第9話 救世主は幼馴染。


 同じグループのリーダーであるスラーリオに事情を説明すると、一応のところ納得してくれたみたいだ。俺を睨みつけながら、俺に燃えた松明を渡してくれた。


 今からやるのは、男を三つのグループに分けて、火を片手に結界内を巡回することによって、さらにオオカミを遠ざけよう、と言う作戦だ。


 オオカミは、警戒心が強くずる賢い。また臆病なところもあり、狩りにおいても自分達側に一切の被害を出したがらないらしいので、こうやって抵抗してみせることによって、一定の効果があるんじゃないか、と言うわけだ。


 だが、そんなのはあくまで建前で、女に守られっぱなしなのが恥ずかしくてたまらないというのが本心だろう。

 泥にまみれる農民の男と言っても、プライドの一つや二つあるものだ。

 しかし、それで被害者が出てしまったら、教会で籠城している意味がないと思うんだがな。


 まぁ、オオカミを怖がっていると思われたくなくて、そんな意見も言わずにいる俺もまた、プライドに囚われているわけだから、それこそ言う権利がないんだけど。


「よし、開けるぞ」


 スラーリオはそう言うと、再び閂を抜いた。万が一オオカミが入ってこないように、少しだけ開けて、身を滑り込ませるように出て行く。


 俺たちもそのあとに従って、外に出た。


「うあっ」


 教会の外に出ると、ギラギラと輝く太陽の光にマリーが悲鳴をあげる。


 そして、視線を下げた先にあるものを見て、今度は恐怖の悲鳴をあげた。


 マリーの視線の先には、オオカミの足跡がいくつも連なっていた。一番近いので、ここから40フィートほどだろうか。


 初日は、足跡はもっと遠かった。それが、日をまたぐほどに近づいてきている。オオカミが、結界に慣れつつあり、そこまでして俺たちを食い殺したいと言う明確な殺意があった。


 周りを見渡す。オオカミの影は見当たらないが、きっと身を隠してこちらを見ているに違いない。油断して逃げ出そうとしたら、後ろからがぶりと行くわけだ。


「戻るか?」

 

 俺がそう問うと、マリーはしばらくの間硬直し、やがて力なく首を振った。


「......助けに、来てくれるよね?」


 そして、下を向いたまま、ポツリと呟いた。


「来るだろ。馬鹿みたいな金払ったんだから」


「そう、だよね」


 マリーは、少しホッとしたように胸をなでおろした。そんな様子を見て、じくりと罪悪感に胸が痛む。


 実際、金貨一枚に銀貨三枚は大金だ。手数料が三〜五割だとしても、オオカミ自体に懸賞金がかけられているので、その討伐報酬も合わせたら、相当な金額になるはずだ。


 だけど、俺がもし冒険者だったら、このクエスト、はたして受けるだろうか。


 オオカミは戦闘力と知能を備え、なんなら人以上の社会性を持つ。非常に厄介な魔物だ。


 多分だけど、ギルドは今回のクエストに難易度Cくらいをつけるんじゃないだろうか。少なくともここら辺でぬるま湯に浸かっている冒険者がやって来るとは思えない。


 それでも、難易度に対する報酬で考えたらお得なのではとは思う......報酬がもらえたら、の話だが。


 今回、村から冒険者ギルドに申請したのは、村からオオカミを守るという、いわゆる防衛クエストだ。


 つまり、村が壊滅していた場合、たとえオオカミを全滅させたとて、クエストは失敗という扱いになる。


 報酬も、オオカミの討伐報酬くらいしかもらえなくなってしまうわけだ。


 村がオオカミに襲われてから、すでに一週間。全滅している可能性の方がよっぽど高い。そして、残るは人の味を覚えたオオカミたち......。


 以上の点を鑑みると、今回のクエストは、冒険者からしたら、決しておいしいものとは言えないわけだ。


 ごくり、と生唾を飲み込んでしまったことをマリーに悟られないよう、咳払いをする。


 俺は、腰に下げた剣を撫でる。親父が俺に残した唯一の形見だ。


 ......冒険者がこないのなら、俺が、やるしかない。

 

 だって俺は、オオカミから村を守った男の息子なんだ。


 マリーのおかげで、一度は消えた義務感がぶり返す。


 身分証明ステータスによって才能がないことがわかってからというもの、そういう期待は全くされなくなったが、それに反発して剣術訓練を続けたことは黒歴史だが、今思えばよかったとも言える。


 少なくとも、この村では一番剣士に近いのが俺なのだ。


 目をつぶれば、天井にいる人狼のシミが思い浮かばれる。そこからさらに、昔は毎日のようにオオカミたちと戦う勇敢な自分を想起していたことを思い出す。


 そして、マリーの方を見る。日の下で見るマリーは目の下にくっきりと隈を作り、頬もこけてしまっている。ボサボサの髪も相まって、全くの別人にすら見えた。


 ......守らなくては。


 身体の奥で、闘志でグツグツと煮えているのを感じた。


 俺はマリーの手を取り、力強く握った。マリーがハッと俺を見る。


「大丈夫だ。俺が守るから」


 言ってから、気障すぎたかと後悔する。

 しかし、マリーが手を繋いだまま、ぎゅっと俺の腕に抱きついてきたので、すぐに吹き飛んだ。

 

「うん、お願い」


 マリーは、可愛らしい上目遣いで俺を見る。

 

「お、おう。任せとけ」


 周りの男たちの「何イチャイチャしてんだよ」の視線に耐えながら、頷く。




————


————————


———————————ァアアアアアアア——————————!!!!!!





「............ぇ」


 それは、まるでこの世の終わりを告げる雷のようだった。


 瞬間、俺の煮えたぎった闘志は、冷え切った鉛に変わった。

 視線の縁が黒く染まり、震えることもできず、頭の中で逃げろと叫ぶ声だけが聞こえる。


「......きゃぁぁぁぁあああああ!!!!!!」


 どのくらい経ったろう。マリーの絶叫に、意識を取り戻す。


 マリーがいない。

 狭い視界の中で探すと、マリーは蹲り、ガクガクと震えながら気が狂ったように叫んでいた。


「まっ、マリー、落ち着けっ!」


 松明を放り投げて、俺も屈んでマリーを抱きしめる。そして周囲を見渡すが、やはりオオカミの姿はない。


 今のは、明らかにオオカミの遠吠えとは違う。し、ひとまず、鳴き声は空から聞こえてきた。オオカミが空を飛べるわけがない。


 その時、辺り一体がふっと暗くなった。遅れて、巻き起こる突風。

 俺は吹き飛ばされないようマリーを強く抱きしめてながら、何かがいるであろう空を見上げた。


 絶句。


 一瞬、シルエットから、大きな翼を持ったワシかと思ったが、下半分が明らかに違う。


 陽の光を浴びてキラキラと輝く金色の体毛に、オオカミ程度なら真っ二つにできてしまいそうな爪を携えた四本の足。


 上半身はワシで、下半身は......獅子。こんな奇怪な生物、本当に実在したいたのか。


「グリ、フォン」


 が、三匹......!?!?!?


 目をこすったが、やはり三匹にグリフォンが、悠々と上空を滑空していた。

 

 なんだ、これ、オオカミに囲まれるよりよっぽどヤバイ、ていうかなんで、グリフォンがこんなところに......。


「アル! マリー! よかった、無事だったんだね!」


 その疑問は、グリフォンの背から覗いた顔を見た瞬間、すぐに解決した。

 

 その男こそ、弱冠十四歳にしてA級に昇格した天才魔法使いでありながら、俺たちの幼馴染でもある、ボールドウィン・マイヤーだった。

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