西尾だけが絶対にボケてはいけないアルバイト奮闘記

@ore_strawberry

新人アルバイトはヤバめな子!?

 

 レストラン緑月みどりづき


 国道沿いに店を構える一般的なファミレスよりは少しだけお高いメニューが並ぶ洋食屋。


 もちろんその分味は折り紙付き。


 店の裏手にあるゴミ捨て場の横にある従業員入り口から控室へと入る。

 

 ロッカーで着替えを済ませてタイムカードを押し、店のスタッフたちとの挨拶を交わしてホールへとでる。


 「いらっしゃいませ!」


 今日もアルバイトは元気よく始まる。


 ☆


 「西尾くん、西尾くん、西尾太一くん。ねぇねぇ、聞いた?」


 午前11時、店を開いたばかりの店内にはまだお客様の姿はない。


 後ろから興奮気味に話しかけてきたのは西尾太一のバイトの先輩、辻村勇作である。こんな風に西尾に対して仕事中もお構いなしで隙を見ては雑談に興じようとする人間は他にいない。


 「辻村先輩、仕事中ですよ。それに、『聞いた?』だけじゃ分かりませんよ。何か大事な話ですか」


 「大事な話と言えば大事な話さ。僕たちのバイト人生を大きく揺るがす大事件だよ」


 「へぇー。そうですか」


 辻村は物事を大きく言うところがるので西尾は今一つ話に身が入らなかったが、無視をするわけにもいかないので生返事を返した。


 「いいのかなぁ、西尾くん。僕は物凄い情報を手に入れてしまったんだよ。君はそれを聞かないでいいのかなぁ。もったいないなぁ」


 それでも辻村はしつこく話しかけてくる。


 きっと西まともに取り合うまでこれを続ける気だろう。


 当然気乗りはしていないが、これ以上鬱陶しくされても困るので一旦西尾は辻村に取り合うことにした。


 「分かりました。西尾聞きます。興味あります。重大事件が気になって仕事に身が入りません」


 すると満足気な顔を浮かべた辻村は今度はニヤニヤとし始めた。


 「よしよし西尾くん。そんな君を仕事に集中させてあげるために僕が一肌脱ごうじゃないか。……今日、新しくバイトの面接を受けに来る子がいるんだってさ!」


 仕事に集中できないのはあんたが話しかけるからだろ、とツッコみたくなったがここで乗ってしまえば西尾も無事辻村の仲間入りである。喉元まで出かかった言葉は心の中にとどめておいた。


 声を潜めて耳打ちをするように言うので何のことかと思えばやはり大したことはなかった。


 「バイトの面接でしょう?まだ入ったわけじゃないんですから、そんなに大ニュースですかね」


 「でもさ、バイトの面接で落ちる人間がいると思う?大体受かるよね。ってことは未来のバイトの仲間の顔をいち早く拝んでおきたいと考えるのが普通じゃないかー」


 どうしてそんなことも分からないのだ、とでもいうような顔で辻村はいう。


 確かに募集していない店に面接を受けに行くのでない限りバイトの面接で落ちる人間などほとんどいないということについては同意見なので将来のバイト仲間が見れるという点に関して言えば一理ある。


 つい先週、長いことここ緑月で働いていた主婦の人が辞めていってしまったので新たに人員補充をすることは言われてみれば分かりきったことだった。


 「まぁ、確かに気にならないと言えば嘘になりますけど。どちらにせよ正式にバイトに入ったらいつかはシフトが被って顔を合わせるでしょうし、何も今そんなに焦って確認しなくても……」

 

 「つれないなぁ、西尾くんは。まぁとにかく、面接に来るのは夕方3時ごろらしいからまだまだだしね。今は仕事に集中しようか」


 仕事に集中しなきゃいけないのはあんたの方だろ、と再びツッコみたくなったが、ようやく会話が終わりそうになったのにも関わらず自分から燃料を透過することは避けなくてはならない。西尾は黙って仕事に戻ることにした。


 ☆


 午後三時、辻村先輩によると新しいバイトの面接が行われるであろう時間である。


 昼の一番店が混む時間帯を過ぎた店内に客の姿は数えるほどしかおらず、丁度手も空いていたのでなんとなく店の入り口を眺めていると、緊張した面持ちで店に入ってこようとする一人の女の子の姿があった。


 女のことは言っても子供や中高生といったような感じではなく、服装やメイクをしていることから大学生くらいにみえる。


 「いらっしゃいませ」


 もしかしたらアルバイトの面接を受けに来た子かもしれないとは思いつつ、ただ食事をしに来ただけの客の可能性もあるため、西尾は形式的に挨拶をした。


 「あの、アルバイトの面接を受けに来た桃瀬なんですけど………」


 「はい、アルバイトの面接ですね。ではこちらの席にお掛けになってお待ちください」


 予想通りアルバイトの面接を受けに来た子だったので空席の一つに案内して座らせ、店長を呼びに行く。


 「店長、アルバイトの面接を予定している子が来ましたよ」


 「はいはい今行きますよー」


 声をかけると店長は無精に伸ばした髭をポリポリと触りながらそう言った。


 店長は40代半ばの中年男性で、だらしなく伸ばした髭さえなければ背も高く、ピシッとキッチンに立って料理をしている姿は『イケてるオヤジ』なのだが、本人は見た目をあまり気にしていないらしい。


 返事をすると何か紙とペンのようなものを持って女の子の待つテーブルへと向かっていった。


 「西尾くん、遂に来たね新人ちゃん!」


 「また辻村先輩ですか、ってまだ新人にもなってませんけどね」


 「またってなんだよ、またって。いいじゃない、今は人もまばらで手も空いているんだしさ。……それよりさ、なんだか可愛い子じゃない?どんな子かと思ったらとっても可愛い子じゃないか」


 西尾は辻村に言われて遠目から桃瀬と名乗った女の子をもう一度見てみると、確かに顔は整った美形をしている。


 「それじゃあ西尾くん、行こうか」


 「え、どこにですか」


 「そりゃ、面接の偵察だよ」


 辻村は自信満々に言った。


 「いやいやいや、だめだめだめ!こっちは仕事もありますし、第一面接を盗み見るような真似は失礼ですよ。ばれたら店長に怒られますよ!」


 「怒られない怒られない。だってあの適当な店長だよ?怒るどころか感想を聞いてくるんじゃないかな」


 「うっ…………」


 そう言われてしまうと確かにそんな気もしてくるので言い返すことが出来なくなってしまった。


 (まったく、こんな言葉で納得させないでくれよ、店長!)


 そんなわけで西尾と辻村は面接をしているテーブルの裏手に回って面接の様子を観察することになった。


 「えー、そうだねぇ。履歴書は貰っているけれど一応名前、くらいは自分の口から言って貰おうかな」


 「はい。桃瀬千代子ももせちよこです。よろしくお願いします」


 「うんうん、ありがとう」


 面接は順調(?)に進んでいるようだった。


 (おいおい、あの店長あんなに適当に面接してんのかよ。本当に人を見る気あるのか?)


 (いやいや、西尾君。僕たちの時の面接も同じようなもんだったでしょ。緊張してて覚えてないかもしれないけれどさ)


 (そうですけど……。客観的に見るとこんなに酷いんですね。店長やる気なさすぎるでしょ)


 西尾と辻村先輩は声を潜めて姿勢を低くしたままほとんど面接をしている店長の背後で潜んでいる。


 (辻村先輩、これ相当リスキーじゃないですか?面接を盗み見ているのや盗み聞きしているのが怒られなかったとしても、ここでこうしていることについては弁論の余地なく怒られると思いますけど!)


 (だからこそだよ!西尾君!こんなところで聞いているなんて誰も思ってないだろう!)

 

 (それよりもまずこんなところでサボっていることに驚きだと思いますよ)

 

 そんなことをひそひそ話でしている間にも面接は進行している。


 「うーん、じゃあ次は志望動機を教えて貰える?」


 「はい。実は私は小さい頃からこの店には何回も来たことがあって。ある時私は派手に料理をこぼしてしまったことがありました。その時の店員さんの対応が優しくて、手際が良くて、私もこんな風になりたい、って思うようになったんです。それで、今回バイトの募集を見てすぐに応募しました!」


 (中々いい子じゃない、ねぇ西尾君)


 (はい、まぁ……。僕はバイトの面接に来た子がどうこうっていうのはあまり気にしていないんですけどね………)


 「なるほど、なるほどー」


 (店長、あの人真面目に話聞いてないだろ、絶対)


 (そんなことないと思うよ、だってさっきから手に持った紙に必死に何か書いているもん。ここからじゃよく見えないけど。西尾君、ちょっと見てくれないか)


 (何で僕なんですか!自分で見てくださいよ!辻村先輩が言い出したんでしょ!僕は紙に何が書いてあるかなんて気になってません!)


 (仕方ないな………。じゃあ、じゃんけんだ)


 (もー、なんでこうなるんですか………)


 西尾にとっては不利でしかないものの、じゃんけんと言われれば何となく平等な機会を得られたと勘違いして乗ってしまった。


 (じゃあいくよ、………じゃん、けん、ポン)


 西尾はグー。辻村はパー。

 

 (イェスッ!!)


 (いや、イェスッ、じゃないですよ。辻村先輩!声大きいですし!もぉなんでこうなるんですか)


 (ほらほら、敗者に口なしだよ西尾君。黙って覗いてみてくれ)


 (くっそー…………)


 西尾は恐る恐る店長の背後から紙を覗き見る。


 顔、マル。胸、マル。声、マル。


 とだけ書いてあった。


 (僕たちよりも失礼な奴いた―!!!何書いてやがるんだあのエロオヤジ!!!面接中にトンデモねぇこと書いてんじゃねぇよ!何考えてやがんだあの店長!!)


 西尾は衝撃メモの内容に椅子の陰から飛び出しそうになったが、なんとか堪えて辻村の横へと戻った。


 元の隠れた位置まで戻るとそこには満面の笑みで待ち構える辻村の姿があった。


 (で、で、どうだった!?なんて書いてあった?)


 (い、いや。その、え、英語で書いてあってこの距離と状況ではいまいち正確に確認できませんでした……)


 もし仮にも辻村に事実を伝えようものなら事件になるのは目に見えていたので西尾は勢いであまりにも適当にごまかしてしまった。


 (……え、英語で………。なるほど、店長は実はすごい人だったんだな。よくやった西尾君)


 そして辻村はいとも簡単にそれを信じた。


 (いや、たしかに違う意味ですごい人だったけど!まぁこの際どっちでもいいか…)


 西尾が適当に誤魔化した説明を辻村が鵜呑みにしたので敢えて弁解せずにそのままにしておくことにした。間違っても店長がバイトの面接に来た女の子の胸のサイズに評定を下しているとは言えない。


 「へぇー、桃瀬さんは大学生なんだねー。大学では何やってるの?」


 「大学では薬学部で、特に糖尿病の薬について研究しています」


 店長と桃瀬がその受け答えをしている時、丁度他の客が大きな音を立てたので西尾と辻村の元には声が届かなかった。


 (……西尾君、彼女が大学で何やってるか聞き取れなかったんだけど。聞いた?)


 (いえ、僕も周りの音がうるさくて正確に聞き取れませんでした)


 (店長またなんか書いてたから見てきてよ、西尾君)


 辻村は先程同様また西尾に偵察の任務を課そうとした。


 (嫌ですよ!今度こそ辻村先輩の番ですよ。今回は絶対僕は行きません)


 (……仕方ないなぁ、じゃあ今回は僕が行くよ)


 そういうと辻村は店長の背後からそっと姿勢を上げて手に持っている紙の内容を盗み見ようとした。


 西尾はそっと顔を上げて覗き見る辻村を見ていたが、辻村は何かを見たのか青ざめた顔になってスッと元の位置に戻ってきた。

 

 (どうしたんですか、辻村先輩。……まさかバレたんじゃないですよね)


 西尾がそういうと辻村は勢いよく首を横に振った。


 どうやら仕事をさぼって面接を覗き見ているのがばれたわけではないらしい。


 (じゃあどうしたんですか。青ざめてますよ、顔)


 (いやぁ、僕はとんでもないものを見ちゃったよ西尾君。……大学でやっていることの横に薬って書いてあったんだよ)


 辻村はまずいものを見てしまったというような顔で言った。

 

 (薬、ですか)


 (薬だよ、西尾君。分かる?大学で彼女薬やってるんだよ。やばいよ彼女、ドラッグ中毒かもしれない。とんでもない犯罪者が面接に来ちゃったよ西尾君)


 辻村は西尾の肩をゆすって訴える。


 (ほんとですか!?まずいじゃないですか!絶対クビじゃないですか!僕たちは何も見ていないことにしましょう、辻村先輩。もし彼女が薬をやっているのを知っているのに隠していたなんて知れたら大変ですよ。わが社は危険ドラッグは断固反対です)


 (僕もだよ西尾君。これは二人だけの秘密だよ。新人ちゃんはとんでもない新人ちゃんだったんだなぁ)


 二人がそんなことを話していると、面接をしている桃瀬の笑い声が聞こえてきた。


 (やばいよ西尾君。面接で笑うことなんてあるかい?ないよ!きっと彼女ここに来る前にもドラッグをキメて来ているよ)


 (流石にちょっと僕が次は様子を見てきます)


 (おぉ、頼むよ西尾君)


 西尾はそういうとそっと腰を上げて面接の様子を見た。


 「すいません、ペンを落としてしまいました」

 

 「あー、ごめん、今それしかないから拾ってくれないかな」


 どうやら書類にサインをしている時に桃瀬がペンを落としてしまったらしい。座ったまま右手をだらりと下げて床に落ちたペンを拾おうとしている。


 だが、絶妙に距離の離れている西尾にはどんな会話があってその状態になっているのか分からなかった。


 (辻村先輩…………)


 西尾は目を閉じて真剣な表情をしている。


 (どんな様子だった?)


 (新人の彼女、完全にラりってました)


 (ラりってた!?それ本当かい西尾君!)


 (えぇ、間違いないです。面接中にもかかわらず椅子から落ちそうなほど浅く座って片腕をだらりと下げていました。あれは泥酔しているか、ドラッグでキマッている意外考えられません)


 西尾がそういうと辻村は頭を抱えた。


 (とんでもない新人ちゃんだなぁ。もうどうするよ。これは店長に言って不採用にしてもらわないと僕たちが大変だよ。間違っても採用になったらラりった状態で仕事なんかされたら困るよ)


 (そうですよ、店長に不採用にしてもらうように言いましょう。警察が入ったときに店の至る所から薬物反応が出たらたまらないですよ)


 西尾がそういうと二人は顔を見合わせて頷き、そのまま面接の偵察は切り上げて仕事に戻った。

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