第8話 ヒカ◯ン、出動。
不幸中の幸い、と言っていいのかわからないが、村長が食われたのは腕だった。
ババアとマリーのつきっきりの回復魔法のおかげもあり、傷口は塞がった。村長は一命をとりとめたのだった。
しかし、危機が去ったわけがない。
村長が身体を起こせるくらいに回復してから、俺たちは村長を囲んで集会を開いた。
まず、冒険者ギルドにオオカミ討伐のクエストを出すことに決まった。ヒカ○ンは、まさにこういう時のために飼っているのだ。
ヒカ○ンに依頼届けと依頼料を預け、隣町まで運んでもらう。そして、その隣町から、他の冒険者ギルドがある街に伝書鳩を飛ばすわけだ。
依頼料について、協議した結果、金貨一枚と銀貨三枚という大金を、村で協力しあって出すことになった。
もう少し抑えてもいいんじゃないか。なんなら、家畜を食い漁ることで、オオカミは満足し去って行くだろうから、無駄金になるに違いない、なんて意見も出て当然だ。
だが、襲撃から三日経ってもオオカミがこの村を立ち去っていないことがわかると、そんなことも言っていられなくなった。
なぜ魔物が、魔物目線からしても相当危険な生物である人間を喰うのか。
単純に、人間は非常に美味しいらしい。
村長の腕を食ったオオカミは、今頃群れの連中に人の美味しさを雄弁に語っているに違いない。美食家のオオカミたちはよだれをダラダラ垂らしていることだろう。
そんな大金を払うくらいなら俺たちで自衛しよう、なんていうスラーリオの意見もあったが、即座に却下された。当然だ。
以前、村がオオカミに襲われたのは、八年ほど前の話なのだ。
それ以降、剣術訓練をしようなんて話もあったが結局続かず、鍬くらいしか握ってこなかったのが、この村の戦力事情。
そして、唯一と言っていいほどの戦力だった俺の父親は、その八年前、一人でオオカミの群れを相手取って......死んだのだ。
ゴンゴン。
荒々しいノックの音で、我に返る。
誰も動こうとしないので、俺は立ち上がり、教会の扉に挿しておいた閂を引き抜くと、鎌やらピッチフォークを持った男たちが、疲れ切った様子でぞろぞろと教会に入ってくる。
俺たちは今、教会に籠城している。
男たちの後に続いて、村人たちが集まる聖堂に戻ると、マリーはベンチに座り虚空を見つめていた。
「マリー、行ってくる」
次は、俺たちのグループが見回りをする番なので、声をかける。するとマリーが、力無い目で俺を見、青白くなった唇を開いた。
「私も、行っていい?」
「ダメだ。危ないだろ」
「それを言ったら、アルだって危ないじゃん。相手はオオカミなんだよ?」
「......お前は、次期シスターだ。村に絶対に必要な存在なんだよ。万が一にも、失うわけにはいかない」
「アルだって、次期村長候補じゃん」
そんなのいくらでも代わりがいる、と言おうとした時、マリーの横の毛布が、モゾモゾと動いた。
出てきたのは、シスター姿のままのババアだ。
「アルくん、連れてってあげなさい。マリーちゃんも、気分転換しないと」
ババアは、疲れのにじむ声でどんなことを言う。ここ一週間で、随分とやつれた。心なしか、乳もしぼんだ気がする。
「それを言うならババアもだろ」
村長が襲われたのは、畑の様子を見に行った時のこと。
つまり、魔物避けの結界内での話である。そうじゃなかったら、わざわざこんな風に教会に籠城する必要もなかったんだ。
オオカミは、魔物避けの結界を越えてきた。そこで、対策にババアが取り掛かったのは、結界の縮小化だ。
普段の結界は、いわば中身をくり抜かれたかぼちゃのように、村の外側を覆う半円状に展開されている。
つまり、外皮さえ乗り越えてしまえば、結界の影響下から逃れることができるのだ。
対して今展開されている結界は、範囲を教会とその周辺とし、中身はパンパンに詰まっている状態だ。
これなら、結界を乗り越えてきたオオカミ相手にも、ある程度の効果は見込められるはず、とのことだ。
その結界を展開するため、普段より多くの魔力を注ぎ込んでいるババアの体力消費はかなり激しい。いつ倒れたっておかしくないはずだ。
「あら、心配してくれるの? 可愛いわねぇ」
「......はいはい」
あいにくこっちはこっちでヘトヘトなので、反論する気も起きない。というか、ババアの言うことも一理ある。
教会に籠城し始めて、もう一週間もたつ。もともと外で遊ぶのが好きなマリーには、肉体的にも精神的にも厳しいはずだ。
そして、この村でまともに魔力があるのは、ババアを除くとマリーだけ。
マリーの健康状態が、今後の籠城を左右するのは間違いない。
......オオカミは夜行性だし、警戒心も強い。結界も、今のところは効いているみたいだ。
それに何より、日々元気を失っていくマリーを見ていられない。
「わかった。だけど、俺から離れるなよ」
「......うん!」
マリーは、久々に笑顔を見せた......もしかしたら、ただ単に俺が心配だったのかも、てのは、ちょっと自意識過剰だろうか。
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