第34話 わかりきった美人局。
「......はぁぁぁ」
武芸出版を出ると、俺は深々とため息をついた。
武芸出版に勤めるという発想は、俺の思考力にしちゃあ、それなりにいいアイデアだと思ったんだがな。結局うまくいかなかった。ああ、やっぱり俺じゃあ、何やってもうまくいかないんだろうな。
「......違う」
俺は首を横に振る。冷静に考えたら、俺は得しかしていない。
魔道具をタダで手にいれた。その上、あのプレセアとかいうクソ女に対して因縁を作れたんだ。いいことしか起こってないじゃないか。
あとは、週刊武春があの有名冒険者たちのスキャンダルを掲載するのを待ちながら......とりあえず、”家政婦ウサギの耳”を売っぱらって、金を作ろう。
「あっ、アルフォンドく〜んっ」
その時、可愛らしい女の子の声が、俺の名を呼んだ。
どうやら俺と同じ名前の彼氏と、待ち合わせでもしていたらしい。これからデートってところか。
そんな胸糞悪い光景など見たくないと、声とは逆の方向に歩き出す。
「あ、ちょっとぉ、無視しないでよぉ」
すると、腕をぐいっと力強く引っ張られた。
痛みもつかの間、スライムに飛びかかられたのかと驚いてしまうくらい柔らかい感触が、二の腕を包む。
驚いて振り返ると、ぴょこぴょこと動く真っ白の猫耳が目に入る。
翠玉色の瞳が爛々と獲物を見るように輝いている。ほんのり色づいた頬が、ぷっくりと膨らんだ。
「もうっ、アルファンドくんひど〜い。こんな可愛い女の子が呼んでるのに、なんで無視するの?」
その女は、先ほど俺に罵詈雑言を吐いた女、プレセアにそっくりだった。
「さっきはごめんねっ。ほらっ、私これでも有名者だからさっ、恋愛禁止されてるんだっ。だからルスラン様の前だと、冷たくするしかなくってっ」
この口ぶりだと、このプレセア似の女はどうやらプレセアらしい。いや、普通はそうなんだけど、先ほどの態度と落差がありすぎる。
「本当は私、アルフォンドくんと仲良くしたくって......だから、アルフォンドくんが出てくるの、待ってたの」
そしてプレセアは、俺の腕に抱きついたまま、顔をポッと赤らめこう言った。まるで、恋する乙女かのようだ。
「......まさか」
「えっ、何ぃ?」
プレセアは、きょとんとあざとく上目遣いで小首をかしげる。うん、間違いない、こいつ。
俺に、美人局を仕掛けてやがる。
......馬鹿だ、馬鹿にもほどがある。ついさっき、美人局の話を聞いたばっかなんだぞ。引っかかるわけねぇだろ。
「......いや、別に、なんでも」
「そっかぁ......ねぇ、アルフォンドって長いから、アルって呼んでい?」
プレセアはあざとい上目遣いのまま、グイグイ腕に胸を押し付け、甘ったるい声をあげる。
......なるほど。確かにこいつは馬鹿だが、それ以上に男の方が馬鹿なものだ。
昔の俺だったら、美人局だとわかっていても好きになるくらい、プレセアは魅力的だ。こんな力技でも、引っかかって来た男がいっぱいいたんだろう。
だが、今の俺ではありえない。
確かに、武春のグラビアで何回も抜き、その度に触れてみたいおっぱいに、服越しとはいえ触れていることに対して、感動に近い興奮はある。
だが、それ以上に猛烈な嫌悪感が、波のように押し寄せてきていた。
マリーに裏切られて以降、性的なことに対して忌避感を覚えると同時に、女に対する嫌悪感も日に日に強くなっている。
特に、こいつみたいに平気で人を騙せるような女は、憎悪の対象以外の何物でもない。
そんな女との触れ合いは、ドラゴンの口の中に放り込まれたような、本能に訴えかけられるものがある。胸に包まれた腕に、ぶつぶつと鳥肌が立っていくのを感じた。
「離してくれ」
手を振り払おうとしたが、「もぉ、照れちゃだめっ」と、より強い力で抱きしめられる。イレインよりはよっぽど弱いが、それでもやはり獣人、俺よりは力がありそうだ。
胃のところから不快感が込み上がってくる。いっそのこと吐いてしまえば解放されるかと思った時、これはチャンスだと気が付いた。
なぜ、俺のような見た目浮浪者で、まだステータスも見ていないようなやつを美人局にかけようとしているのかは、わからない。
そこに不気味さこそ感じるが、美人局なのはまず間違いないんだ。
こいつらが美人局をしていることが分かる決定的証拠を、イレインからもらった”家政婦ウサギの耳”で録音する。
それを武春に持ち込めば、売るよりも稼げる。結果を出したわけだから、イレインも手のひら返しで俺を雇うはずだ。
そして何より、マリーにも似たこの腹黒クソ女を俺の手で罰することができたら、俺は就職先を得ると同時に、このクソ女にざまぁ(笑)でき、ステータスも上がる......。
拘束されていない方の手で、ポケットの中の録音機を握りしめる。ここ数ヶ月で、魔力の意識の仕方と扱い方はある程度覚えた。イレインのように太ももに魔力を込めるような離れ業はできないが、手で握ればできるはず。
拘束されていない方の手をポケットに突っ込み、家政婦ウサギの耳に触れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます