エピローグ
第12話 エビローグ ~ 莫大な金の出処とその行方 後編
山崎良三氏は、元よつ葉園の児童指導員であった。
彼がよつ葉園に勤務していた頃に入所していた児童ではないが、元入所児童でもある作家の米河清治氏に、彼の同級生だった宮木正男のその後を語っていた。
宮木正男をわしが担当したのは、あの事件のあった丁度あの頃、高2の最初の1週間ほどだけじゃった。
正男は急に、高校をやめて就職して住込みで働く、言い出して、なあ。
最初は、わしも大槻(よつ葉園園長)も、もったいないことをするなと言った。
そりゃあんた、そうじゃろうがな。
高校くらい出ておいた方がいいに決まっておろう。
あんたみたいに大学まで行ってナンボというわけではないにしても、な。
でもあいつ、聞く耳をもたなんだ。
とにもかくにも、よつ葉園を出たいと言うてな。
気持ちは、わからんことも、なくはない。
そこまで言うなら、しょうがないわというわけで、措置解除したのね。
要は、卒園させてやろう、ってこと、な。あんたには釈迦に説法やけど。
そこで、住込み先にわしが公用車で正男を送り届けた。
それ以降、わしは彼には会っておらんのよ。
宮木正男は、わしがくすのき学園から移籍してきて1年目はC寮におって梶川さんが担当しとったから、特別に彼と接点はなかった。
あの時は確か、Z君な、あんたと同学年の彼がC寮におって、梶川さんが若い保母に担当させたわけじゃが、そこでかなり根深い問題が起こって、大槻がこれではもう埒があかんということで、よつ葉園が移転してきた時のように、縦割りの寮編成に戻そうということになった。
それで、Z君は尾沢君に直接担当させることにした。
ただ、尾沢君の情緒的な言動や対応を、彼は一切拒絶しておった。はたで見ていても、これはまずいな、と思うことがしばしばあった。大槻は、本当ならわしが出張ってでもやらなければいかんところかもしれんが、せっかくの実績が作れるチャンスをやっとる、しっかりやれと尾沢君にハッパをかけとったわな。
やけど、あれは今思えば、尾沢君にとっても、それまでの思い違いをとことん見せられた時期だったと、わしは思う。
あれは典型的なミスマッチだったわなぁ、彼に任せるよりは山崎君に任せるべきだったと、酒の席で一度、何年か経ったときに大槻が言ったことがあったのを覚えとるけど、まあ、後の祭り、じゃわな。
正男にとって、あの環境の変化は、ついに耐えられんようになったのかな、よつ葉園におることに。
それまでの横割りでそれなりに暮らせていたのが、縦割りにされて何をいまさら、みたいな感じになって。
そういえば、少なくともよつ葉園に関する限りではあるが、あの当時のわしの印象では、高校にせっかく入っても、1年目の終りで嫌気がさして退学して、みたいな例が、結構多かったように覚えている。
わしが最初によつ葉園に行って何年かしたころに、酒の席で大槻に指摘されたことがあってなぁ。確か、Zが大学生の頃じゃなかったかな。
今の時代、高校ぐらい行かせておかないと、とか言ってみたところで、ただただどこでも高校と名の付くところに行けばいい程度の感覚で適当な高校に合格させて行かせて、それでまあ、何とか卒業できればあとはなんとでも、という感覚で高校に行かせるのも、本当は考え物かもしれん。若い保母あたりに丸投げして、高校生の男子の担当を任しておっても何とかなるような、甘いものではない。
じゃからこそ、わしは山崎君に来てもらったのよ。
彼らがきちんと高校で学ぶべきことを学んで、社会に出ていくためのサポートを、これからはさらに強化してやってほしい。
もっと言えば、ここから大学まで行く子を、これから増やしていきたい。
そこのところ、わしは山崎君に大いに期待している。
Z相手にあれで通用すると思っていたわけではないが、あの件は、わしの完全な判断ミスじゃ。前川さんや高部さんに丸投げして、うまくいくわけもないわな。
梶川君はよくやってくれたが、早目に、わしが気付いて手を打つべきだった。
Zが怒るのも無理はないが、わしは、彼女らにも、悪かったと思っている。
大槻のおっさん、そんなこと、言うてたな。
まあ、そういうことをわしに求めるのは、職責上確かに必要なことであって、わしも、本来そういう仕事を期待される立場であったことは確かじゃ。
そこでこそ、わしはきちんとした成果を出さねばならなかった。
まったくできなかったとは言わんが、Z君のように間に合わなかったこともあれば、うまくいかなかったことも、ある。
そういう問題ではないと言われればそれまでかもしれんが、金の問題を少し述べさせてくれるかな。
あの宮木正男が確か2歳ぐらいからよつ葉園に措置されて来て、高1修了後中退してよつ葉園を措置解除されて出ていくまでの十数年間で、莫大な金が費やされたことは、間違いない事実じゃ。
措置費に限らず、宮木正男に関して国などからよつ葉園に支給された金はどこに行ったのか?
その金の真の出処は・・・、もう指摘するだけ野暮ではあるけどな。
本当に、宮木正男の人生にとって、ためになる使われ方ができていたのか?
わしは、今でも疑問に思っとる。
普段なら饒舌な米河氏であるが、このときばかりは、山崎氏の弁に、黙って耳を傾けていたという。
(終)
行き倒れ ~ 元養護施設児童の行方 与方藤士朗 @tohshiroy
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