夜に月/朝に海/星に光

狼二世

夜に月/朝に海/星に光

 世界は夜だった。

 ぼくがこの世界に生まれた時から、世界に太陽は存在しなかった。

 ぼくの周りには誰かいたのかな。真っ暗闇で何も分からなかった。

 ただ、灯りが一つだけあった。まん丸な光が遥か彼方で輝いていた。

 歩いたのかな、泳いだのか、それとも飛んだのかな。


 ただ、光に向かって進んだ。

 そうしたら、光の主はぼくに微笑んでくれた。


「はじめまして、私は月。皆にはお月さまと呼ばれているわ。

 真っ白な迷い子さん。あなたの名前は?」


 分からないよ、そう答えたらお月さまはクスリと笑う。


「それなら、一緒に考えましょう。

 太陽が起きてのなら、世界には沢山の命が溢れるのだから。自分の名前くらいは憶えておかないと」


◆◆◆


 お月様は沢山のことをぼくに教えてくれた。

 この世界はまだ、夜なこと。頑張りすぎた太陽は長い間お休みをするって言って、大地の下に沈んでしまったのだと。

 いつか海に塩と水が満ちた時、また世界に朝が訪れるのだと。


「あれは物知りの梟さん。あれは好奇心旺盛な夜霧さん」


 月の光に導かれるようにたくさんの命が訪れて、ぼくたちに話かけてくれる。

 千の命に出会い、万の言葉を重ねる。

 いつしか数えることも忘れても、ぼくたちは月に照らされて存在し続ける。


◆◆◆


 ある日、潮の匂いが鼻をくすぐった。

 いつかの言葉を思い出す。

 海に塩と水が満ちた時、再び太陽は昇るだろうと。


 月はうっとりしたように言う。


「白く輝くモノと一緒に朝を迎えられるなら、これ以上に幸せなことはないでしょう」


 白く輝くモノ、とは誰だろう。

 ぼくの心はちょっとだけ痛んだ。だけど飲み込んで考える。

 お月さまが朝を迎えるとき、隣に居るべきモノ。どこに居るのだろう。探し当てたら喜ぶのだろうか。


◆◆◆


 潮風が吹き始めた。

 夜の世界を飛んで何かを探す。

 だけど真っ暗で何も分からない。


「やれやれ、何をさがしているのかな」


 物知りの梟が声をかけてくれた。


「探しているんだ、白く輝くモノを。

 お月さまはそのモノと朝を迎えたいんだって」

「ほほ、それは酔狂」


 暗くてよく見えないけど、目をまん丸にして驚いているみたい。


「今すぐに戻りないさい」

「でも」

「大丈夫、梟が間違ったことを教えたことはないだろう」


 羽ばたきの音がした。音だけを残して梟は消えていった。

 ぼくはどうしようか迷った。

 次に何をしようかと考えた時、お月さまの笑顔を思い出した。


◆◆◆


 光を頼りにお月さまの元へと帰る。

 心なしか、お月さまの輝きは小さくなっているようだった。


「あっ」


 ようやくたどり着いた時、弱々しい輝きが煌々と強くなった。

 梟が言ったことは、きっと正しかった。


「よかった、間に合った。

 ほら、空が白んでいくわ」


 暗闇の世界に光が差す。

 足元にはまだ凪の海が広がっている。

 水面にぼくの姿がうつる。

 真っ白な星が、お月さまと並んでいた。


「ほら、朝が来るわ」


 太陽が目覚める。

 水平線の先に光が生まれると、海に波が生まれた。


「さあ、一緒にいきましょう。また夜が来れば、月と星は共に空に輝くモノなのだから」

 

《了》

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夜に月/朝に海/星に光 狼二世 @ookaminisei

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