第12話 幼馴染と再会。


「......ウィン、久しぶりだな......その、助かったよ」


 敬うかどうか迷い、ババアがあの調子だから別にいいだろうと、昔の調子で言う。マリーも俺に続いて慌てて礼を言うと、ウィンは無言で首を振った。


 そして、教会を見渡す。皆から微笑みかけられたウィンは、俺たちに向き直った。


「嬉しいよ。みんなが僕のこと、覚えてくれてたみたいで」


「そりゃ、覚えてるに決まってるだろ」


「あはは、でもアル、さっき僕を見たとき、一瞬誰だ? みたいな顔してなかった?」


「......まあな」


 そりゃ、グリフォンの背中から顔出されたら、誰だ? みたいな顔にはなるだろ。逆光もあったし。


 まあ確かに、見た目はだいぶん変わった。昔は女の子と見間違えられるくらいだったが、今は顔立ちは随分凛々しくなって、身長なんて、昔は俺の頭一つは低かったのに、今や頭一つ抜けている。


 その身体を覆うのは細かい紋様があしらわれた純白と紺青色を基本としたローブ。先端に巨大な宝玉は、きっとこの村一つ簡単に買えるくらいのものなんだろう。


「そりゃまあ、俺は糞尿の片付けしてるときに転んで真っ茶色になったお前しか知らないからな。お前、案外肌白かったんだな」


「あはは、それは忘れて欲しかった」


「......!? こっ、こらっ、失礼なこと言わない!!」


 すると、隣でポケーっとしていたマリーが、やっと意識を取り戻したようだ。俺の頭をペシっと叩いてくる。


 そしてウィンに、にへらとぎこちない笑みを作った。


「ほっ、本当にありがとね、ウィン。まさか、ウィンが来てくれるなんて思わなかったから、すごく、嬉しい」


「何言ってるのマリー。ここは僕にとっての第二の故郷だよ? 助けに来るに決まってるじゃないか」


「どうだか。どうせ成人式でこっちに帰ってきてて、ちょうど暇だったんだんじゃないか?」


 あの鬼族の姉妹は、同じく成人を迎えたか、いや、護衛ってところか。


 人前でウンコしようとする姉の方が十四歳以上ってことないし、特殊性癖持ちの妹の方は十四歳以上のはずだ。なんだこれ時空が歪んでんのか?


 図星だったようだ。ウィンは困ったように笑った。


「あはは、それはそうだけど、たとえどんな重要な任務クエストの最中でも、飛んで帰ってきてたよ」


「......はいはい」


 わかったわかった。お前はいいやつってことね。そんなことはわかってるし、別段否定したいわけでもない。


「ま、これにて一件落着ってわけだ。鬼族にグリフォンまでいたら、オオカミなんて楽勝だもんなぁ」


 話をそらす。にしても、余剰戦力だ。まず間違いなくウィンの親父の指示ではないだろうから、ウィンが無理して引っ張ってきてくれたんだろうな。


「うん、そうだね。というか、戦いにもならないと思う。ロー......僕が乗ってきたグリフォンのローに遠吠えさせたから、警戒心の強いオオカミなら、今頃逃げ去っているはずだよ」


「......まあな」


 あの全身の身の毛がよだち、そのまま蒸発してしまいそうな雷鳴は、グリフォンの鳴き声だったわけだ。


 確かに、あれを聞いた瞬間、戦意など木っ端微塵に消え去ってしまった。


 しかし、俺らが引きこもることしかできなかったオオカミが、こいつのペットのひと鳴きで撃退、か。

 なんというか、格差がすごいな。こいつは貴族で俺たちはただの平民なんだから、当然は当然なんだが。


「と言っても、油断は禁物だからね。今からちょっと、見回りに行こうかと思うんだ」


「えっ、でも、危ないと思う、けど」


 マリーが口を挟むと、ウィンはゆっくり首を振る。


「大丈夫だよ。シンとミャコの二人と、あとグリフォンたちにも村を守らせるから。もう安全だ」


「違うの、その......ウィンが、危ないんじゃないかなって」


 マリーの言葉に、ウィンはキョトンと目を見開く。無性に恥ずかしくなって、つい口を挟む。


「危ないわけねぇだろ。A級冒険者だぞ」


「で、でも」


「でももヘッタクレもねぇって。こいつはオオカミどころか、単身で人狼と渡り合ったんだ」


 人狼。魔力を溜め込んだオオカミがヒト化した、オオカミの完全上位の存在。魔人の中でも好戦的で、戦闘力も高いことで有名だ。


 奴らは、魔人という文字通り人に近く、そしてあくまで魔物だ。なにせ奴らは人を食う。


 俺が日々倒すことを妄想していたような相手を、こいつは現実で相手取っていたってわけだ。


 俺の言葉に、ウィンが目を丸くする。これじゃあまるで俺がこいつのファンみたいだと「たまたま読んでた雑誌に載ってたんだけどよ!」とすぐに付け加えた。


 ウィンは「ああ、あの雑誌かぁ......」と苦笑いする。


「あれは、かなり誇張されてるよ。人狼は魔法耐性が強いから、僕みたいに剣の才能のない魔術師は、ただ逃げに徹しただけだよ」


 そう言ってから、細い顎に手を当てて考えだす。


「そうだね。確かに一人は心細いし、森の中も探そうと思うから、迷っちゃうと厄介だ。だから、誰かに案内してもらえるとありがたいんだけど」


 そう言うと、チラリと俺の方に、意味ありげな視線を送ってくる。


 ......まさか、俺に来いって言うつもりじゃねぇだろうな。


 わかってる。どう考えても、適任は俺だ。


 その昔は、毎日のように森の中に入り剣術練習をしていた。こいつが村にいた頃なんかは、ステータスを否定したくて、バカみたいにやってたからな。


 でも、もしオオカミが、まだ森の中にいたとしたら......別に、ビビってるわけじゃない。ビビリようがない。


 ウィンは謙遜するが、こいつが本気を出せば、オオカミが何匹飛びかかってきても、なんら問題にならないだろう。むしろ、それが問題だ。


 俺が守る側だったウィンに守られる。それが、辛い。


「私、行く」


 俺が迷っているうちに、なんの迷いもない声が横からした。

 一瞬マリーのものとわからず、キョロキョロと辺りを見渡してしまうくらいだ。


「何言ってんだ。どう考えてもマリーの仕事じゃないだろ」


 シスターは日々女神を信仰し、魔法陣を使い魔物から村を守るのが仕事。

 シスター自ら、オオカミに立ち向かうなんて話、聞いたことがない。


「ううん、だって、きっと今回の襲撃は、私の、責任だもん」


 するとマリーは、深刻な顔で、こんな素っ頓狂なことを言った。

 思わず笑ったが、マリーは一切表情を崩さずに続ける。


「だって、私がシスターになるって決まってから、村がオオカミに襲われたんだもん。きっと、私のせいだよ。私がどうしようもないことばかり考えてる不敬者だから、結界魔法が弱まったんだ」


「何いってんだ。そんなことねぇよ」


 もともと結界魔法は、魔物をはじき出し一切寄せ付けない、なんて強力なものじゃない。

 夏の蚊を避けるために柑橘系の果実の皮を腕にすりつける程度のもの......というと不敬だが、まあ、吸ってくるやつは吸ってくるんだ。


 特にオオカミは、結界を越えて来やすい魔物だと言われている。そして豪雨。天気が悪いと魔物は荒れる。今回の件は、仕方がなかった。むしろ今までが良すぎたんだ。


 しかし、ウィンを差し置いて講釈を垂れるのも如何なものかと口を閉ざすと、何を思ったのか、ウィンまで黙りこくる。


 やがて、こくりと頷いた。


「わかった。マリー、一緒に行こうか」


「おい!」


 すると、ウィンがまた、俺に意味ありげな視線を投げかける。


「......待てよ」


 どういう意図だか知らないが、とにかく無性に腹が立って、俺はマリーとウィンの間に割って入った。


「俺も行く。構わねぇだろ?」

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