第6話 スキル『ざまぁ(笑)』。


「......ざまぁ?」


 ざまぁ......って、なんだよ、これ。意味が、分からない。


 俺は、口の中で何度も「ざまぁ」と反芻する。

 当然、言葉の意味が変わったりはしない。「ざまぁ」は「ざまぁ」のままだ。


 もちろん、その意味を知っている。

 なにせ、今朝、俺がケントに対してやってたやつだ。気にくわない奴が不幸になる様を見て、気分爽快ってわけだ。


 ......何、つまり、今、俺、女神様にざまぁ(笑)って嘲笑われたのか? 


「......いやいやいや」


 ありえない、と首を振ったが、こべりついた疑念は取れてくれない。


 だって、考えれば考えるほどそうなのだ。


 実際のところ、自分が褒められた人間じゃないってことくらい理解してる。


 シスターの息子でありながら、『週刊武春』なんて俗っぽいものを買い、人のスキャンダルを喜んでいるような人間だ。

 そんな俺を、ソニア様が気に入ってなくても、なんらおかしな話じゃない。


 そして、俺ですら自覚的じゃなかった俺の期待を、その全知全能で見抜いていたとしたら、どうだろう。

 

 一番期待が高まる、スキル発現の時。『ざまぁ(笑)』なんてスキルを与えて俺の期待を痛烈に裏切ることによって、俺を罰そうとしたのではないか?


 分からない。でも、一つ明確なのは、『週刊武春』の当たりスキル一覧に、こんなものは載っていないということだ。


「......はは」


 笑みが漏れる。


 普段ざまぁしてるくせに、いざ自分がされる側になるとこんだけ喰らってるって、側から見たらあまりに滑稽だろうな。

 

「あ、アル? 大丈夫?」


 その時、遠慮がちな声に意識を取り戻す。


 顔を上げると、マリーが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。先ほどの出来事は、緊張か酒のおかげで、忘れたのだろうか。

 

 どっちにしても、今は話しかけて欲しくなかった。


「別に。酔っただけだ」


 目元に滲む涙を拭って、なんとか戯けた表情を作って見せたが、どこまでうまくできたかわからない。


「あ、だよねぇ、私もよっちゃったぁ」


 マリーは、ふにゃふにゃした笑顔でそう言うと、「アルのスキルは、どんなのだったの?」と俺の腕を覗き込もうとする。


 俺は、反射的に腕を隠す。


 いずれシスターを引き継ぐマリーに、こんなものを見られたら、なんと思われるか。そこまで考えてのこのスキルなら、女神様は天才だ。


「別に。意味のわかんないスキルだったわ」


 明るい声を出そうとしても、どうしても声が沈む。これ以上俺のことを喋ると、ボロが出てしまいそうだ。


「マリーは、どんなスキルだったんだ?」


「うーん、私もよくわかんなくってさぁ。アル、詳しいよね? ちょっと見て?」


 マリーは、なんのためらいもなく二の腕をこちらに見せてくる。

 

 ......万が一当たりスキルだったら、祝福できる自信がない。


 見ないでいると、マリーが「アル?」と不思議そうに首をかしげる。

 俺は恐る恐る、マリーの二の腕に視線をやった。


 スキル名は......『アルス・ノア』?


「チューニ期の、スキルだな」


 スキル研究家によると、スキルには、『チューニ期』『効果期』『ゴミ期』などがある。


 その中でも『チューニ期』は、語感のかっこよさを重視しすぎていて、結果スキル名から全くスキルの効果が想像できない。

 俺たちに与えられるのはスキル名だけなので、昔は生涯スキルを有効に使えない人も少なくなかったらしい。


 『効果期』は、そんな人類の苦情を受けてなのか、効果をそのまま示したスキルが現れた時期のことを指す。こちらは文字数の関係からか、単純明快な効果が多い。


 もちろん俺の『ざまぁ(笑)』はどちらにも当てはまらないのでゴミ期に間違いない。むしろ、クソゴミ期という新たな期を作り出す程度には、クソだ。


 『アルス・ノア』。


 ......知らない、な。少なくとも、『週刊武春』の当たりスキル一覧には載っていなかったはずだから、大したものではない、はず。


 ほっとしてしまっている自分に自己嫌悪を感じ、悟られないよう顔を逸らす。


「聞いたことないな。ハズレじゃないか?」


「......あはは、そーだよねー、あーあ、ハンナさんみたいに『食器を綺麗にふける』スキルとかがよかったなぁー」


「......そうか」


 それのどこがいいんだよ、と内心思いながらも頷く。

 すると、マリーの顔に心配の影が落ちるのが、横目にわかった。


「アル、やっぱり元気ない?」


「っ......」


 ほんと、こう言うところがババアに似てきた。


 俺は倦怠感を吐き出すように、深く長くため息をついた。


 そして、無理やり笑顔を作って、マリーの方を見た。

 大丈夫なフリをするつもりだったが、俺の中の黒い感情が喉奥までせり上がってきていることを自覚した時には、遅かった。


「ああそうだよ、悪いか? なにせ、ロクに効果もないゴミスキルを引いちまったんだ。これで俺は正真正銘のゴミ。親父みたいに冒険者として村を守ることもできず、誰からも尊敬されない......お前にだって」


 溢れ出た言葉を止めることができず、鼻の奥がじんわりと沁みて、咳を腕で抑えるフリをして、涙を拭った。


 しばらくの間、ババアが儀式で使った道具を片付ける音のみが、教会内に響く。

 ガシャンびしゃっきゃーって、絶対にぶどう酒落としただろ。掃除は後にして、とっととこの空気を変えに来い。ほんと空気の読めないやつだ。


「......私は、嬉しいよ?」


 すると、マリーがこんなことを言い出した。

 意味が理解できずしばし固まってから、心のうちで生じたのは怒りだった。


「は? なんだそれ?」


 自分もマリーに対してそう思っていたなんていう理性的な考えは、すぐに霧散してしまう。


 マリーはというと、助けを求めるように視線を右往左往させてから、躊躇いがちに口を開いた。


「その、わかってたよ? アルが、アルのお父さんみたいになりたいって思ってて......なれないことを、気にしてるのも」


「......っ」


 なんだ、マリーにも見抜かれていたのか。ほんと、自分が哀れで仕方がない。


「でも、私は......正直、なって欲しくなかったもん、冒険者」


「......なんでだよ。いたほうがいいだろ、冒険者。今だって、結界の外の魔物を狩るのに、わざわざ冒険者を使ってるんだろ。恥ずかしい話だ」


 魔物避けの結界は、あくまで魔物避け。結界外に魔物が増えすぎると、押し出された魔物が結界を越えてしまう可能性がある。


 普通は、村にいる戦闘力の高い人間がそれを狩る。俺が、そうなるべきだった。


「別にそれでいいじゃん! どれだけ恥ずかしくっても、私はアルに危ない目にあって欲しくない!......だって」


 そしてマリーは、ブルーの瞳を上目遣い、頬を染めながら俺を見た。


「だって、私は、アルのこと、大好きだもん」


「......っ」


 なんでだよ。


 なんで、大好きなんだよ。こんなステータスで、なんのいいところもない俺を。そんなの、どう考えたっておかしいじゃねぇか。


「......俺で、いいのかよ。我ながら、酷いステータスだ。お前だったら、もっといい男と結婚できるはずだったのに、それなのに、なんで、俺なんか好きになってくれるんだよ」


 聞きたかったけど、怖くてずっと聞けかなったことが、つい、口からこぼれ落ちる。

 すると、なぜかマリーまで泣きそうな顔になる。


「......バカ」


 マリーは、俺の頬に手を当て、俺の顔を持ち上げる。潤んだブルーの瞳に射抜かれて、ぞわりと産毛が逆立つのを感じた。


「アルは、ずっとずっと、私に優しくしてくれたじゃん。私のことをいじめるスラーリオたちから、身を呈して守ってくれたり、私がお母さんのことが恋しくて泣いちゃってる時は、ずっとそばにいてくれたり......」


 そして、シスターどころの話じゃない、女神様のようだと言っても不敬じゃないくらいの、慈悲と慈愛を形取った笑みを浮かべた。


「男の人は、ステータスにこだわるけど、本当に大切なことは、ステータスじゃ表せない......私はアルの、そういうところが好きなんだよ。だから、ステータスなんて、どうだっていいの」


「......っ!」


 なんだよそれ、そんなの、嬉しすぎる。


 ......ずっと、不安だった。俺みたいな男じゃあ、いつかマリーに見捨てられてしまうんじゃないかって。


「俺も.....」


 だから、好きだと言ってくれるマリーに、俺も好きだと返せなかった。それを認めてしまったら、見捨てられた時、とても辛いから。


 頬に置かれたマリーの手に、自分の手を重ねる。女神様の前で懺悔するように、自然と言葉が出ていた。


「俺も、マリーのことが、好きだ」


「......うん」


 マリーは、目を潤ませ、こくりと頷く。


 ......ああ、俺は、この日のために生まれてきたんだな。


「二人とも、元気になったみたいでよかったわぁ。わたしもパパと結婚したときは、マリッジブルーになったもん」


 二人して、肩を跳ねて驚く。


 いつの間にか片付けを終えたババアが、頭からぼたぼたぶどう酒を垂らしながら俺たちに微笑みかけていた。

 ......あのガシャンって音、ビンと頭の衝突音だったのかよ。よくきゃっで済んだな。


「それじゃ、マリーちゃん、お化粧しに行きましょうか」


 どう考えてもお前の方が化粧直ししたほうがいい、というツッコミは置いといて、今のマリーの格好は、村娘そのもの。このまま花嫁として嫁がせるわけにはいかないだろう。


「あ、はい......それじゃあ、行ってくるね?」


「あ、おう」


 マリーは立ち上がると、ババアの後をついて礼拝堂から出て行った。その後ろ姿を見送りながら、今度ばかりは、ババアに感謝してしまう。


 あのままだったら、マリーの目の前で号泣してしまうところだった。ソニア様をメンヘラなんて言えないくらいの号泣だ。


 俺は視線を正面に戻した。ソニア像が、あいも変わらぬ微笑をたたえている。


 ......うん、冒険者になんかなれなくていい。ステータスなんて、どうだっていい。ゴミスキルだってどんとこいだ。 


 心の底から、そう思えた。なにせ俺には、マリーがいるんだから。


 ......もしや女神様は、マリーというものがありながら、未だ冒険者になることを諦め切れていない俺の目を覚まさせるため、あえて手荒に祝福したのでは......にしても、『ざまぁ(笑)』はないだろって思うけど。


 先ほどまでは嫌味ったらしく見えた女神ソニアの微笑が、今や慈愛に満ち満ちたものに見える。我ながらメンヘラすぎて、思わず笑ってしまった。

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