絶妙ななまくら

きと

絶妙ななまくら

「ふざけんじゃねぇ! こんな刀、使い物になる訳ねぇだろ!」

 怒った筋肉質の男は乱暴に刀を放り投げ、去っていった。

 鉄平てっぺいという青年は、少しの間立ち尽くしていたが、ゆっくりと捨てられた刀を拾う。

 鉄平は、江戸の外れに住むまだまだ駆け出しの刀鍛冶かたなかじだ。

 かつて勤めていた食事処がつぶれて、次の仕事が見つからず困っていたころ。この工房で刀を打っていた先代に「それなら俺のところにこい」と拾ってもらった。

 刀鍛冶の仕事は、難しかった。なかなかうまくいかない中でも、先代は辛抱強く技術を伝えてくれた。

 そんな先代が、先月急逝した。

 あまりに突然のことで、鉄平も先代にお世話になった人もとても驚いた。まだまだ若いのに。悲しみの声が聞こえる中で問題になったのが、先代の跡継ぎだった。

 先代は、結婚はしていたものの子宝には恵まれなかった。そして、弟子も鉄平しかいない。

 そうして、未熟な鉄平が跡を継ぐことになった。

 先代のためにと鉄平は努力した。少しでも早く先代のような刀を打てるように一心不乱に刀を作り続けた。

 だが、できるのはなまくらばかりだった。

 先代が残してくれていた覚書の通りに作っているはずなのに。

 いつしか、先代の奥さんや鉄平を支えてくれた人も離れていった。

 鉄平は、独りになってしまった。

 それでも、刀を打ち続けた。

 それでも、できるのはなまくらばかり。

 先ほどの男ようにたまに刀の製作を依頼されるが、ほとんどの客はできあがった刀を試し切りしてそのなまくら具合に愛想をつかし、去っていくばかりだった。

 ため息をつき、鉄平は工房の奥へと戻る。そして、再び刀を打つ。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。気づけば、外は茜色に染まっていた。

 店を閉めよう。そう思い、鉄平は店の入り口へと向かうと。

「失礼、私は四条宮しじょうみやというものだ。ここに三五郎さんごろうという刀鍛冶がいると聞いたのだが、相違そういないか?」

 話しかけてきたのは、かなりきれいな身なりをした武士だった。格好だけでなく立ち姿も凛としており、誠実そうな印象を与える。顔も良く、さぞ女性に人気があるのだろう。

「すいません、三五郎は数か月前に亡くなっております」

「……そうか。申し訳ないことをした。今は、君が刀を打っているのか?」

「はい、さようでございます」

「なら、君の、ええっと……」

「鉄平と申します」

「鉄平。君の刀を見せてくれないか? それで判断したい」

 判断というのは、言わずもがな鉄平に刀を頼むか、ということだろう。

 ここで、先代の刀を持ってくれば確実に依頼をもらうことができるが、そんなだまし討ちは良くない。確実に盛大に怒られる。

 鉄平は自分の刀を四条宮に見せる。見た目だけはきれいだが、切れないなまくらだ。しばらく、刀を鋭い目つきで観察していた四条宮が口を開く。

「試しに切れるものはあるか?」

「……少々お待ちください」

 これで、この四条宮という男との関係は終わりだ。切れないなまくらに落胆して帰っていく。いつもの流れだ。

 四条宮は、鉄平が用意した試し切り用の木材に刀を振り下ろす。

 結果は、木材が浅く傷ついただけだった。

「分かったでしょう? 私は、まだまだ未熟でございます。悪いことは言いません。別の方に任せた方は良いでしょう」

「いや、この刀は私がまさしく求めていたものだよ。もらって行こう。いくらだ?」

 まさかの返答に、鉄平は間抜けな顔して口を大きく開けてしまった。

 少しして鉄平はハッとし、頭を振ってから答える。

「い、いくらと申しましても……値段をつけたこともない代物ですし……」

「ふむ、では金4分でもらおう」

「ですが、そんななまくらに金をもらうというのも申し訳ない話ですし、そもそも何にお使いで?」

「用途については教えられないが、きちんとした商品だと私は思う。だから、金は置いて行くよ。それではな」

 戸惑う鉄平を置いて、四条宮は足早に去っていった。


 それから数か月後。相変わらず刀を打っている鉄平に、手紙が届いた。差出人は、四条宮だ。

『鉄平へ。この間は、刀をありがとう。お陰で父を救うことができた。どういうことか詳しくは話せないが、私は父を切らねばならない、という状況に仕向けられた。だが、心より敬愛する親だ。本当に殺してしまうわけにはいかない。なので、私は見た目は鋭い刀に見えるが、その実は切れない“絶妙ななまくら”が欲しかったのだ。君の刀で父を切り殺したように見せて、江戸の町から逃げることに成功した。本当に感謝する。君の刀、いや君は確実に役に立っている。是非ともこれからも刀を打ってくれ。それではな。 四条宮』

 手紙を読み終えた鉄平は、手紙を握りしめて涙した。

 自分も役立っている。その言葉を胸に、鉄平は再び刀を打ち始めた。

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