第47話 戻り時計
本人の名前で検索しても何も出てこない。それはそうだろうと思っていたので、そう落ち込みはしない。俺は手元に持ってきていた卒業アルバムを開いて、莉緒のクラスメートで、莉緒とよく一緒にいた渡部有紀や藤村葵の名前も検索したが、この二人も見つからない。やはりネットの中で莉緒を見つけるのは難しいのだろうか……
俺は莉緒のクラスメートから莉緒と同じ小学校のやつらを片っ端から検索をかけたが、どこからも莉緒に繋がる言葉を見つけられずにいた。そんなことをしているとき、ふと思い出した。莉緒には妹がいたじゃないか。名前は確か……葉月だったか。季節みたいな名前だったから、なんとなく憶えていた。それに、莉緒の妹だから。
『柴本葉月』
期待はせずにその名を検索した。
「見つけた。莉緒だ」
佐久間酒造が作った酒がその年の売り上げ一位……代表の柴本葉月の名があり、そこで働く人たちが勢ぞろいで写真に収まっていた。もう十年以上前の記事だが、そこに莉緒を見つけた。面影のあるその顔は、代表の柴本葉月とも似ていた。
「莉緒、ここにいたんだ」
懐かしさとともに、胸の鼓動を一つ感じ、身体に火が灯った。
そこでハッとした。莉緒の隣にいる顔に見覚えがあった。これ……広川だ。
なんだ、一緒にいたのか。そう思ったら不思議な感情が湧いてきた。二人が一緒にいてホッとしたような感情と、バカみたいだけどのけ者にされたみたいな、置き去りにされたみたいな……疎外感か、これは。俺は何を期待していたんだろう。傷つけ不幸になったであろう二人に対して、ずっと罪悪感を抱いてきた。ずっと後悔の人生だった。結婚もしなかった。二人を不幸にした自覚があったから、家族を持つことにも抵抗してきたのに、なんだこれは……
「う~~~っ……くそ~っ、くそ~っ……くそったれめが~~」
俺は手あたり次第に手に触れたものを壁に投げつけた。飲みかけのコップ、薬のケース、リモコン、小銭入れに使っていたお菓子の缶からは小銭がばらまかれ、電気シェーバーは昔両親が旅行に行くたびに買ってきたへんてこな飾り物が並んだままの飾り棚に当たってガラスが砕け散った。
これは何の怒りだ。二人が幸せそうにしているならそれでいいじゃないか。もう後悔することもしなくていいじゃないか。罪悪感ももう捨てればいい。俺は俺の人生を楽しく幸せを求めて行けば……
って、俺の人生……
散ったガラスの上に寝転んで、虚しさと後悔で自分を痛めつけたが、一つ傷をつけるたび、流れる血の数だけ増したのは怒りだった。何に怒っているのか自分でもわからない。なんで……なんでこうなった。何がいけなかったんだ。なんでこうなった!!
棚から落ちて割れたガラスの中に、同じように割れた鏡があった。それを手に持つと、愚かな自分の顔を映しだした。
「これは誰だ?」
俺か。
家族もない、愛する人もいない。ひとりぼっちだ。もう消えない皴が過ぎた年輪を刻む。何もない。何も成し遂げていない。なんでこんなことになったんだ。広川の人生を台無しにした。その罪悪感は俺の人生を苦しめた……いや、莉緒だ。莉緒の人生を台無しにしたそれこそが、一番の罪悪感だ。
あの日の莉緒の目……莉緒の叫び、今でも目に焼き付いて離れない。あれから何年経ったんだ?
あの日さえなければ、あんなことがなければ、俺の人生ももうちょっとマシなものになったんじゃないか。莉緒の人生も広川の人生も、全く違ったはずだ。
やり直せたらいいのに。
やり直せたらいいのに。
「ふぅ……」
ため息とともに起き上がった。
秋のはじめでも風呂上がりの夜はまだ暑く、洗面所に映した下着姿一枚の背にはいくつもの血が滲んでいた。克哉はまた裸になり風呂場へ行き、勢いよくシャワーを出して背を洗った。ヒリヒリと感じる痛みは、心の痛みよりずっと軽く感じた。
風呂から上がると、置き薬の中から期限の切れた切り傷に効くという薬を指の届く限り塗りたくり、また血の滲んだシャツを着た。どうせまた血で汚れるのだ。
居間に向かうと、自分がぶちまけ散乱したものを、まず目についた大きなものから一つずつ手に取り飾り棚に戻していった。散ったガラスはそれらを片付けてから掃除機で吸えばいい。
そうして一つずつ棚に戻していると、奥に一つの箱を見つけた。
「お前は無事だったのか」
そう言って、これは何だろうと箱を開けた。
「時計か」
母親でも買い置いて忘れてたのだろう。まだ使えるのかな。半月の形の時計を箱から取り出すと、一緒に一枚の紙が落ちた。
「戻り時計?なんだこりゃ」
戻り時計取扱説明書
後ろの過去ボタンを使い、過去の戻りたい日時をセットする。
後ろの未来ボタンを使い、過去の戻りたい日時から戻りたい時点をセットする。ただし、今現在より未来の時点へは戻れない。
セットをしたら、両端にある二つのボタンを同時に押す。
戻り時計は計三回まで使用可能。
これって……やりなおせるってことか?
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