第18話 決着の果てに、求婚【第一部・完】

 その後、彼らがどうなったか、というと。



 国家転覆罪が適用された儀典官ダンソル卿は、アゼリアが手打ちにすると宣言したこともあって、貴族牢への幽閉処分となった。


 ダンソル卿はこの後、しかるべき教育がモルガン公爵家によって施され、『あくのそしき』の駒となる。それに、宰相職でしか知り得ない知識や技術、情報を、ルイユ家にしっかり引き継いでもらなければ。

 そのためにダンソル卿は生かされている。


 危うく三盟約を破ってしまうところだったオルガン王家には、改めて三盟約の詳細や王国の建国史などの教育をすることになった。

 盟約の1つ目、彼の家を取り立ててはならない、に抵触しないよう、教育担当はルイユ宰相閣下によって行われる。


 そして、モルガン公爵家とルイユ宰相との中継拠点ハブ役を、モルガン公爵家と親交が深まったグエスが任されることになった。深まっているのは、主にアゼリアとの親交であるけれど。


 そして、第一王子ノアベルトにかけられていた洗脳魅了魔術は、ベスティア卿が見事に解いた。魔道具が使われた洗脳魅了系統の魔術は、解くのが難しいというのに、さすが宮廷魔術師長である。


 ちなみに、研究塔から盗まれた魔道具はダンソル卿の家から発見され、然るべき対処がされたのち、研究棟内に再封印された。


 なぜかアゼリアはベスティア卿に感謝され、強引に友人となったのだけれど、ベスティア卿とは魔術の話しかしていない。どうやら古代魔術と魔術痕色について深い興味があるらしかった。

 ダンソル卿による洗脳が解かれたノアベルトは、というと。


「アゼリア・モルガン公爵令嬢、迷惑をかけて本当にすまなかった。僕を罪に問う権利があるというのに、許してくれて感謝する」


 と。まるで別人のような爽やかさと誠実さを発揮して、改めてアゼリアへの謝罪の場を設けてくれた。

 性格や人格も好人物な振る舞いに変わり、一人称も私から僕に変わり、ちょっと前までの俺様王子様傲慢様な態度はすっかり消え失せていた。いくら魔道具による洗脳が施されていたとはいえ、王子、変りすぎである。


 もしかしたら、洗脳中にノアベルトがアゼリアの名前を頑なに呼ばなかったのは、レグザンスカ公爵令嬢への想いがあったからかもしれない。


 わたくしとしては、ほぼ初対面の殿下に薔薇だとかなんだとか呼ばれて、鳥肌モノだったけれど。愛ゆえにある洗脳に抗った結果なのだとしたら、それは、まあ、許して差し上げるべきよね。

 と、寛大な心でアゼリアはノアベルトを許した。


 そして、ノアベルトの婚約者であるレグザンスカ公爵令嬢のことだけれど。

 ノアベルトが設けた謝罪の場には、ノアベルトとお揃いのブローチを胸につけたレグザンスカ公爵令嬢も立ち会っていた。否、立ち会うというよりも、


「大変申し訳ありませんでした、モルガン公爵令嬢。知らなかったとはいえ、あんな酷く醜い言葉をかけるべきではありませんでした。本当にごめんなさい……そして、殿下を救ってくれて、感謝申し上げます」


 と、麗しの銀の君に、泣いて謝られてしまった。輝ける海のような青い瞳から溢れる涙は、とても美しかった。


「いいえ、レグザンスカ公爵令嬢。貴女の勇気ある告発のお陰で我々モルガン家はどうにか対処できたのです。それに、表にでていないことはなかったことになるのが貴族社会。わたくし達の間になにがあったのか……すでに、なかったことになっているのですから」


 物はいいようである。ノアベルトとの婚姻(婚約を無視した婚姻だったのだ!)について、事前対処なんて全然まったくこれっぽっちもできていなかったし、ヤベェ事態が裏で動いている、ということしかわからなかった。


 でも、その、ヤベェ事態が裏で動いている、という意識が持てたおかげで、アゼリアは1回目の応接室でかろうじて落ち着いた態度でいられたのだ。


 国王がモルガン公爵家に送って寄越した召喚状や婚姻請求書も、控えを含めてすべての存在を物理的に燃やして処分済みだ。これで、あったことはなかったことに。応接室での出来事は、夢幻の類いとなった。


 だから、感謝を。アゼリアはレグザンスカ公爵令嬢と和解して、彼女とノアベルト殿下の結婚式にはお祝いを届ける、とまで約束をした。



 そして、アゼリアとグエスはどうなったか、という話なのだけれど。

 王城でノアベルトたちから謝罪を受け取った帰り道。アゼリアは、出仕早々仕事を片付けてきたとのたまったグエスにエスコートされて、父であるダライアス・モルガン公爵とともに王城庭園を歩いていた。


 暖かい日差しに、ほころぶように咲く花々。そういえば季節は春だった、と気づいたアゼリアが、彼らふたりを散歩に誘ったのだ。

 少し歩いて、それから話をしましょう、と。


 そうして美しく手入れされた庭園を半ば歩き進めたところで、アゼリアは父公爵へ唐突に告げた。


「そういえばお父様、グエス様には我々の歴史をお話してありますので」


 告げられた言葉の意味を受け入れられなかったのか、それとも理解を拒んだか。モルガン公爵はポカンと口を開けたまま、瞬きを2回ほどパチパチと繰り返した。


「はい?」

「モルガン家の真実をお話ししてある、と言いました」

「なななななんだって!?」


 慌ててどもる公爵を、アゼリアが諭すように、あるいは念を押して言い聞かせるように、ゆっくりと一音一音丁寧に発音して繰り返した。


「お話ししました、我々について」

「はぁ!? あ、あ、アゼリア……それがどういう意味かわかって……?」


 慌てふためく公爵、それを冷静に見つめるアゼリアとグエス。

 父公爵が狼狽するのも無理はない。モルガン公爵家の真実を話す、ということは、話した相手をモルガン公爵家に迎え入れることと同じこと。


「ですから、グエス様をモルガン家に迎える準備を。お父様の言いつけ通りグエス様とともに解決いたしましたし、すでに承知されていることでしょう? ふふ、結婚式までは時間を置くとしても、婚約式は早々に上げてしまいたいですね。ああっ、楽しみだわ!」


 まるで夢見る乙女のように微笑むアゼリアは、自分の世界に没入していた。これは精神的負荷ストレス精神的圧力プレッシャーから解放され、一時的に高揚しているハイになっているだけである。


 夜、寝るころに我に返り、刻まれてしまった黒歴史に身悶えし、声にならない叫びを上げることになるのだけど、それは少し先今夜の話である。


 そんなテンション爆上げなアゼリアを指差して、モルガン公爵がグエスに問うた。不安からというよりは、同情心強めの確認であった。


「グエス君……アレでいいの? かなり強引なところがあるし、暴走したら私でも止められないけれど」

「ええ、構いません。いえ、むしろ、この方がよいのです。凛として輝く姿が美しい、素晴らしい方ですよ。そして、時に可愛らしい」


 と。そんな風に惚気たグエスに、アゼリアの動きがピシリと固まる。動きを止めた身体とは裏腹に、アゼリアの心臓はバクバクと早鐘を打つごとくだった。胸の動悸に引きづられ、呼吸だってなんだかおかしい。

 え、え? ちょっ、ちょっと待って? なにこれ、感じたことのない感覚!


 アゼリアは、石のように固まってしまった首を、どうにかこうにか動かした。ギギギ、と回して、突然惚気たグエスの表情を見る。

 とろとろにとろけた琥珀色の眼、豊かな大地を思わせる焦茶色の髪が、春の陽射しを受けて金色に輝いていた。


 アゼリアが手を絡めていた、見かけよりも引き締まっているグエスの腕が、するりと解ける。

 離れゆく腕に、アゼリアが物足りなさを感じたのは一瞬だけ。すぐにグエスの暖かい手が、アゼリアの手を取ったから。

 そうして、


「アゼリア嬢、自分はあなたの共犯になりたい」


 と。片膝を折ってひざまずいたグエスが、いつかのアゼリアの言葉プロポーズに答えをだしたから。


「……ッ! 是非、喜んで!」


 アゼリアは極上の笑みを浮かべて、心底幸せそうにグエスを抱き締めたのだった。

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