第3話 デリカシーのない母親は人狼より怖い。
ぴちゃん、ぴちゃんと、匙からスープが水滴になって垂れる音が響く。開け放った窓から吹き込んできた風が、青麦の匂いを運んできた。
食卓に置かれたスープにさじを通す。具材は豆とキャベツのみの、味もへったくれもない貧相なスープだ。フリルでフリフリのテーブルクロスとのギャップも相待って、なんとも侘しい。ババアの少女趣味のせいで部屋は基本ファンシーで、壁にかけられ輝く父親の形見の剣だけが、異様に浮いていた。
「......っ」
しなしなのキャベツをさじで持ち上げたところで、股間にずきりと痛みが走る。まだ確認できてないが、もしや一人前の男になる前に一人前の女になってしまったんじゃないか。
そんなことよりも気になるのは、マリーの様子だ。
いつもの食卓なら、朝っぱらからマリーがやいやい騒がしいおかげで、まずいスープに集中しなくて済むんだが、今日はとても静かだ。
ちらりと見ると、マリーは、スープを匙ですくったところでピタリと止まっていた。例えるなら、森にあるでっかい石をひっくり返した時の裏側のような表情だ。
こうなるのも仕方ない。マリーにはそう言う経験が一切ないってのに、いきなり顔面にエクスカリバー砲を食らったんだ。頭まで真っ白になっちゃうだろう。
しかし、果たして謝るべきなんだろうか。
だって、愛剣の手入れなんて、男ならやって当然のこと。
その最中に勝手に部屋に入られ、貴重なエクスカリバー砲を無駄撃ちさせられた俺の方が、よほど被害者じゃないだろうか。
エクスカリバー砲の無駄撃ちで魔王を倒せなくなったらどうしてくれるんだって話だよ。射◯で救われる世界とか嫌だから別にいいか。
「ねぇあっくん、マリーちゃん、どうしちゃったのかしらぁ。せっかくの二人の門出の日なのに、太った痔おじさんが四つん這いになった時みたいな顔してるわよ」
すると、俺の正面に座る”ババア”こと俺の母親が、頬に手を当て、あらあらと心配そうにこう言った。
石の裏に例えた俺が言えることじゃないが、あまりに酷すぎる表現だ。ていうかなんで痔の太ったおじさんが四つん這いになった様を知ってるんだよ。気持ち悪りぃ。
「......おいババア、あっくんって呼ぶなっつってんだろ」
ただ、マリーには悪いが、今はこっちの方が不快だ。大人になる息子を、あっくん呼びはあり得ない。
「むっ、あっくんがママのことババアって呼ぶうちは、ママもあっくんのことあっくんって呼びますぅ」
ババアは吐き気を催すぶりっ子口調でそう言うと、俺を訝しげに見た。
「もしかして、マリーちゃんにもそんな意地悪なこと言ったんじゃないでしょうねぇ?」
「............は? 意地悪なんてしてないが?」
顔◯はどう考えても意地悪なんてもんじゃすまない。
だから、嘘はついてない、はずだ。
しかし、常に俺が悪いと決めてかかるババアは、「そういえば、ざまぁ?、とか叫んでたわね。ダメよ、女の子相手にそんな汚い言葉使っちゃあ」と眉間にしわを寄せブツクサ言い出す。
あのざまぁはマリーに対して言ったわけじゃあないんだが、どうせ弁解しても無駄だ。
だったら偽悪的に振る舞ったほうが、まだババアの思い通りにならなくていい。
「ざまぁはざまぁだろ。これからシスターとして、こんなつまらない村を守らないといけないんだからよ」
皮肉っぽく口もとを吊り上げて見せると、合わせてババアのタレ目も吊り上がる。
「こらっ、晴れの日になんて後ろ向きなこと言うの! 確かにスオラ村はつまらないし老人ばっかでイケメンもいないしから守る価値ないけど、そんなはっきり言うことないでしょ!」
「そこまで言ってないんだが?」
ま、このババアはあの冒険都市マルゼン出身だからな。俺の父親に孕まされなかったら、今頃都会で楽しくやってたはずだから、なおのことだろう。
「でも、二人にとってはつまらなくもなんともないでしょ? お互い大好きな人と、これからもずっと一緒に居られるんだから」
「っ......うるさっ」
......こいつ、なにさらっと大好きとか言ってんだよ。マジでノンデリだな。
俺は横目でマリーの方を伺う。表情に変化は見られない。どうやら聞こえてなかったみたいだ。
当然、こんな可愛くて......俺のことを、”好き”と言ってくれてる幼馴染のこと......だが、そんなことを、先に親の口から言われては、こっちとしては立つ瀬がないのだ。
「頼むから、食事中は静かにしてくれ」
これ以上余計なことを言わないように釘を刺したが、こいつは東洋の呪いの人形みたいなもんで、釘を刺された方がより生き生きしてくることを思い出す。
「だってそうじゃない。あっくん、夜な夜な『マリー、マリーっ』って、切なそうにマリーちゃんの名前を呼びながらオ○ニーしてるしねぇ」
「おい!? 何言ってんだテメェ!?!? て言うか覗いてたのかよ!?!?」
「あ、皮を使ってのオ○ニーが気持ちいいのはわかるけど、あんまり激しくしてると伸びちゃうわよ?」
「黙れ!!!」
......こいつ、ノンデリとかそう言うレベルじゃねぇ!? 村に紛れ込み混沌を狙う人狼でも躊躇うような所業だぞ!? 親がやることか!? マジで信じられねぇ!
俺は、恐る恐るマリーの方を伺う。よかった、やはり聞こえてなかったみたいだ.......いや、よく見たら、虫、もしくは疣痔の数が増えたようにも思う。
「ババアテメェ、嘘ついてんじゃねぇぞ!!」
「こら、怒鳴らないの。全く、そんなところまでお父さんに似ちゃって」
ババアは、自分の大罪を一切自覚していないみたいだ。
大げさにため息をついてから、カピカピのパンで残ったスープを吸い上げ食べてから、布で皿を拭きだす。
そしておもむろに立ち上がって、腕をクロスすると、なんのためらいもなく服を脱ぎ捨てた。
ぶるん、と言う不快な音とともに、脂肪の塊が露わになる。
「ウプッ」
胃から口に逆流してきたスープを、なんとかもう一度飲み込む。こいつ、マジでっ......。
「おい! ここで着替えるなって言ってんだろ!! ていうか下着くらいつけろ!!!」
絶叫すると、クソババアは上裸のままポッと頬を染めた。
「あらあら、マリーちゃんだけじゃなくって、ママまでえっちな目で見てるの? 本当に困った息子ねぇ」
「死ね!!!」
見てるわけねぇ! プレセアとおんなじくらいの乳のくせに、なんでこう汚ったねぇ脂肪の塊にしか見えねぇかな!!......いや、乳単体だけで見たらかなりエロい。うぇっ、顔見た瞬間キモい!! なんだこれ、心が二つある!!
クソババアは、「もお、そんなこと言って、ママが本当に死んじゃったら泣くくせにぃ」とブツクサ言いながら、隣の椅子にかけてあったローブ状の黒のトゥニカをかぶって着る。
そして、腰に紐を巻いて無駄にでかい乳を強調してから、切りそろえた髪をまとめて頭巾を被った。
......こんな最低最悪の女でも、修道服を着た途端シスターに見えるんだから、服の力って偉大だ。この女でもシスターになれるんだから、マリーなら女神様にでもなれるんじゃないか。
そう思ってマリーの方をちらりと見ると、マリーは例の顔のまま、自分の慎ましやかな胸に手をおいている。いや、乳のデカさはシスター云々と全然関係ないと思うが。
「それじゃあ、ママは先に行って色々準備してくるから......そうだ」
クソババアはドアノブに手をかけたところで、こちらを振り返る。
そして、ムカつくくらいシスターらしい微笑みを携え、こう言った。
「二人とも、結婚おめでとう」
「......ああ」
積もりに積もった不満を、スープと一緒に飲み込む。俺も大人になったってことだろうか。
今日は、成人の日。俺たちは女神ソニアの元大人になり、そして、お互いが生涯の伴侶であることを誓い合うのだ。
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