第4話 幼馴染は許嫁。


 未だ心ここに在らずのマリーの手を引っ張り外に出ると、村はすでに活気付いていた。


 大抵の村は、畑の収穫だけじゃとても食っていけない。よって、農閑期でも、大半の村人は朝早くから内職をするのが普通なのだ。俺も、祈りの後、何度も手伝ってきた。


「おっ、お二人さん、朝っぱらからお熱いねぇ」


「マリーちゃん、今日も可愛いなぁ。花嫁姿、楽しみだぁ」


「村一番大きな豚を祝宴に出すからね。楽しみにしておいて」


 まあ、今日は内職より、俺とマリーの結婚を祝うための準備の方が主だろう。


 結婚式の準備に奔走する村人たちは、俺たちを見るや否や、祝福の言葉をかけてくれた。

 気恥ずかしいが、もちろんむすっとしてるわけにもいかないので、とりあえず笑顔で返す。


 教会は、村の中心部にある広場に立っている。


 広場には長机がいくつか設置されていて、すでにいくつか、ババアの乳ほどはあるパンが並んでいた。いや、ババアの乳よりは小さいか。おい、なんで俺ババアの乳と比較してんだよ。気持ち悪りぃ。


 結婚式の後、ここで祝福の宴会を開くことになる。子供の頃は、普段よりもいい飯が食える日ってことで、ただただ嬉しかったことを思い出した。


 結婚なんて、全く自分に関係のないことだと思っていたんだ。今思えば、馬鹿げた話だ。


「よう、随分と幸せそうだな」


 振り返ると、そこにいたのは、パンを抱えた男、スラーリオだ。

 三つ年上のパン屋の息子は、パンにカビが生えてしまいそうな湿った視線を送ってくる。


「......まあ、な」


 マリーの手を離すが、まぁ、手遅れだ。

 スラーリオはパンを皿の上に並べると、俺の方につかつかと歩み寄ってきた。

 

 そして、俺にだけ言うようで、マリーにも聞こえるくらいの声量で、こう言った。


「よかったな。シスターの息子でよ。そのおかげで、マリーと許嫁になれたんだもんな」


「......さぁ、どうだろうな」


「どうだろうもこうだろうもないだろ。村一番の美人は、村一番のステータスの男が嫁にするもんだ」


「......古い習慣だ」


「......まぁな」


 悔しさを滲ませるスラーリオ。そして、深々とため息をつくと、二歩下がり、仏頂面で言った。


「それじゃあ二人とも、成人おめでとう」


 そして、踵を返して去って行った。その後ろ姿を見ながら思う。


 確かに、スラーリオの言うことも一理ある。


 俺はシスターの息子なおかげで、村一番の美人のマリーと結婚できるんだ。


 都会と違って、田舎には魔力がある人自体が珍しかったりする。なので、都会のシスターと田舎のシスターの様相は、だいぶ違う。都会のシスターは生涯処女であることが求められる(実態はどうであれ)が、田舎のシスターは、なんなら子沢山が多かったりするのだ。


 ただ、なんでもありってわけじゃない。

 いってもシスターは生涯一人の男性としか結婚してはいけないという決まりがある。親父が死んでしまった結果、ザマァル家の子供は俺一人になってしまった。

 

 そして、シスターの息子でありながら、俺が魔力を持っていないことがわかったのと同じ時、マリーに魔力があることがわかった。


 村にシスターがいないと、すぐに村は魔物まみれになってしまう。村で一番の権力者は村長だが、一番重要な存在はシスターで間違いない。


 村でまともに魔力があるのは、うちのババアを除けばマリー一人。村の存続のためにはマリーがシスターになる必要があるが、母親もシスターだったババアと違って、マリーはただの村娘だ。シスターになるには、縁が足りない。


 なので、俺がマリーを娶ることにより、マリーにシスターになる権利を譲渡しよう、と言うのが、村長が村一番のステータスの低い男と我が娘を許嫁にした、たった一つの理由だろう。そうじゃなきゃ、ありえないことだ。


 パン屋のスラーリオは口に出したが、ここに来るまで俺たちを祝福した村人たちも、釣り合っていないカップルだ、と内心思っているはず。古い習慣、なんて言ったが、特に男の価値は、未だステータスで決まると言っても過言じゃない。つまり、俺の男としての価値は村一番低いということになるからだ。


 そんな男が、村一番の娘と結婚し、一気に村長候補だ。村長は村長で、病気でなくなったマリーとのお母さんの間に、一人しか子供をもうけられなかったからな。

 世襲制の色濃いこのスオラ村で、村長亡き後、誰が村長をやるかといえば、多分俺。


 親の跡を継ぎパン職人になるスラーリオからしたら、俺みたいなのはムカついて仕方がないんだろう。その気持ちはよく理解できるから、怒るに怒れない。


 そう言う事情があるので、マリーと結婚できる日だって言うのに、どうも気分が上がり切らないわけなのだ。


 ......マリーは、なんでそんな俺のことを、好きって言ってくれるんだ。


 マリーの方を、ちらりと見る。


 マリーはというと、「揉めば揉むほど、大きくなる......」と言いながら、自分の胸を揉みしだいていた。


「......なぁ」


 聞こうと思って、口を閉ざす。もし、俺が望むような答えが返ってこなかったらと思うと、怖くて聞けなかったのだ。


 これで巨乳になられたら、いよいよ格差がやばいな、と、俺はマリーの腕をつかんで、教会へと連れ入った。

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