第13話 森の中で幼馴染にざまぁ。

 

 見回りにマリーと俺が同行するという案は、思いの外あっさりと受け入れられた。


 ウィンがあの弱虫だった頃とは一線を画す冒険者になったのは周知の事実だし、この土地の領主を片手間で左遷できるウィンの提案を、断るわけにもいかない。何より、オオカミなどもういないと信じきってるのだろう。


 ウィンは鬼娘二人に教会の護衛を任せ、グリフォン三匹に上空から麦畑にオオカミが隠れていないか確認するよう指示した。


 最強布陣すぎて、少しオオカミに同情してしまうほどだ。


「いやぁ、この匂い、本当に懐かしい」


「ほんと? 私は、もうあんまり感じない」


「......おい、これ見ろよ」


 そして、まだ青い麦畑を横目に思い出話に花を咲かせる二人に苛立っているうちに、グリフォンが吠えたときのオオカミの足跡を発見した。


 なにせ、ものすごい混乱している。その場で右往左往したのがわかるくらいの乱れようだ。その混乱は、森の入り口まで続いていた。


 俺が、どうする? と聞く前に、ウィンは「それじゃあ、行こうか」と俺たちに声をかける。一切の恐怖を感じさせないその様子に、肩をすくめるしかなかった。


 森の中に入ると、強い太陽の日差しが、生い茂る木々によって遮られる。肌に触れる空気の質が明らかに変わった。


 何度入っても、この森の神秘的な雰囲気には、息を呑まされる。


 まるで人を拒絶するようなこの雰囲気が苦手な村人は多く、ババアがシスターになってからはこの先も結界内になったってのに、誰も寄り付かなかった。が、子供の頃の俺は好きだった。


 この異界感が、俺の冒険心を刺激して、まるで本当に冒険者になれたような気がしたからだ。よく考えりゃ、結界内で冒険者ってのは無理があるけど。


 と言っても、今や、なんとも言えない居心地の悪さしか感じないので、俺は完全なる村人になってしまったんだろう。


「しかし、本当に久々だよね」


 すると、何の気なしにウィンが話し始めた。


 どうやらこいつには、まだオオカミがいる可能性や、人を拒むような雰囲気をまとった森など、なんてことないことのようだ。


「ああ、本当に久々だな。お前が鬼族の女とよろしくやってるうちに、五年も経っちまった」


 動揺を悟られないよう軽口を叩くと、ウィンは苦笑いで返す。


「本当は僕も帰りたかったんだけどね......あれ以降、なかなか時間がなくって」


「......大変、だったよね」


 マリーが同情たっぷりに言うと、ウィンが苦笑いで返した。


 あれ以降とは、半年前ウィンを置き去りにしたウィンの父親が、これまた突然やってきて、ウィンを連れ去って以降、という意味だろう。


 結果として半年の滞在期間だったが、ウィン含め俺たちスオラ村の住人は、半年でこの生活が終わることなど知らず、なんならウィンは父親に捨てられたものだと思い込んでいた。


 最初のうちは絶望していたウィンが、この村で生きていくことを受け入れ始めた、そんな時だった。


『嫌だ、嫌だ、帰りたくない!!!!』


 ウィン置き去りにされた時よりも大声で泣いて暴れたので、さすがに俺も見てられないと、ウィンの父親に決闘を申し込んだのだった。


 もちろん、勝てるわけがない、が、子供相手にあそこまでするか......今思えば、あの時、俺は身分証明ステータスの正しさをまざまざと見せつけられ、剣の訓練をやめたんだったか。


「本当は、成人式もこの村で迎えたかったし、二人の結婚式も行きたかったんだけど......ごめんね」


「ううん、仕方ないよ。ウィン、忙しいんだもんね」


「あはは、そう言ってくれると助かるよ、なかなか、自由な時間を作らせてもらえなくってね」


「そう、なんだ。やっぱり厳しいよね、ウィンのお父さん」


「あはは、うん、そうだね。まあ、もう慣れっこだけど」


「......もしかして、今日のも怒られちゃうかな」


 すると、ウィンの顔がこれでもかって曇った。しかし、それも一瞬のことで、すぐに笑顔を取り戻す。


「大丈夫だよ。二人を助けられるんだったら、ちょっと叱られるくらい、なんとも思わないし」


「......ウィン、ありがとう」


 このまま二人をベラベラ喋らせていたら、オオカミに襲ってくださいって言ってんのと一緒だ。

 

「ウィン、お前、俺たちに愚痴を聞いて欲しくて、こんな危険な場所に連れてきたんじゃないだろうな」


 俺が軽口を言うと、マリーは咎めるような視線を送ってくる。そりゃ、俺が悪いのは悪いんだろうが、この扱いの差はどうなんだ。


「あはは、正直、否定はできないかな」


 すると、ウィンはぽりぽりと頬を掻き、態とらしく困った表情を作って見せた。


「それに、あのまま村にいるもの、少し気まずくってさ。みんな僕のこと、まるでどこぞの貴族みたいに扱うからさ」


 今度は、あからさまに愚痴って感じで言う。意図が見え透いていて癇に障るな。


「そりゃそうだろ。どこぞどころか、あのマイヤー家の長男なんだから。軽く扱えるわけない」


「あはは、そうだよね。だから、変わらず接してくれる二人には、本当に感謝しなくちゃね」


 ウィンがそう言うと、マリーが気まずそうに口を結ぶ。ま、どう考えても変わらず接してはいないもんな。


「お前は随分と変わったな。すっかり貴族って感じだ......どうせ成人の儀式でも、いいスキルを得たんだろ」


 先に触れられて微妙な空気にしてしまうくらいだったら、こっちから言ってしまおう、くらいの考えだった。


 空気が、明らかに変わる。それを察知した鳥たちがバタバタと音を立てて逃げ去っていくほど緊迫感だった。


 触れてはいけないことだったと悟り、どうしたもんかと黙りこくる。沈黙を破ったのは、ウィンの絞り出したような笑い声だった。


「あはは、残念ながら」


「......なんだって?」


「......狙っていたスキルが、手に入らなかったんだ」


 まるで余命を宣告する医者かのような、あまりに深刻な口調だった。その上余命を宣告されたかのような顔をするもんだから、マリーまで顔を真っ青にする。


 オオカミですら気を使ってしまいそうなくらい気まずい沈黙。それで帰ってくれたらいいが、首元に噛み付くことによって沈黙を静寂に変えようとしてくるかもしれない。


「ぶふっ」


 そこで俺は、思いっきり噴き出すことにした。


「ふはっ、ふははははっ」


 そして、しばらくの間腹を抱えて笑ったあと、ポカンと口を開けていたウィンを指差し言った。


「ざまぁねぇなウィン!! マイヤー家だがなんだか知らないが、調子に乗ってるから女神様に見捨てられるんだよ!! ざまぁ!!」


 二人がすっかり茫然自失なおかげで、やっとこさ神聖な雰囲気が戻ってきた。うん、やっぱり、森はこうでなくっちゃな。


「......ちょっとアル!?」


 が、すぐにマリーの悲鳴にも近い声のせいで、すぐに静寂は引き裂かれた


「いや、別にひどくもなんともねぇよ」


 俺は肩をすくめる。


「なにせこいつは、スキルなしで最年少A級冒険者になれたようなやつだぞ。しかも親は七貴族で人生安泰、皆からチヤホヤされていい女をはべらかして帰郷するようなやつだ。その上スキルまで上等なもん得てたら、贅沢すぎる。むしろ、ウィンじゃない貧乏人にそのスキルが渡った可能生があるんだから、それを喜ぶべきだろ」


「......もう、信じられないっ」


 マリーはプイッとそっぽを向いた。反論のしようがなかったんだろう。

 そしてウィンに、「本当にごめんね、アル馬鹿だから!」と頭を下げる。


 ウィンは、しばらくの間、苔の生えた地に視線を落として黙りこくった。


 そして、マリーが恐る恐る顔をあげた時、フニャッと力の抜けきった、昔よく見た弱虫ウィンの笑顔を見せた。


「うん、その通りだね。僕は恵まれてる。望んだスキルが手に入らなかった程度で、落ち込んでちゃいけないね」


 ......どうやら、根っからの貴族になったってわけでもなさそうだな


「当たり前だ......で、どんなスキルだったんだ? ん?」


 ウィンが勘違いしていたら困るが、俺は決して、手荒な方法でウィンを元気付けただけじゃない。


 単純に、『週刊武春』でエロいグラドルの代わりに何度も表紙を飾って俺にむかっ腹を立てさせたこいつの、不幸話が聞きたいだけだ。なんなら過去最高の上質なざまぁ(笑)ができるんじゃないか。


「あ、うん......魔力増強の効果を持つスキルだったよ」


「......はぁ!?!? 魔力増強っつったか!?!?」


 ウィンが頷く。いや、おい、お前それって。


「......括弧の中は」


 小なら、まあ外れと言ってもいいかもしれない。しかし、中以上なら、とても外れと言えない。


「神、だね」


 ......なん、だと?


「おい、それのどこが外れスキルなんだよ!」


「あはは、確かにその通りだね。本当にごめん」


 ウィンは、恥ずかしそうに苦笑いした。


 ......こいつ。


 魔力増強【神】。


 その名の通り、魔力の総量を増やすスキルだ。単純かつ非常に強力なスキルとして、当然『週刊武春』の当たりスキル一覧に、太文字で書かれているスキル。


 なんなら、一生魔力ゼロで魔法が使えないことが確定している俺からしたら、一番欲しいと言っても過言じゃないスキルだ。それを、ハズレ扱いかよ......。


「......オオカミを追おう!」


 この怒りの表現方法が見つからなくて、俺は大股でオオカミの足跡を追った。


 森に入るときに感じていた恐怖はすっかり霧散していて、オオカミだろうがなんだろうが、とっとと襲ってきてほしいくらいだった。

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