無限地獄
凪野海里
無限地獄
目が覚めた。
ここはどこだろうと考えて、すぐに自分の部屋のベッドの上だと気がつく。部屋のなかは真っ暗だったが、暗闇に目が慣れているお陰である程度は部屋のなかがどうなっているのかわかる。太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいない辺り、まだ夜なのは明らかだった。
ならば何時だろうと枕元に置かれたスマホを開いて時間を見ると、深夜2時。小学生の頃はこの時間を見るたびに「丑三つ時だ」と毛布を頭までかぶりながら、その不吉さに震えていたものだけど、さすがに大きくなった今では、もうそんなものは信じていない。
さて、こんなよくわからない時間に起きてしまったわけだが、ふと喉の渇きを覚えた。リビングでお茶を飲もうと思ってベッドの下にあるスリッパに足を引っかけつつ、椅子にかけてあった暗闇に紛れ込むように黒いカーディガンを羽織って廊下へでた。春になっているとはいえ、日の出ていない時間帯は肌寒い。
他の部屋で寝ている家族を起こさないように、階段をゆっくり静かに降りる。キッチンへまっすぐ向かった。壁にある電気のスイッチをつけて、私はそのまま。その場に立ち尽くした。
何か、いた。
水玉模様の茶色のパジャマに、黒のカーディガンを羽織った子。短めの髪が横向きに倒れている顔にかかっている。
手首から血を流しながら、倒れていた。
「…………」
わたしは恐る恐る、自分の服装を見つめ直す。
暗闇に紛れるほどに黒いカーディガン。何よりその下は、地が茶色の水玉模様のパジャマだ。髪に触る。肩ほどの長さもなかった。
……いやいや、まさかそんな。わたしは手を震わせながらも、心のなかを渦巻く不安に苛まれながら、手を伸ばして倒れているその子の、顔にかかった髪に触れてそっとかきあげた。
そのあとは言葉にもならなかったと思う。
間違いなく、その子は普段から朝の支度の最中に鏡越しに見ている顔。1日だって見なかったことはない。鼻が高くて、目の下には泣きボクロがある。わたしの顔――!
逃げるようにその場を離れて、わたしは一気に階段を駆け上がった。どうして自分が倒れているのか。血を流しているのか。まるでわからない。わからない! わからない――!!
目指す先は自分の部屋の隣だった。お母さんとお父さんに会いたくなった。彼らの胸に飛び込んで、今あったことを全て話したかった。
「お父さん! お母さん!」
部屋を開け放って、彼らの名前を大声で叫ぶ。そしてわたしは見てしまった。
彼らの寝室に置いてあったのは仏壇だ。そしてその中央に飾られた遺影にいたのは――。
「わたし?」
それを認識した途端、目の前が真っ暗になった。
***
目が覚めた。
体を起き上がらせてすぐに視界に入るのは、中学の制服を着た娘の遺影である。
ため息をつき、膝を抱えて丸まった。そのとき、隣から「どうした?」と声をかけられる。そちらを見ると、心配そうにこちらの様子を窺っている気配を感じられた。
「今、夢を見たのよ。あの子の。そんな気がして」
「……そうか」
ため息をつき、すぐに毛布にくるまる。目をつぶると、また娘の姿が目蓋の裏に映ったようで、鼻の奥がつんとした。
どうか、あの子が。向こうの世界で幸せでいてくれたら――。
***
目が覚めた。
ここはどこだろうと考えて、すぐに自分の部屋のベッドの上だと気がつく。部屋のなかは真っ暗だったが、暗闇に目が慣れているお陰である程度は部屋のなかがどうなっているのかわかる。太陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいない辺り、まだ夜なのは明らかだった。
何時だろうと枕元に置かれたスマホを開いて時間を見ると、深夜2時。こんなよくわからない時間に起きてしまったわけだが、ふと喉の渇きを覚えた。リビングでお茶を飲もうと思ってベッドの下にあるスリッパに足を引っかけつつ、椅子にかけてあった暗闇に紛れ込むように黒いカーディガンを羽織って廊下へでた――。
無限地獄 凪野海里 @nagiumi
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