の背中を見送った。


 所々軋む廊下を進む。

 先を照らすのは月明かりと手元の懐中電灯のみ。

「……ていうか、懐中電灯持ってきてたんだ…」

「リュックの中にはお菓子も買ってきてある」

 自信満々な声のように聞こえたが、果たしてそれは正しいのかどうか。

「よくこんな所で菓子食う気になれるな……」

「腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃん」

「いや、戦う気ないし」

 そんなやり取りをしながらたどり着いたのは廊下の最奥。階段を上り、二階のにある二つの扉の内、階段から近い方を選んだ。

 ギィ …

 静寂の中、かすかな音に鼓動が速くなる。

 扉の向こうには――何も無かった。あるにはある。が、懐中電灯で照らしても、入口から覗いただけでは分からない。

 扉を開け放した状態で中に入り、入口からではよく分からなかったものを眺める。

「……ぬいぐるみ…?」

 床に山と積まれていたのは、布が裂け、綿の飛び出たぬいぐるみの残骸だった。

「ひっでー…」

 つまみあげた布は随分くたびれていて、手で簡単に裂けてしまった。

 手を叩き、埃を払う。

「次の部屋、行こう」


 どの部屋に行こうと、纏わり付く気味の悪さは変わらないだろうが、少年達はぬいぐるみの部屋から出て、扉を閉めた。

 かさりと音を立てたのは、鼠だろうか。


 ぬいぐるみの部屋から数歩先、階段から二つ目の扉を開ける。

 開けた。途端に二人の動きが止まった。

 ベッド、文机、本棚――本で読む物語に出てきそうな家具に囲まれて、部屋の中央に鎮座する棺桶。五角形を縦に伸ばしたような形は、漫画やゲームでしか見たことがない。

 怖さと物珍しさが入り交じる。

「…ほ、本物?」

「何でこんな所に…?」

 ぐるりと棺の回りを見てから蓋に手をかける。

「いや、それはさすがにヤバイって! 襲われるパターンだって!」

 眼鏡の少年が必死になって止めようとするが、茶髪の少年に諦める気配はない。

「ミイラでもゾンビでもかかって来いっ!」

 勢いを付けて蓋を持ち上げた。


「ぅわぁ……」

「……」

 これは人形だろうか。

 そう思ってしまうほど綺麗な状態で横たえられた人物がそこにいた。

 体格からして男。しかし伸びた黒髪はさらりと流れて、瞼を縁取る長い睫毛も、滑らかな頬の肌も、とても作り物とは思えないほどだ。

 恐る恐る、頬に触れる。柔らかい。しかし、冷たい。

「よく出来た人形だなー」

「ボクは人形じゃあない」


 時間が止まった。


「…………え?」


 ようやく出せた一音。

 棺桶の中から、二つの金色が少年達を見つめる。


「ぅ……わ……」


 慌てて後ずさり、棺桶から離れる。

 棺桶に眠っていた動く人形はゆっくりと体を起こす。

 壁にへばり付いて見ていた少年達は耐え切れなくなったのか、人形が体を起こしきった時には競うように部屋から逃げ出した後だった。

「……」

 ぼんやり月を眺めながら、人間には聞き取れない音で回りにいる者に問いかける。

『あの二人は何?』

『人間の子供です』

『肝試ししにきたようです~』

『隣の部屋にも入られました~』

「……またか」

 ふわぁ…と欠伸を一つ零してから立ち上がる。

「ん――……っと」

 腕を持ち上げ、指先から爪先まで伸ばす。

『お出かけですか』

『お食事ですか』

 回りを飛ぶコウモリ達が口々に尋ねる。

『食事』

 一言で答え、窓辺へ向かう。

『ナハト様』

「ん?」

 名前を呼ばれ、窓に手をかけたまま振り返る。

 他のものより一回り大きなコウモリがすぐ後ろに控えていた。

『今宵は山の裏側で祭が開かれております』

「うん。見てくるよ」

 窓に足をかけ、すぐに思い出したように部屋へ戻る。

 棺桶の底から引っ張り出して来たのは使い込まれた闇色のマント。

「これがないと」

 マントを羽織り、窓に足をかける。そして、ふわりと飛び降りた。

 音もなく着地して門を出る。

「あー…お腹空いたぁー…」

 空を仰ぎ、大きな独り言を零して歩き出す。目指すは山向こうの祭の会場。と、その周辺。

「かわいい子、居たら良いなぁー」


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星の行く末、深淵の原 燐裕嗣 @linyuushi

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