第7話 幼馴染との初夜。


 結婚式は、村人全員が出席し、途中からあいにくの曇り空になったこと以外、つつがなく行われた。


 結婚式が終わると、祝宴。豚の丸焼きや黄金色のエール、豪勢な食事を囲んで皆から祝福の言葉を受けているうちに、雨がポツポツ降り出し、すぐにザーザー強くなり、祝宴は中止になったのだった。


 結婚式は、我ながら上手くやれたと思う。マリーの花嫁姿はそりゃ綺麗で、それを必死の思いで褒めることができたし、キスだって村の連中にからかわれながら、なんとか頬にすることができた。上手くやれてるのか、これ?


 ともかく、重要なのはここからだ。


「よし、やる、やってやるぞ」


 雨とともに風も強くなり、ガタガタと我がボロ屋を揺らし、隙間風がただでさえ冷えた身体に鞭を打つ。


 居ても立ってもいられなくなった俺は、ベッドから立ち上がり、部屋を右往左往して、再びベッドに座り込んだ。


 身体は、隅々までクソババアの手によって清められた。

 清められたはず、だが、むしろ穢された気がする。特に念入りにち○こを清められたことは、一生のトラウマとして忘れられないだろう。


 コンコン、と、控えめなノックに肩をビクつかせる。俺は三度深呼吸をして、「どうぞ」と扉に向かって言う。


 ギギギ、と音を立てて、扉が開き、ブロンドの頭がひょこりとのぞく。


「お、お邪魔、します」


 マリーは、震える声で言うと、ぺこりと頭を下げた。


 いつもの典型的な村娘の格好でも、先ほどのきらびやかな花嫁姿でもない。

 俺と同じ、ただの白のローブ姿なのだが、髪をおろしているのもあってか、なんだかいつもより大人っぽく、色っぽかった。


 うちの村では、結婚したその日の夜に、初夜を迎えることになっている。


 つまり、今から俺とマリーは......セックス、するんだ。

 

「......あっ、あははっ、雨、すごいね」


 マリーは、サイドテーブルに持っていた燭台をおいて、いつもの暖かい笑みではなく、引き攣った不自然な笑みを浮かべる。


 そして、ぽすんと俺の横に、控えめに座った。ふわりと匂うのは、バラの香りだろうか。


 俺がどうしたもんかともごもごしていると、マリーは「雨漏りとかしたらどうしよー」なんて言いながら、視線を俺から天井に逸らす。


「......なんだよ、照れてるのか?」


 俺は俺で、緊張が伝わらないよう、煽るようにこう言った。マリーはムッと顔をしかめる。


「あ、当たり前じゃんっ。だって私、こういうこと、初めてだしっ」


「初めてじゃないだろ。ちょうど今朝、顔にぶっかけられるとかいう”こう言うこと”の中でもヤバげなことしてんだろうが」


「ちょっと!? それ、お酒の力を借りてなんとか忘れたところだったんだよ!?」


 瞬間、マリーは顔を真っ赤にする。そして、ぎろりと俺を睨みつけた。


「アルのそう言うとこ、ほんとハンナさんに似てきたよね!」


「はぁ!?」


 あまりに許しがたい誹謗中傷に、思わず切れてしまう。


 俺とあのババアの間には、当然何一つの類似点もない。


 俺のデリカシーに欠けるような発言は、実はこの気まずい空気を変えるために狙ってやってることで、ガチで空気の読めないババアとは全然質が違うのだ。


「そんなこと言い出したら、お前だって村長にどんどん似てきてるけどな!」


「はぁ!? 私とあのハゲデブ加齢臭おっさんとの間にどこの類似点もないんだけど!? ぶっ殺すよ!?」


「言いすぎだろ......」


 うちのババアに似てきたって言ったら喜びそうだったので嫌がらせで村長の名を出したのだが、棚上げで村長が可哀想になってきた。

 俺も娘とかできたら、陰でこんなこと言われんのかな。今から憂鬱だ。


「こらっ、訂正、訂正しろっ」


 いつもの調子に戻ったマリーが、俺の胸板をボコボコ叩き出す。


 その勢いでローブを押さえる紐が緩みだし、胸元がはらりとはだけた。小麦色の健康な肌と、何やらピンク色のものが見えた。


 うおっ、下着、つけてねぇのかよ......。


「......っ!?」


 俺の視線に気がついたマリーは、バッと胸元を隠す。おっぱいも当然見たいが、今はそんなことより、羞恥に真っ赤になった顔の方が見たかった。


「下着、どうせ見せるとか言ってなかったか?」


「......しっ、知らないっ」


 そして、沈黙。視線が絡みあったかと思ったら、すぐに逸らされる。打ち付けるような雨の音が、俺を焦らせた。


 わかってる。当然、男の俺の方からやるべきだよな。


 俺は、マリーの小さな肩を掴む。視線が再び絡み合った。


 まずは、結婚式でできなかった、キスから、始めるべきだろう。


 俺は、ゆっくりと顔を近づける。右往左往する青色の瞳がぼやけて残像を残し始めた時、目を閉じた。


「......そっ、その、やっぱりやめとこっ?」


「え?」


 目を見開くと、マリーは首が折れんばかりに逸らしていた。

 何かしてしまったかと肩を離すと、マリーは身体ごとそっぽを向く。


 そして、雨音にかき消されそうな小声でこう言った。


「だ、だって私、あのグラビアの人みたいにおっぱい大きくないしっ、全然エッチじゃないでしょっ。だからっ、アルを満足させられないよっ」


「......ああ」


 やっぱり、今朝のババアのオカズ発言は聞こえてなかったみたいだ。

 助かった......いや、何も助かっちゃいない。


 これだけ可愛いマリーが、こんな風に自信を喪失してしまっているのは、俺のせいに他ならない。

 好きだと言えなかったのもそうだが、女としても見てないふりをしてきたのが、よくなかったんだ。俺みたいな男がってのもあったし、幼馴染の親友としての期間が長すぎて、照れ臭いのもあったんだろう。


 ......そういえば、あいつはちゃんと、マリーのこと、可愛いって言ってたな。

 

「そ、それはねぇよ!」


 対抗心から語調が強くなってしまう。咳払いを一つ。


 まだ、お前をオカズにしてるって方が言いやすいけど、タチの悪い冗談に捉えられたら最悪だし、俺もそう装って言ってしまうと思う。


 だったら、ここははっきりと言うべきだ。もう俺は、一人前の男で、マリーの夫なんだ。


 俺は、今度はマリーの小さな手を握った。


「胸は、小さいとかいうけど、別に気になんない、というか、むしろいいと思うし、それに、お前は可愛いし......だから」


 なんなら好きと言った時よりも顔を熱くなるのを感じながら、なんとか告げた。


「お前と......したい、よ」


「......っ」


 ゴクリ、と生唾を飲む音がする。ゆっくりとこちらを振り向いた。


 そして、柔らかそうな金髪で口元を隠すと、こくりと頷いた。


「いいよ。しよっか」


 心臓が壊れるくらいに血を吐き出し、その血が下半身に脈々と向かっていくのを感じた。


 俺は再び、マリーの小さな肩を掴んだ。今度は震えることもなく、マリーはゆっくりと目を閉じた。


 ......ああ、幸せだ。


 俺はマリーを引き寄せて、抱きしめながらキスを————————


「二人とも大変よ!」


「「ギャッ!?!?!?」」


 その時、勢いよく扉が開き、俺たちは飛び上がった。


 そして、恐る恐る振り向く。そこには、血相を変えたババアがいた。


「......おまっ、おまっ、おまっ」


 マジでふざけんなよこのクソババア!?!? デリカシーがないとは思っていたが、初夜の日に乱入してくるとかマジでイかれてんじゃねぇか!?


「マリーちゃんっ」


 俺がその怒りをぶつける前に、ババアはマリーの元に駆け寄ると、マリーを力一杯抱きしめた。


「落ち着いて聞いてね......村長さん、オオカミに襲われたの」


「......えっ」


 一向に雨は止む気配がなく、どこからか雷鳴が鳴り響いた。青白く光ったマリーの顔からは、なんの感情も見出せなかった。

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