第16話 幼馴染が本当に剣聖になった。
ウィンの防御力皆無そうなお洒落マントは、その実北方大陸に生息する雪龍の皮を何層にも使ったマントだった。
そのマントは、人狼の攻撃からウィンの身を守った。それからの大木との衝突は、間に風の壁を作ってガードしたらしい。
しかし、それでも人狼の一撃は強烈だったようだ。シンに抱えられ村まで運び込まれたウィンは、俺の部屋のベッドに寝かされている。スオラ村にはまともな宿もないので、せめてもの償いとして貸したのだ......にしては、軽すぎるか。
人狼を肉塊にしたマリーはというと、つきっきりでウィンに回復魔法をかけている。
あまりの集中ぶりに、なんだかいづらくなって、部屋の外で待つことにしたのだった。
壁にもたれてただただ立ち尽くしていると「......ウィン!? よかった!!」とマリーの喜ぶ声が聞こえてきた。
どうやら、ウィンが起きたらしい。
部屋に入るべきか、どうか。
しばらくの間迷っていると、俺の迷いなど勢いよく扉が開かれた。
「おいお前。ウィンが話したいことがあるそうだ」
シンは苛立ちに歪めてそう言うと、ズカズカ階段を降りて行った。その後ろを「待ってよお姉ちゃん!」とミャコが付いていく。
シンがイライラしているのは、主人を守れなかったから、ではなく、マリーに一切相手にされないからだろう。
シンはバラバラになった人狼を見て、最初は獲物が取られたと不機嫌そうだった。
しかし、すぐに人狼をバラバラにしたのがマリーの仕業だと見抜いたシンは、マリーに勝負を挑んだわけだが、当然、マリーがそんなことを受け入れるわけもない。
断られ、それどころかマリーに「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」と怒鳴られたシンは、しぶしぶと言った様子でウィンをここまで運んできたのだった。あの態度は、さすが上位種、と言ったところか。
てっきり責められる、どころか、首を飛ばされると思っていたから......少し安心してしまった自分が、恥ずかしい。
「邪魔、するぞ」
自分の部屋に邪魔もクソもないんだが、と心の中で自嘲しながら、俺は部屋に入った。
俺の粗末なベッドじゃあ、サイズが合わなかったみたいだ。長い脚をベッドから飛び出させながら、ウィンは横になっていた。
「......アル」
ウィンはベッドから起き上がる。椅子に座るマリーが、「ウィン、無理しちゃダメだよ!」と止めるが、ウィンは聞く耳を持たない。
「ごめんね、二人とも。大口叩いてたのに、二人を危険に晒させてしまって」
そして、深々と頭を下げた......クソ、どいつもこいつも、なんで俺を責めないんだ。
俺が余計なことせずおとなしくしとけば、あのまま逃げられた。ウィンやマリーを、危険にさらすことはなかったんだ。
「......こちらこそ、悪かった。全部、俺のせいだ」
ウィンは首を振ってから、仕切り直しと言わんばかりに一つ咳をした。
「それで、何があったの? シンが、何もしてないって言ってたけど」
......いや、あいつらが上位種とか、ウィンが優しいとか以前の問題か。皆、俺なんてもうどうでもよくなっているんだ。
人狼の攻撃を受ける瞬間、ウィンは全滅を覚悟したはずだ。しかし、目覚めたら皆無事で、鬼族の助けもなかったという。
「......ああ、そうなんだ、その......」
「私がやったんだ」
どう答えるべきか迷っていると、マリーがはっきりとした口調で割り込んできた。少し違和感を覚えたが、そんなことを言っている場合ではない。
「......そっか」
ウィンは、思ったより驚かなかった。
無論、ただの村人であるマリーが、人狼を倒せるわけがない。
しかし、そんな常識を一変させるような力が、ちょうど俺たちに与えられたところだというのは、ウィンの記憶にも新しいところだろう。
「そういえば、聞き忘れていたね。二人が、どんなスキルを得たのか」
そう、ウィンが外れ? スキルを引いたように、俺たちもスキルを与えられた。
当然、ここで聞きたいのは、マリーのスキルだろう。
「その、私のは......『アルス・ノア』? って言うんだけど」
「......『アルス・ノア』」
ウィンの顔から、ふっと表情が消えた。
そして、うわごとのように、何度も『アルス・ノア』と呟く。無表情は無表情でも、様々な感情がお互いを打ち消しあって無表情なんだろうと言うのが伺えた。
「......ふふ」
そして、ウィンは笑った。小刻みな笑いがだんだんクツクツと豪快になっていく。
その笑顔に狂気を感じて、俺は助けを求めるようにマリーを見たが、マリーは、心配している、とは少し違う、真剣な瞳でウィンを見つめている。
釣られて視線を戻すと、ウィンは、目元に浮かんだ涙を拭って、こう言った。
「それは、まさしく僕が一番欲していたスキルだね」
......そうだろうと、予想はしていた。
剣すらまともに持てないはずのマリーが、人狼を華麗な剣技でバラバラにできるほどのスキルだ。ウィンどころか、誰でも欲しいに決まってる。
「......どんなスキル、なんだ?」
マリーが何も言わないので、代わりに聞く。
「......『アルス・ノア』は、マイヤー・ファミリー十一代目総長、”剣聖”ユリア・マイヤーが享受したスキルなんだ。彼が剣聖と呼ばれたのは、まさしくそのスキルのおかげだった......要は、獲得さえすれば、誰でも剣聖になれるスキルだよ」
「......聞いたこと、ないけど、そんなスキル」
呟く声は、震えていた。
「そうだね。そういう、国家を揺るがすほどのスキルは、箝口令が敷かれることが多いんだ。そういうスキルは上流階級の手に渡ることが多いから、世に広まりにくいしね」
「......国家を、揺るがす」
つまり、ただの村娘で、この小さな村のシスターになる予定のマリー・フリッツは、伝説の剣聖のように、国家にとって重要人物になったってわけだ。
「......ははは、すごいことになったね」
ウィンは、自分が望んだスキルが幼馴染の女の子に渡り複雑な気分なんだろう。だが、俺だって......いや、俺の方が、よっぽど変な気分だ。
同じ教会で、同じように恩恵を受けた。もし、恩恵を与えるシステムが、順番なんて単純なものなら、ちょっとしたずれで、俺に『アルス・ノア』が渡っていた可能性もある。なんで俺じゃないんだと、思わざるおえない。
何より、女神の御前で生涯をかけて守ろうと誓った妻が、剣聖になったんだ。今になると、あまりに笑える誓いだったわけだ。
......一番複雑なのはマリーだろうと、マリーの方を伺う。
このとんでもない幸運を目の前に、マリーの横顔からはなんの感情も読み取れない。しかし、それは必死に感情を押し殺しているようにも見えた。
一体マリーは、何を考えているんだろう。
「......アル、その」
だから、最初にマリーの口から俺の名前が出た時、俺は心底ホッとした。
しかし、続く言葉は、俺の期待通り、とはいかなかった。
「ウィン、まだ回復魔法かけたほうがいいと思うから、ちょっと」
「え? あ、おお......」
......出て行けってことか? 俺の部屋だぞ。
それに、ウィンには悪いが、そんなこと言ってる場合か? お前は今、剣聖になったんだぞ。
そんな言葉が喉をついたが、押し込む。助けてもらった身、何も言う権利などない。
「それじゃあ、俺は下で休んでるから」
俺は後ろ髪をひかれる思いで部屋から出た。そのまま後ろ手で、ドアノブを掴み、扉を閉めたところで、ドッと疲れに襲われる。深いため息がついて出た。
これから、どうなる? マリーが剣聖になった今、マリーも、マリーの夫である俺も、このままでいられるのか?
......すべて、ウィンにかかっている。
マリーは、国の重要人物。そして、マイヤー家の伝説と同じスキルを持つ。ウィンの立場だったら、マリーを放っておく道理はない。
......でも、大丈夫だ。あのウィンが、貴族の面倒な権力争いや、魔物との戦闘や他の国との戦争に、マリーを巻き込むはずがない。
マリーが『アルス・ノア』を手に入れたことを、今後一生隠し通してくれるはず。いや、それどころか、今後も村のシスターとして平穏な生活を送れるよう、全力でサポートしてくれるに違いない。
ならば、このまま、俺たちはこの村で一生を過ごす。
そうなるはずだ、と、一歩踏み出す。
「なんで、『アルス・ノア』が欲しかったの?」
その時、マリーの声が聞こえてきた。
盗み聞きするつもりはなかったのだが、つい足を止めてしまう。
「......えっと」
「だって、ウィンは魔法使いなんでしょ? だったら、魔力が増えるスキルの方が、よかったんじゃないの?」
「......ああ、なるほど」
それなら、俺でも答えられる。もしウィンが獲得していたら、魔法剣士として、無敵と言って差し支えない冒険者になっていた。今回みたいに、魔法耐性のある人狼から、逃げる必要だってなくなるわけだ。
「......『マイヤー・ファミリア』の組長になるためかな」
しかし、ウィンの答えは、俺が思っていたものとは違った。
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