第48話 現在

 これは本物なんだろうか?時間が戻せる?そんなバカな。なんでこんなもんがうちにあるんだ?売ってるのか?まさかな。爺さんか婆さんがどこかからもらったのか?いやでも、こんなものどこで手に入れるんだ?


 克哉の頭にはたくさんの?が浮かんだが、そうだ!教えてくれるものがあるじゃないか!と思い、急いでスマートフォンを手に持つと、『戻り時計』と検索をかけた。すると、いくつかの書き込みを見つけた。それは都市伝説のように書かれているものが多く、本物かどうかを教えてくれるものではなかったが、中には本物かもしれないと思わせられるものもあった。


「ははっ、こんな胡散臭いもん、本物のわけがない」


 鼻で笑ってはみたものの、偽物だろうとなんだろうと、やってみても損はないかと、克哉はこれを試してみたい方に気持ちはすでに固まっていた。


 やり直せたら……そう思ったばかりだったこともそれに手伝ったのかもしれない。


  戻る過去 1972年 4月1日 13時


  戻る未来 2022年 9月30日 21時


 あの日、莉緒を汚す前に戻らなければ……


 克哉は紙に書かれた通り時間をセットしてボタンを押した。が、何も起こらない。やはり偽物かと鼻が笑い、そのまま仰向けに寝転んで、自嘲したまま目を閉じた。



 ふぁ~あ、何時だ?もう朝か……そのまま寝てしまったのか。


「ちょっと克哉、寝てたの?あんた今日、お昼いらないって言ってたから用意してなかったわ。なんか作る?っていうか、出かけるって言ってなかった?」


 ……は?母ちゃん?……なんだ、夢か。


「は?母ちゃん?」


「なに寝ぼけてんのよ。顔でも洗ってきなさい。お昼ごはんどうする?」


……は?……もしかしたら……本当に戻ってる?


「母ちゃん、今日って、何日だっけ?」


「あんた寝惚けてんの?今日は4月1日よ。もう半分終わったようなものだけど、エイプリルフールでしょ」


 4月1日。そして母ちゃんがいる。母ちゃんが、まだ生きてる。とまじまじ母親の顔を見た。


「なによ、あんた大丈夫なの?まだ寝惚けてんの?」


「ああ、大丈夫だ。大丈夫」


「おかしな子ね~」


 俺、戻ってる。今日は莉緒が襲われる日だ。助けないと……


「あ、今何時だ?」


「もう13時よ。お昼ご飯の支度するわね」


「いや、いい。出かけなくちゃ」


 慌てた。13時だって!?早く先輩のところに行かなくちゃ。そうだ、あの日も慌てて家を出た頃だ。俺はなんて馬鹿なんだ。なんで莉緒が連れ去られる直前の時間にしちゃったんだろう。助けるならもっと早い時間にしなくちゃいけなかったのに。手紙を出す前だ。そうすれば今日という日はなくなったはずなのに。たいした考えもなく、あの日、莉緒と会う前にと思ってしまった俺が馬鹿だった。だって、……本当に戻れると思ってなかったし。


 克哉は慌てた。そう、あの日のように。これから莉緒に起こることが予想できていたから、どうしていいかわからなくて、これでいいのかもわからなくて、ただ、先輩には逆らえないんだからと自分に言い聞かせていた。


 それからはまるであの日と同じように物事が進んだ。広川との待ち合わせ場所に来た莉緒に、広川が待っていると声をかけ車に乗せたこと。家族が留守で、離れに自分の部屋を持つ先輩の家に連れ込んだこと。そして「広川ってやつに頼まれてさ」そういって莉緒の身体を後ろから羽交い絞めにしたのは、そう、部屋の持ち主の成岡先輩だった。


 もう一人の先輩の山本が莉緒の着ている淡いクリーム色した薄いセーターをまくり上げ、まだ小さなブラジャーも持ち上げるようにした瞬間、目に入ったのは莉緒の柔らかそうな胸だった。


「いや~っ、やめて~っ……いや~っ……助けて。助けて~っ、山崎君……」


 そうだ。泣き叫んだ莉緒は俺に助けを求めてた。


 遠巻きに見ていた勝呂という、先輩たちの更に先輩の、俺もほとんど会ったことのなかったそいつが、莉緒の身体に手を伸ばそうとしていた。


 助けなきゃ。助けなきゃ……そのために、ここにきたんだ……


 あの時はそれができなかった。この先輩たちが怖かった。勝呂という先輩も怖かった。今、大人になった自分から見たら、なぜそんなにもこいつらを恐れたのかもわからないほどなのに。


「やめろ~っ」


 熱くなった身体ごと勝呂に体当たりして、莉緒を羽交い絞めにしている成岡がその手を緩め、「なにすんだよ!お前のために……」最後まで言う前に克哉は思い切り殴られた。殴り返す前に勝呂に飛び蹴りを食らい、一瞬頭がくらっとしたが、莉緒に手を伸ばそうとしている成岡に体当たりして抱え込み、「莉緒、逃げろっ」と叫んだ。莉緒を追いかけようとした山本にも体当たりした。何度も振り返る莉緒に、逃げろと叫びながら、克哉は殴られ続けた。



「あなた…… あなた…克哉さん」


 遠のく意識の底で、莉緒の声が聞こえた。あの日聞いた泣き声がまだ続く。あぁ、莉緒、莉緒……俺は莉緒を救うことができなかったのか。莉緒が泣いている……莉緒が、また泣いている。


「あなた……あなた……克哉さん……逝かないで。逝かないで……逝かないで。私を一人にしないで……」


 ……痛い。身体中が痛い……ああ、そうだ、何度も殴られて……あれ?


 いや、殴られて?いや、違う。殴られたんじゃない。俺は……殴られたんじゃなく、刺されたんだ。……ああ、誰だ……あれは、


 遠のく意識の中で、俺が最期に見たのは……広川だった。




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戻り時計 村良 咲 @mura-saki

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