二人の少年

aciaクキ

第1話

 ガサガサと草木をかき分けながら歩みを進める音が、森の静寂にかき消される。


「本当にこっちであってるの?」


 一人の少年が不安そうな声を前を歩くもう一人の少年に投げかける。


「ああ、こっちであってるはずだ……多分」


 自信満々、とは言えない声を出す少年が後ろの少年に答える。その言葉により不安感が増す後ろの少年が顔をわずかにしかめる。

 二人の少年は、舗装されていない獣道を進んでいた。それに不安を覚えない方が無理があった。


 もともと少なかった言葉数が、とうとうゼロになりどちらを言葉を発することがなくなった。それでも二人の歩みは止まらなかった。ここで止まっても引き返してもろくな結果にならないだろうということは、どちらも感じていたからだ。


「来た!キタキタキタッ!着いた!!」


「ちょ、ちょっとびっくりしたじゃん。突然大きな声出さないでよ、オルゴ」


 オルゴと呼ばれた少年が大きな声を上げ、その声に少年が顔を嫌そうに歪める。


「まあまあそういうなよ。グリム、ここが俺の言っていた場所だぜ。すげぇキレイだろ」


 グリムと言われた少年は、オルゴの背中から頭を出して、彼の前の景色を見る。


「わあ、すごい……」


 山の頂上なのか、その場所だけきれいに円形に切り取られたように木々がない開けた場所だった。そこにはさまざまな色の花が一面に咲いており、その美しさ、迫力にグリムは圧倒されていた。


「へへ、それだけじゃないんだぜ」


「……そうなの?」


 これまで感じたことのないような圧倒的な美に言葉を失っていたグリムの手を引っ張って真ん中へと連れいていく。

 美でできた山の頂上を、月明りが少年たちを巻き込んで明るく照らす。彼らの訪問を歓迎しているかのように花々も風に合わせて揺れ動く。


「うわっ!」


 ちょうど真ん中に来た時、突然オルゴがグリムをその場に押し倒す。そこに咲いていた花の花びらがグリムたちが倒れた拍子に舞い上がり二人を包む。オルゴとグリムが見つめ合う中、オルゴがニヤリと笑みを浮かべてグリムの横へと転がる。


「わぁ……」


 グリムの視線は隣に移動したオルゴの方へは移動せず、そのまま上へと釘付けになっていた。

 満天の星空が真夜中の空を覆いつくし、その光はダイレクトにグリムの視界に入り込んだ。目の端には月に照らされて輝く花があり、正面には無数の星々が淡く光っていた。


「すげぇだろ。これを見せたかったんだ」


 顔だけお互いを見るように動かし、オルゴが自慢するように歯を見せて笑う。再び視線を星に戻してその美を全身で感じる。


「そうだね。こんなにきれいな場所があったんだね」


「おう。村の仕事さぼったかいがあるってもんだな」


「まったく、大変だったんだからね」


 グリムが漏らす不満げな声にオルゴが苦笑する。


「そりゃ悪かったな。これでなかったことにしてくれ」


「まあいいよ。いいもの見せてもらったしね」


「やったぜ」


 オルゴは手をグーの形にして自身の身体の前へと持ってくる。その手をまっすぐと空へ手を広がる。


「星って、近そうだけど、遠いよな」


「そうだね。けどあそこに行ったらもっときれいで凄そうだよね」


「だな……行ってみたいよな」


 静かにそういうと、星を掴むように手を握りしめて地面へとおろす。


「最近の仕事、大変じゃね?」


「確かに大変だね。時期が時期だからね」


 仕事というのは畑仕事のことだ。村では子供が中心に畑仕事をしている。畑を耕し、種を植え、育てて収穫する。その一連の作業を行う。他の大人は狩りやその他力仕事、家事を行う。そうやって生きるために一人一人が力を合わせて生活している。

 そして今の時期は、雨が降らず、川の水も減少しているために作物の収穫量が著しく低下する時期なのだ。そのため、今はいろいろと忙しい時期だったりする。


「毎年この時期になるとほんと嫌になるよな」


「仕方ないね、アストラ様にもどうすることもできないからね」


 アストラ様は村の守り神的存在の神様だ。アストラ様は村を守ってくれるばかりではなく、作物の成長にも手を貸してくれる心優しい神様なのだ。

 その神様をもってしても、自然の摂理はどうしようもできない。


「忙しいけど、アストラ様がいるだけで結構楽だよな」


「だね。あーなんだか眠たくなってきちゃったなぁ」


 グリムは大きなあくびをして静かに目を瞑った。


「そろそろ帰るか?」


「う~ん、帰りたいけど、帰りたくない気分」


「なんだそれ」


 オルゴは苦笑しながらもその場で足を組んで目を瞑る。風に草木が擦れる音が響き、世界にグリムとオルゴしかいないのではないかとお互いに感じる。

 やわらかい風が頬を撫で、心地よい音が耳を休ませ、淡い光が全身を包み込む。そのまま意識が途切れそうになった瞬間、遠くから人の声が聞こえてきた。


「お前らー、なーにしてんだ!」


「うげ」


 突然の声に驚いたオルゴがあからさまに嫌そうな顔を浮かべ、体を起こす。グリムも続いて体を起こして声のする方へと目を向ける。

 そこには、一人の男性──オルゴの父親がこちらに向かってきていた。


「探したんだからな。こんな夜中にこんなとこまで来るとは……」


 男性は右手を頭に添えて困ったようにふるまう。


「なんでわかったんだよ」


 オルゴが頬を膨らませて男性をにらみつける。別に嫌いというわけではないが、この落ち着いた時間を邪魔されたのが嫌だったのだろう。


「知らねえのか?ここも村の敷地なんだぜ?」


 まだお子様だな、と言って男性がオルゴにデコピンする。


「グリムもありがとな。こんな奴に付き合ってくれてよ」


「いえいえ、僕も楽しいですし気にしてませんよ。むしろ楽しいぐらいです」


 男性はその言葉がうれしかったのか、歯を見せて笑い、振り返った。


「おっしゃ、二人とも帰るぞ」


 グリムとオルゴは互いに顔を見合わせ、オルゴの父親を追いかけるように走った。


 真夜中、明るく月が照らす中、二人の少年の笑顔が満ち満ちていた。

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