第17話 幼馴染の裏切り①。
「......どういうこと? ウィンのお父さんが、総長なんだよね? だったら、いつかなれるんじゃないの?」
「いや、そうでもないんだ!」
ウィンは妙に明るい口調でそう言うと、自分の空元気を嘲笑うようにため息をついた。
「今でこそ、偏見は減りつつあるけど、その昔、魔法使いは不気味な術を使う穢れた存在だと言われていた。魔人たちや南東大陸からやってきたエルフたちが、魔法を使って人族を侵略していたわけだから、その流れを考えたら自然とも言えるかもね......古くから傭兵稼業に従事していたマイヤー家には、色濃くそういう思想が残っている。だから、総長は代々剣士が務めてきたんだ」
俺は、なぜだかこのままウィンに黙っておいて欲しくて仕方なかった。
何やら嫌な予感がしてたまらなかったのだ。
「事実として、僕は跡を継げなかった」
「......継げなかった、って」
「先月、祖父が急死してね。その代わりに、父さんギルド長になるんだ。それに伴って、父さんはマイヤー・ファミリー総長を退任する。本来だったら、直系の僕が跡を継ぐべき立場なんだけど......祖父の遺言でね。『マイヤーの名を持つものたちに剣を握らせ、孤島で決闘をさせよ。魔法の使用は禁ずる。そこで勝ち残った者を、総長に任じよ』......次期総長を決めるのは総長の仕事なんだけど、父さんは祖父の提案を受け入れたよ」
なんだそれ、そんな話、聞いたことがない......当然か。こんな重大な話、『週刊武春』みたいなゴシップ誌に漏らすはずがない。
「僕は、父さんの一人息子だ。分家に総長の座を渡してしまったら、父さんは僕のことを心底軽蔑するだろうね」
こっちは、聞いたことがある。ウィンの父親は敬虔なエリス教信者なので、貴族には珍しく、一人しか妻を娶らなかった。
そして、ウィンを産んだ数日後、ウィンのお母さんは亡くなった。その後やはり新たな妻を娶ることもなく、ウィンはたった一人の息子となったのだ。
「......ははは、正直、絶望してたんだけどね」
今度は、自嘲気味だが、どこか明るさを感じさせる笑い声だった。
「でも、アルに言われて目が覚めたよ。僕は、恵まれているんだ。それなのに絶望だなんて、我ながら嫌な貴族になったものだなってね。僕は僕で、『マイヤー・ファミリー』のために日々働くことにするよ。そうすれば、きっと、父さんだって......僕を、認めてくれるはず、だし......」
語調が弱くなっていく。
二度相見えた俺でも、あの冷徹極まりないガラス玉のような目で泣き叫ぶ息子を見ていた男に、そんな情があるようには思えない。実の息子のウィンなら、よくわかっているはずだ。
......後で、謝ったほうがいいかもしれないな。事情を知らなかったとはいえ、言いすぎた。
いや、後とかじゃなく、今謝ればいいか。俺の性格上、先延ばしにすればするほど謝りづらくなってしまう。
それに、マリーがちょっと立ち入りすぎだ。貴族の相続争いなんて厄介な話、部外者のマリーが聞くべきことじゃない。
普段、なんだかんだ毎回武春のゴシップに興味ありげだから好きなんだろうけど、ああ言うのは雑誌で楽しむからいいんだ。本人から聞き出すってのは、ちょっとマナー違反な気がする。
俺は、ドアノブに手をかけた。
「それって、女の子は出られないの?」
その時、マリーがこう言った。ただゴシップが聞きたいとかそんなんじゃない、深刻極まりない口調だ。手が止まる。
しばらくの沈黙の後、「あ、決闘のことだよね」と、戸惑いをにじませながら、ウィンが答える。
「女性も何人か参加するし、なんなら総長の有力候補の一人が女性だね」
そこから、長い沈黙が続いた。
しかし、扉越しでも、その沈黙が、無言の探り合いを含んでいるのが感じ取れる。
「......それじゃあ、さ」
その沈黙を破ったマリーの言葉は、なぜか踊っていた。ぞくり、と背筋に寒気が走る。嫌な予感は、確信に変わっていた。
俺は、ゆっくりとドアノブを捻った。ドアの隙間から、椅子に座るマリーが見える。
見慣れたはずの後ろ姿が、なぜか全くの別人のようだった。
「私がウィンと結婚してマイヤーになって、その決闘で勝ったら、私が総長になれる? それで、ウィンのこと、総長に指名することができる?」
「......はっ?」
マリーの後ろ姿が、ぐらりと揺れる。
「......え、どうなんだろう、まぁ、そうだね、できないことは、ない、と思う、けど」
揺れる世界の中で、ウィンが狼狽している様が見える。聞き間違い、じゃない? でも、それじゃあまるで......。
意識が混濁していく中、聞き漏らしてはいけないと、耳をすます俺がいた。
「だ、だけど、まあ、ありえない話だよ。だってマリーは、もう、アルと結婚してるんだから」
「ううん、大丈夫。別れたらいいから」
......え。
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