第10話 幼馴染は大貴族。

     

 なぜここら一帯を支配する領主ですら全く頭に上がらない大貴族のマイヤー家の一人息子、ボールドウィン・マイヤーと、村人1、2である俺たちが、幼馴染という関係になったか。

  

 マイヤー家の子育てが原因だ。


 もともとマイヤー家は、傭兵稼業で財を成した一族だった。


 傭兵といえば、粗暴で下品で利己的。しかし、マイヤー家は、そこらの貴族なんかよりよほど気品があったらしい。


 そして、人助けを厭わない。冒険者でありながら、利より義を優先するその姿勢は、いつしか貴族連中が無視できないほどの指示を国民から集めていた。


 その上、戦争で大きな武勲を残したマイヤー家は、ついに時の国王から爵位を承るに至った。傭兵でありながら、貴族になったのだ。


 マイヤー家は貴族になってからも傭兵を続ける、どころか、傭兵事業の拡大を続けた。


 そして、烏合の衆だった傭兵をまとめるため、”冒険者ギルド”なるものを作り、悪いイメージがついていた傭兵を、”冒険者”という若者の憧れの職業へと変えたのだった。

 

 今や、冒険者ギルドに所属する兵力は、国の兵力を上回るとさえ言われている。マイヤー家を七貴族に数えることに、内心反発しながらも、声高にそれを主張する貴族などいない、らしい。全ては『週刊武春』の受け売りだ。


 そんな叩き上げの側面を持つマイヤー家は、貴族でありながら、そこらの貴族とは全くもって性質が違う。


 その一つが子育て。崖から我が子を突き落とし、這い上がってきた我が子の手を握ったかと思ったら、ブンブン振り回してさらに遠くに投げるような教育方針なのだ。


 その崖の下に選ばれたのが、我らがスオラ村だったってんだから、俺たちからしたら失礼な話だ。


 俺たちとウィンが九歳、ちょうど身分証明ステータスの祝福を受けた時、ウィンの父親、つまり現マイヤー家当主が、突然スオラ村にやってきた。


「こいつを、ここに住まわせてやってはくれないか。もちろん、掃除洗濯、家畜の世話、糞尿の始末、粉挽きでもなんでもさせてもいい」


 そう言うと、ウィンの父親は泣き叫ぶウィンを置き去りにし、後ろ髪一本引かれることもなく、颯爽と去っていったのだった。


 それから毎日のように泣き、貴族を嫌うスラーリオラ悪ガキにいじめられ、何より自分のステータスを見せたがらなかったウィン。当時凹みに凹んでいた俺と、村の底辺として仲良くなるのは自然の流れだった。


 しかし、半年後、ウィンは村を去り、以来スオラ村を訪れることはなかったので、てっきりあっちは忘れ去ってるだろうと思っていたが、そんなことはなかったみたいだ。


 当然、こちらとしては忘れたくても忘れられない。

 この村の唯一の誇りが、あのボールドウィン・マイヤーが、ここで幼少期を過ごしたってことなんだから。


 だから、教会にウィンが入って来たときの盛り上がりようったら、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだった。


「にしてももうっ、本当にかっこよくなったわねぇ、ウィンくん!」


 さっきまで閉経寸前だったクソババアなんか、一転女の顔丸出しでウィンに話しかける。ていうかウィンの腕に乳ぐいぐい押し当ててる。マジで勘弁してくれ。


「あはは、そんなことないよ。ハンナさんは、お綺麗なままで」


「まぁ!」


 ババアは雌声を上げると、内股になってモジモジし始めた。


 ババアだけでなく、他の女たちも黄色い声をあげているが、その夫たちや、スラーリオでさえ、ウィンを熱っぽい目で見てるんだから救えない。


 視線をそらす。あいにく、人気者はウィンだけじゃない。


 三匹いたグリフォンのうち二匹の背中には、ウィンが所属するパーティ、『マイヤー・ファミリー』の組員が乗っていたのだ。


 一人は、触れただけで傷がつきそうなくらい滑らかな黒髪を腰のあたりまで伸ばした、高級ドレスのモデルになれるような絶世の美女。


 もう一人は、そんな美女の頭一つ低く、顔も幼いが、身体の方は鬼族らしくムチっとした体型の女。


 二人ともそうお目にかかれない美少女なのは間違いないが、より一層注目を集めるのは、その頭からニョキッと生えた二本の紅のツノのせいだろう。


 鬼族。


 数ある人類種の中で、いわゆる上位種と呼ばれる連中で、俺たち人族とは比べ物にならない戦闘力を誇るとされている。

 

 頭の角さえなければただの可憐な女の子である彼女達姉妹は、片手で俺の頭を果実のように潰してしまうくらいの力があるのだ。


 シンとミャコ。


 マイヤーファミリーの一員で、ミャコの方はA級で、シンの方に至っては、なんとS級の冒険者だ。

 その実力とルックス、普段の大胆な格好も合間って、よく『週刊武春』の盗撮被害にあっているのでとてもお世話になっている。一応軽く一礼しておいた。


 しかし、冒険者としても女としても一流のあいつらを、こんな辺境の地まで連れまわすとは、流石貴族様、と言ったところか。


「おねーちゃん、なんでそんなダイタンなカッコーしてんの?」


 すると、村のエロガキが、すけべ心丸出しといった目でシンに話しかける。


 肩や腰回りが東方風の鎧で覆われてはいるものの、スレンダーな胸はサラシで巻かれただけ。


 そして何より、股間を隠しているのが、ただの前掛けだ。ふんどし? というやつなのだろうか。


 東方地方では、あの格好が普通なのか?......あの、東方地方って、あれ、あれだよな、コメとか美味しいって言うし、後でマリーに引っ越さないか提案してみよう。


「ん? これはなぁ」


 するとシンは、スレンダーな身体を折りたたんで、子供達と目線を合わせ、人懐っこい笑みを浮かべた。

 

 へぇ、上位種の連中なんか俺たちのこと見下してて当然だと思ったが、やっぱり貴族と組んでるやつはそれなりに人格者なのかね。


 そしてシンは、そのまま、ガバッと大股を開いた......え?


「ウンコをするとき便利なんだよ。便だけにな。ガッハッハッ」


 ......え、何何? なんだって?

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