第5話 成人の儀は陽キャの温床。


 老朽化の進んだ壁から隙間風が吹き込み、礼拝室に並ぶ長椅子は、座るたびギシギシどころかバキバキ音を立てた。


 窓は曇り時々ヒビが入っていて、せっかくいい日差しが差し込んでいると言うのに、幻想的と言うよりは不気味な雰囲気を醸し出している。都会の人間が見たら、女神ソニアの石膏像を見ない限り、教会とも思わないかもしれない。


 祭壇の後ろに構える女神ソニアの石膏像は、村長曰く、有名なドワーフの石工職人が作ったものらしいが、どうせ隣町にすむ領主に無理やり買わされたんだろう。


 石膏像とともに、ここが教会であることを示すものとして、祭壇の手間にある祈り場を中心に描かれた魔法陣がある。

  

 これは魔物避けの結界魔法の陣で、聖職者が魔力に祈りを込めることによって発動するようになっている。更に言えば、この魔法陣は教会とソニア様の像がセットじゃないと発動しないので、自然と教会を中心に村を形成されることが多い。


 成人の儀は、年度内に満十四歳になる人が教会に集まって行われる。


 都会では大勢の人が集まって馬鹿騒ぎするらしいが、うちの村は、俺とマリーの二人だけ。


 おかげで礼拝室は、ババアの女神ソニアの賛美の言葉が反響するのみだった。


「......それでは、アルフォンド・ザマァル」


 すると、ババアに呼ばれた。

 俺は長椅子を軋ませ立ち上がると、中央通路から祭壇へと向かう。

 祭壇の前に立つと、そこが少し凹んでいた。毎日のように、ここで祈りを捧げるからだ。


 祭壇には聖典が開かれ、燭台が二つ、両はしに置かれている。

 それと、これまたドワーフが作ったらしい薄貼りガラスのグラスと、赤黒い液体が半分ほど入った瓶。


 ババアは乳と同じく垂れた目を見開いて、俺を見た。

 

「汝は、女神ソニアを生涯信仰することを誓いますか?」


 まるで、ひと足早い結婚式だな、と思いながら、「誓います」と言う。


「汝は、女神ソニア以外の神を信仰しないことを誓いますか」


「誓います」


「汝は、女神ソニアのことを絶対に裏切らないことを誓いますか」


「......誓います」


「汝は、女神ソニアが精神的に辛くて泣いてるとき、すぐに駆けつけ朝まで手を握ってそばにいることを誓いますか?」


「......誓い、ます」


 前々から思ってたけど、女神様ってメンヘラなんだろうか。自分たちが信仰してる神がメンヘラとか嫌なんだが。て言うか女神様の元に駆けつけるには死ぬしかないし、つまり自分を元気付けるために死ねってことか? メンヘラの中でも最上級だな。


 すると、ババアは頷いて、ぶどう酒のコルクを抜いた。そして瓶を持つと、グラスになみなみぶどう酒を注ぐ。


 ババアは、溢れないようゆっくり俺の方にグラスを滑らせた。


 俺も溢れないよう、慎重にグラスを持ち、縁に口をつけ、ババアの方を伺う。


 すると、ババアはごほんごほんと咳払いする。

 そして、口元を両手で囲い、深呼吸すると、こう叫んだ。


「アルくんの〜、ちょっとイイとこ見てみた〜い!」


 そして、両手を一定の拍子で叩き出す。


「はーい飲ーんで飲んで飲んで飲んでっ、飲ーんで飲んで飲んで飲んでっ、飲ーんで飲んで飲んで飲んでっ」


 神聖な教会にあまりに似合わないババアの頭の悪い掛け声とともに、俺はワインを一気に呷る。


 アルコールの強烈な風味と、ぶどうの酸味に口が拒否反応を起こす。吹き出したらやり直しなので、なんとか堪えた。


 もしこれがババアの悪ふざけだったら、我慢どころか無駄にでかい乳にワインを吹き出してるところだが、残念ながらこれが、正式な儀式だ。


 ......ソニア様って、メンヘラはメンヘラでもメンヘラ陽キャなんだろうか。なんだその特殊な人種怖すぎるだろ。


「飲んで飲んで飲んで飲んじゃってっ」


「......ぅぷ」


 なんとかグラスを空にした。そして、ソニア像を見上げる。


 すると、ソニア像の組まれた手がポワッと青白く光り出す。


 青白い光は、ゆらゆらと風に煽られ落ちる葉っぱのように落ちてくる。

 そして、俺の左手の甲に触れた、かと思ったら、そのまま溶け込んでいった。


 青白い光が、左腕全体に灯ると、火照った身体に涼風が通ったような感覚。ぶるりと身体がうち震えた。


「はい、アルくんお疲れ様......次、マリー・フリッツ」


「はっ、はい!」


 これにて、成人の儀は無事終了だ。どんなもんかと思ったが、随分とあっさりだったな。


 手と足が一緒に出ているマリーとすれ違って、元いた椅子に身を投げ出した。


 左手に視線を戻す。発光は徐々に弱まっていき、やがてたち消えた。しかし、まるで左手が自分のものじゃなくなったかのような違和感は消えない。

 不安になって二の腕を上下にさすったところで、今朝やっていたことを思いだし、なんだか不謹慎な気がして離す。


 成人の儀は、ただ成人を祝うだけのものではない。

 

 同時に、”スキル”を頂戴する場でもあるのだ。


 スキル。魔力を使わずに発動する、不思議な効果の総称だ。

 代表的なところでいうと、力のステータスが二倍になったり、魔法による攻撃のダメージを半分にできたりする。


 同じような魔法が、あるにはある。だが、魔力がなくても発動することから、魔力がなくなり効果が切れたら意味のない魔法とは一線を画し、特に魔力量に乏しいヒト族にとっては魔法よりもよほど使いやすい。

 また、効果も魔法より高かったりしたり、魔法じゃ絶対できないようなスキルもある。回復力が高まりすぎたがゆえ、ほぼ不死身になった冒険者もいたくらいだ。


 そんな異能を酒が入った状態で得られるんだから、若者が馬鹿騒ぎしても仕方ない......という意見もあるが、俺からしたらやっぱり馬鹿だ。


 はっきり言って、大半のスキルは大したものじゃあない。

 

 実際、次回出る『週刊武春』に載っているだろう、”今年成人した若者のスキル事情”の記事の中のスキルは、八割方大したものではないはずだ。当たりスキルは数少ないし、それらはほぼ女神ソニアを深く信仰したやつの元に行くものだ。


 信仰、というと、跪いて祈りを捧げる姿が想像できるが、実際のところは違う。

 

 『週刊武春』によると、信仰は金で買える。


 女神ソニアを敬愛し、毎日祈りを捧げている貧乏人よりも、毎週教会に寄付している大金持ちの方が、いいスキルが当たるのだ。


 つまりは、持たざる者はずっと持たざる者ってわけだ。ほんと、世知がない世の中だ。


 ということで、当たりスキルを得てただの村人が一発逆転、なんてことは、せいぜい冒険小説の中でしか起こり得ない。


 だから、そこらへんの馬鹿な若者よりかはまだマシな俺は、そんな馬鹿げた期待なんてしない。


「......期待なんてしてたまるかよ」


 親父は、ここら一帯では有名な冒険者だった。

 

 冒険都市マルゼンで活躍し、母さんとの間に子供を成して故郷に帰ってからも、冒険者としてクエストを受け続けた。


 ここらの冒険者の中で一番強く、スオラ村だけではなく、隣町の領主からも頼られるほどの男だった。


 そんな親父に憧れ、当然自分もそうなるものだと思っていたから、なれないと知った時、ショックで一週間も寝込んだ。それからも諦めきれずもがき続け、時間をただただ無駄にした。苦しかった。


 あんな思い、二度としたくない。だから、期待なんてしていない。

 

「......ふぅぅ」


 俺は大きくため息をついてから、右の人差し指で、左の手のひらに”開く”を意味する古代文字のを描いた。


 そして、そのまま人差し指を、手首から肘窩ちゅうかにかけて、つーっと下ろす。


 すると、その指に連動するように、青白く光る文字が、二の腕にぽつぽつと滲み出てきた。


                   力

                  3 6

                  持久力

                  8 15

                   走力

                  3 5

                  敏捷力 

                  5 8

                  技術力

                  9 20

                  回復力

                  5 10

                  思考力

                 18 25

                   魔力

                  0 0


 ......ほんと、死にたくなるような身分証明ステータスだな。


 九歳の時に得る祝福、”身分証明ステータス”。


 ”身分証明ステータス”とは、力、持久力、走力、敏捷力、技術力、回復力、思考力、魔力の八項目の能力を、二つの数値で表す祝福。


 二つのうち一つは、今現在の能力値。そして、もう一つは、その個人が最大限の努力によって到達できる最高値。現在値と将来値、なんて呼ばれている。


 これを見ることによって、自分が何者なのか、そして、何者になれるのかを知ることができる。

 大抵のことは身分証明ステータスで判断され、冒険者パーティの中には、一つでも将来値が三桁を下回ればその時点で加入を断るパーティもある......一桁なんて、冒険者どころか、男としてありえない。


 だから、ソニア教信仰者の将来は、九歳でほぼ決まるんだ。


「っ!」


 思わず、声にならない悲鳴をあげる。


 その文字列の一番下に、ひときわ強い光とともに、”スキル”を意味する古代文字が現れたのだ。


 気づけば手のひらに、ちょっとした汗の水たまりができていた。

 ズボンで拭おうか迷ったが、なんだか動かすと良くないような気がして、そのまま動かさないでおく。


 ”スキル”の文字がはっきりとしてくると、今度はその下が光り始めていた。


 生唾を飲み込む。心臓が急速に動きだし、全身から変な汗が出てきた。他のことを考え意識をそらそうとしたが、無理だ。


 期待は全くしていない。だが、ババアの命令で毎日ソニア像の前で祈りを捧げていたわけだし、手入れも欠かさなかった。もし、それが評価され、万が一当たりスキルを手に入れることができたら。


 シスターの息子だからじゃない。ちゃんと、マリーにふさわしい男になれるんじゃ。






                 スキル

               『ざまぁ(笑)』






「......は?」


 現れたのは、そんな俺の希望を打ち砕く、嘲笑の言葉だった。

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